AIはひらめくことができるのか?
3月26日に「いつもひらめいている人の頭の中」(幻冬舎新書)という本を出版しました。
本の内容についてお問い合わせをいただく機会も増えましたが、その中で
「AIって、ひらめけるの?」
という質問もよくいただきます。
ChatGPTをはじめとする生成AIに日常的に触れている人ほど、こうした疑問を感じたことがあるかもしれませんね。生成AIに「〇〇についてアイデアを出して」と質問すれば、たくさんのアイデアを返してくれます。
突拍子もないアイデアや思いもよらぬ発想を提示されたとき、思わず「お、それはひらめきっぽいな」と思うことさえあるでしょう。
しかし、結論から言えば――
AIは“ひらめきのように見えること”はできますが、“本当の意味でひらめく”ことはできません。
本記事ではこの問いを深掘りするために、数学者ポアンカレが提唱し、後に心理学者ウォーラスが発展させた「ひらめきの4段階モデル」をもとに、AIとの対比を試みたいと思います。
ポアンカレ/ウォーラスの「ひらめきの4段階」とは?
創造的なアイデアや発見は、ある日突然頭に浮かんでくるように見えて、実は背後で段階的なプロセスが進行しています。その流れを、数学者のポアンカレは1908年に刊行した「科学と方法」(日本語版:岩波文庫)の中で次の4つの段階に整理しました。
1.準備(Preparation)
課題に取り組み、知識を集め、情報を整理しながら考え抜く段階。
2.孵化(Incubation)
一度課題から意識を離し、無意識の中で思考を熟成させる時間。
3.洞察・ひらめき(Illumination)
ある瞬間に「ぱっ」と答えが浮かぶような、直感的な気づきの瞬間。
4.検証(Verification)
ひらめいたアイデアが本当に正しいか、役に立つかを確認・検証する段階。
このモデルは、芸術・科学・ビジネスなど、あらゆる創造の場面において有効だとされ、今日のデザイン思考や創造工学にも影響を与えています。
各段階におけるAIとの対応関係
それでは、上記の4段階について、AIがどこまで担えるのかを見てみましょう。
準備の段階:◎ AIは強力な相棒に
この段階は、情報収集、視点の整理、過去の事例の比較などが中心です。これはまさにAIの得意分野。たとえばChatGPTに「〇〇の事例を10個挙げて」と聞けば、瞬時に要点をまとめて提示してくれます。
また、アイデア発想のフレームワーク(SCAMPER、マンダラート、6-3-5法など)をベースに対話を進めることも可能です。まさに“思考の補助輪”として、AIは優秀な相棒になります。
孵化の段階:× AIには「無意識」も「熟成」もない
最大の違いが現れるのがこの段階です。人間は課題を一度「忘れたふり」することで、無意識の中で情報を組み替えたり、新しい関連性を発見したりします。散歩中や入浴中にアイデアが浮かぶのはこのためです。
一方でAIは、常に即時的で、文脈外の「思考の熟成」や「意図しない連想」などは行えません。
AIに「寝かせる」という概念はないのです。
ひらめきの段階:△ ひらめきに“見える”ことはある
「このアイデアすごい!」
AIの生成したアイデアに、時として驚かされることはあります。これは、AIが過去の膨大な事例の中から“統計的に意味のあるパターン”を見つけ出しているからです。
ただし、それは人間のように感情的なインパクトや“直感的な美しさ”をともなったひらめきではありません。
これは意図も動機もなく、ただパターンとして結びつけているにすぎません。
つまり、ひらめいた「ように見える」だけであり、主体的な気づきは存在しません。
検証:◎ AIは精度・妥当性の評価に長ける
ひらめきを実用に耐えうるアイデアにするためには、「これは本当に機能するのか?」「論理的につじつまが合っているか?」といった検証が必要です。ここでもAIは大いに役立ちます。
・ロジックの整合性チェック
・他のアイデアとの類似性分析
・プレゼン用の構成の提案
・ビジネスモデルの洗練
など、AIは「実装前のアイデアブラッシュアップ」において強い力を発揮します。
AIは“ひらめきの土壌”にはなれる
人間の「ひらめき」は、単なる情報処理ではありません。そこには、美意識、身体感覚、感情、無意識、タイミング……さまざまな人間的な要素が絡み合っています。AIにはそれがありません。
しかし、AIは「ひらめきの準備」と「検証」を加速させることで、人間がひらめく確率やスピードを高めることはできる。
言い換えれば、AIは“ひらめきの土壌”にはなれるでしょう。
AIが進化し続ける今、人間が果たすべき役割は「正解を出すこと」から「問いを立てること」へとシフトしています。
AIに問うべき“良い問い”を持てる人こそが、未来のひらめきを生み出す主役になるでしょう。
しかしひらめくのは、あくまでも、あなた自身です。
AIは、そのための灯りをともす存在と考え、うまく活用していただきたいと思います。