DXとアジャイルの本質は何か

今日では、どの経済新聞や雑誌を観ても、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やアジャイルという用語がまったく出ない日が珍しいくらい、これらの用語は浸透してきたように思われます。
それほど、現在このワードは日常浸透していますし、失われた30年と言われる日本経済、日本社会の凋落を止めるほとんど唯一の「処方箋」ではないでしょうか。

WEBサイトを観ても、あるいは本屋にもこれらがテーマの記事や書籍が山ほど並んでいます。
しかしそれらの殆どは、クラウドなどデジタルの導入方法、あるいはアジャイル開発のやり方など、その方法論や手法について書かれたもので、なぜそれがこれからの経営に必要なのか。DXやアジャイルが、経営にどのようなインパクトを与えるものなのか述べられているものは少ないと感じます。

従って、日本企業の経営層の多くは、DXもアジャイルもIT部署などの「現場だけがやるべきもの」という意識が抜けきらず、まず経営陣の自分たちが、まず必要だという意識は(一部を除いて)ほとんどないのではないでしょうか。

DXもアジャイルもその本質は、「未来を見据えた経営」のことであり、日本社会や日本企業が今まで長年行ってきた「過去に囚われた経営」から脱却しようということを述べているのに過ぎません。

日本がいかに「過去に囚われた経営」をしてきたか。この証拠の一つとして、スイスの研究機関IMDが毎年発表している「世界競争力ランキング」があります。

1990年代トップだった日本は、過去数十年凋落をし続け、2021年31位。欧米諸国はもとより、アジアでも韓国(23位)、マレーシア(25位)、タイ(28位)にも追い抜かれています。
 

世界競争力ランキング2021年(出典:「DBIC VISION PAPER 2」)

 
 
このランキング発表は私たちに衝撃を与えましたが、同時に反発する人も多いようです。特に、大企業の経営層や政治家などの「いや、日本は技術の蓄積も多いし、人も他国と比べて優秀な筈だ」というコメントも多く見られます。

実はIMDのデータでも、これら過去の蓄積(蓄積してきた資本や資産、開発されてきた技術、教育を受けてきた人材)では他国に負けていません。

しかし、これから未来に価値を生み出す指標、例えば労働生産性、経営のスピード(俊敏さ)、イノベーション、最新のITやAIなどこれからの技術の習得度、若い人(特にリーダー層)の教育水準、などでは、調査対象国(64カ国)の最下位に近い指標も少なくないのです。

日本の凋落の理由は「過去に囚われた経営」しかやってこなったこと

私たち日本人が、いかに「過去に囚われた経営や社会体制」しかやってこなかったか。

冷静に周りを見渡せば、すぐ気が付くと思います。既得権益から逃れなれない政治経済体制、前例踏襲の官僚や大企業サラリーマン、(過去に作った)マニュアルがないと動けない現場、(これも過去に作った)規則や規制に疑問を抱かない教師。

「いや、そんなことはない! わが社は常に未来を見据えて計画(中計や次年度計画)を立てて経営をしてきた」という企業幹部の方もいらっしゃるかも知れません。

実際日本人ほど計画が大好きな人たちはいないと思うくらい、私たちの周りには、計画やら予算やらPDCAやらが溢れているわけですが、これらは決して未来を見据えているものではありません。

確かに計画を立てている最中は、未来を調査したり予想したりしているかも知れません。しかし一旦できあがった「計画書」「予算書」は、過去のものです。
4月1日に施行された今年度計画は、4月2日には過去に発行されたものであり、それを基準に経営するのは「過去に囚われた経営」にほかなりません。
PDCAの「プラン(P)」も同様です。

20世紀、1980年代まではその手法はとても上手くいっていました。
なぜならこのときまでは、日本は先行する欧米をキャッチアップしてきたからであり、日本の未来の形を正しく「計画書」という過去のものにできたからです。
いわゆる「タイムマシン経営」ですね。

しかし、’80年代「Japan As No.1」と日本が世界の先頭に立った瞬間からは、この手法はもちろん不可能になり、それにもかかわらずずっと同じ方法を続けてきたのが、「失われた30年」の正体にほかならないわけです。

DXやアジャイルはなぜ「未来を見据えるもの」なのか

DXはデジタルによるトランスフォーメーション(変革)、つまり過去を捨て去って新しいものに変えることですから、未来を見据えていることはすぐわかると思います。

では「アジャイル」はどうなのか。

アジャイルに対比される「ウォーターフォール」。「要件定義書」や「要求仕様書」は、上記の「計画書」と同じで、「過去に囚われたもの」です。
だからDXをウォーターフォールのやり方で取り組んでも、「何か機器を導入した」という成果(?)はあっても、効果がまったくないのです。

一方のアジャイルは、毎日のデイリー・スクラムやスプリントごとのレトロスペクティブで現状を可視化・共有し、計画(バックログ)を常に更新し続けます。

ウォーターフォールとアジャイル

 
 
 
行動するごとに変わる未来(交差点を右に行くか左に行くかで未来は変わる。つまり現在の行動が未来を決めます)をフィードバックによるアップデートで定めていくのがアジャイル。

経営者自らがアジャイルマインドを身に着け、「未来志向」で経営を行われない限り、今のVUCAと呼ばれる状況を乗り越え、企業や社会を未来につなげていくことは難しいと言わざるを得ません。

アジャイル・マニフェストが「計画に従うことより変化への対応を価値とする」とあることを知っている人は多いと思いますが、これは「過去に囚われず、未来を見据えよう」という意味であることをどれだけの人が知っているでしょうか?

経営者のマインドが変わらなければDXもアジャイルも失敗する理由

経営者や上司が「計画に従うことを重視」し、「過去に囚われた経営」のやり方で、アジャイルの「未来を見据えた」現場に介入することは、百害あって一利なしなのはもうお解りかと思います。アジャイルの現場の意思決定は、実験(プロトタイピング)と顧客との対話、フィードバックによって行われ、その現場にいない上司や経営者に立ち入る隙などないのです。

では上司や経営者の役割は何かというと、「組織の未来を示す」ことです。
自分たちの組織は何のためにあり、何を目指すのか。ビジョンやパーパスを示すのが経営者の役割です。

DXやアジャイル経営の目的は、現場というより、経営者自身が「未来を見据えた経営者」に変わる(トランスフォーム)ことであり、そうすれば、現場は自律的に動くことができます。

社員一人ひとりが自らの選択に責任を持つこができる。自ら選んだ自己決定であれば熱心取り組む姿勢も生まれます。「やらされ感」から開放され、生き生きと仕事をする人が増えれば、職場と会社は活気を取り戻し、ひいては日本社会全体の活気にもつながるのではないでしょうか。


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