ダイナミック・ケイパビリティは日本経済浮上の鍵?

本日(2022年3月24日)の日経新聞の「Deep Insight」でパナソニックが取り上げられていました。
「パナソニックと安いニッポン」とのタイトル通り、停滞するパナソニックを今の日本経済の象徴としている視点は興味深い内容でしたが、一番注目したのは「関係者によれば、パナソニックは『ダイナミック・ケイパビリティ(DC)』という経営手法に関心を示しているという。これは変化の兆しかもしれない」という一文。

ダイナミック・ケイパビリティ(DC)は記事にもあるように、企業が社会の変化やリスクに対して「自社の資産を組み替えつつ、不断の経営改革を続ける姿」をいいます。

この理論を唱えたデビッド・ティースは、野中郁次郎氏ら世界の経営学者が参加した「新啓蒙会議」の主催者としても知られています。

新啓蒙会議は、2019年7月にエジンバラのアダム・スミス邸で開催され、「株主価値最大化の否定」や「資本主義の道徳論」、顧客やステークホルダーとの共感の上に立った道徳的なステークホルダー資本主義の重要性が説かれました。

様々な意味で、今最も注目されている経営理論の一つと言えると思います。

記事の趣旨から言えば、この経営手法は「日本経済自体の浮上の鍵」であると言えるのかもしれません。

日本経済新聞3月24日記事より

  

ダイナミック・ケイパビリティ理論が注目されている理由

ダイナミック・ケイパビリティ理論については、入山章栄早稲田大学経営大学院教授の「世界標準の経営理論」にわかりやすく解説されています。

世界標準の経営理論 入山章栄著

 
 
このダイナミック・ケイパビリティ理論が注目されている背景には、現在のいわゆる「VUCA」な経営環境があります。つまり事業環境の変化のスピードが近年加速していることです。

今までの経営理論(例えばマイケル・ポーターやバーニーの理論など)は、「ある程度安定していて、将来がそれになりに見通せる」事業環境を前提とした、「持続的な競争優位」を獲得するための理論と言えます。

しかし今では多くの業界やビジネス環境が、将来予見が十分にできない状態になりつつあります。IT技術の急速な発展、グローバル化の進展、規制緩和などにより、事業環境のスピードが速くなっているからです。この環境は「ハイパー・コンペティション」と呼ばれています。

出典:「世界標準の経営理論」より

  
上図(下)のように、ハイパー・コンペティションの時代には、そもそも「持続的な競争優位」という前提自体成立しません。
この時代企業に求められるのは、「業績が落ちても、すぐに新しい対応策を打って業績を回復できる力」すなわち「変化する力」です。

変化を繰り返すことで、上図のように「一時的な競争優位を連鎖して獲得する」ことがこれからの企業に求められ、この「環境に合わせて変化する力」を明らかにしようと試みるのが、ダイナミック・ケイパビリティというわけです。

ダイナミック・ケイパビリティと両利きの経営

ティースによれば、ダイナミック・ケイパビリティを高めるのに必要な2つの基礎があり、それが「センシング(sensing)」と「サイジング(seizing)」です。

「センシング」とは、事業機会・脅威を感知する力のことで、このセンシングにより感知した事業機会を実際に捉えるのが「サイジング」です。

日経新聞にもあるように、「両利きの経営」(知の探索・知の深化)は、このティースの理論を「わかりやすくまとめたもの」と言えそうです。

また、ダイナミック・ケイパビリティ理論のもう一人の中心的な研究者である、キャサリン・アイゼンハートは「シンプル・ルール」が必要と述べています。

彼女の著書で、鳥の群れが3つのルールだけで見事な隊列を描く方法について書かれていますが、シンプルなルールで複雑な組織を自律的にまとめる手法(まさに当サイトで述べている自律組織や自律性(Autonomy)ですね。)の重要性は、現代の組織論でももっとも最先端な議論だと考えます。

ダイナミック・ケイパビリティを実現するアジャイル経営

ダイナミック・ケイパビリティは、提唱されてまだ20年ほどの新しい理論です。
「世界標準の経営理論」においても、これは「未完成の経営理論」のため「企業はどうすればダイナミック・ケイパビリティを高められるのか」ということについて、経営学者のコンセンサスも定まっていないと書かれています。

しかし実務のレベルで言うと、この「変化する環境を捉えて俊敏・柔軟に対応する(すぐに新しい対応策を打つことができる)経営」こそ「アジャイル経営」であると言えるでしょう。

現在多くの企業が「ポーターやバーニーの理論に従い、しっかりとした事業プランを立てて、そのプランに対しPDCAを回す」のは、ウォーターフォールのやり方と捉えることができます。

一方で、変化する環境の中で、プランも柔軟に組み替えつつ、フィードバックを高速で回しながら価値づくりを行う「アジャイル」は、まさに「ダイナミック・ケイパビリティ」です。

だから、ダイナミック・ケイパビリティを実現する手法が、アジャイル経営であると言えると考えます。

「ICONIX for Business Design」とダイナミック・ケイパビリティの関係

アジャイルと言うと、「スクラム」や「カンバン」あるいは「XP」などの手法が知られています。これらはティースの区分でいうと、「サイジング」に当たると思います。
たえずフィードバックを回しながら、変化し続ける環境の中でも最適な形に近づけていくこれらの手法は、システム開発だけでなく、経営全体にも適応させていくことができます。

スクラムのオペレーション

  
ただ、「デザイン思考とアジャイルの組み合わせが生むDXの進化」の記事にも書いたように、システム開発の要件定義や仕様、つまり経営の設計書にあたる、ビジネスモデルをどのようにデザインするかという視点では、あまりこれらの手法では触れられていません。

そこで、このアジャイルを回すためのセンシング部分、つまり「変化する環境の中で事業機会・脅威を感知」し、ビジネスモデルをデザインしてサイジングに渡すフレームワークとして、弊社は「ICONIX for Business Design」を開発し、2021年度の「日本ビジネスモデル学会誌」に発表しました。
 
「ICONIX プロセスを活用したビジネスモデル設計のダイアグラム連携手法」
  

ICONIX for Business Design

 

日経新聞でも書かれていたように、日本が停滞を脱し、世界に合わせて成長できる一女になるようワークショップなどで普及を図っていきたいと考えています。

日本能率協会主催「DX時代に求められる「3つの思考法」入門セミナー」開催