コロナ禍が席巻した2020年の世界経済。その中で自動車業界関係以外ではそれほど注目されませんでしたが、今年一番の経済ニュースは、テスラの時価総額がトヨタ自動車を上回ったというニュースではないかと思います。

テスラModel3


 
その理由は、実はこのニュースは、今年に始まる’20年代の経済全体の動き、今後数十年の世界のビジネスモデル方程式の方向性を定める『象徴』だと考えるからです。
  


 
6500万年前に、直径10kmの(地球の大きさから考えれば)小さな隕石がユカタン半島の隅に落ちたことで、それまで1億年もの長きに渡って隆盛を誇っていた恐竜(爬虫類)が滅び、当時はまだ小さな哺乳類がその後地球を支配するようになりました。

実はそれとほぼ同じことが、やはり目に見えないほどの小さなコロナウイルスが世界経済に影響を与えている現象として、今まさに起きています。

「コロナもワクチンが行き渡る来年半ばには収束して、また今までのような日常に戻れるだろう」という爬虫類脳の懐古主義が論外なのは置いとくとして、「デジタル化、DXをとにかくやらなくては・・」という目先の課題の対処に追われているビジネスパースンも「パラダイムの大きな変化」にはなかなか気が付かず、気づけば日本全体が世界の潮流から取り残される。成功するビジネスモデルの方程式も根幹から変わろうとしている。ようなことが現実に起きようとしている。

実際「爬虫類脳」で考えると、トヨタ自動車(2019年販売数1074万台)の30分の1(同年販売数37万台)の規模に過ぎないテスラが、トヨタの時価総額を上回るというのは考えられないことだと思います。(2020年末時点では、日本のすべての自動車会社(同年販売総数約2千数百万台)を合わせた時価総額よりもテスラは上回っています。)

テスラの躍進は「CASE」だけは説明がつかない

テスラの躍進をビジネスモデルで説明するのに、よく使われているのが「CASE」という言葉です。
「CASE」というのは、これからの自動車会社の変化を表わす言葉の頭文字(Connected、Autonomous/ Automated、Shared & Services、Electric)を繋げたものです。


 
現在、このCASE分野でテスラが先行しているのは間違いないでしょう。テスラはいち早く電気自動車の量産化に成功しただけでなく、PCと同じようにたえず車のソフトウェアがバージョンアップされる車であるという「コネクテッド・カー」の特徴も持ち、車の走行履歴、エンジン稼働履歴、位置情報をサーバ側で把握ができます。(したがってシェアードカーとしての要件も備えています。)
そしてこれらの車には自動運転装置(正しくは運転補助装置)「オートパイロット」が実装されています。

しかしながら、CASEへの取り組みは世界中の自動車メーカーが行っています。トヨタは2020年1月に開催されたCES2020の場で、同年末に閉鎖される静岡の裾野工場跡地を活用した「コネクテッド・シティ」プロジェクトを発表しました。トヨタは「Woven City」と名付けたこの街で、様々な実証実験を行うとしています。

今までの常識では、技術に勝ったベンチャーが先行しても、資金力やマーケティング力など地力に勝った大企業がそれを吸収するという図式がありました。それを覆したのがGAFAなどのIT企業でしたが、今まで何もないところ(サイバー空間)に新たに産業を起こしたIT企業と違って、自動車などのいわゆる既存装置産業、規制産業ではそれは起こり得ないと言われていたものです。実際テスラが米国の株式市場で上場したのは、自動車会社ではフォード自動車以来半世紀ぶりのことでした。

それほど既存企業が強かった自動車業界でなぜこのような「逆転現象」が起こり得たのでしょうか?

テスラ躍進はサーキュラー・エコノミー時代の象徴

テスラの株価が今年大きく伸びた原因は、上半期の業績が黒字化したことを受けてのものですが、実はコロナ禍の影響を受け、4~6月期の自動車売上は前年比4%減でした。
変わって売上高を伸ばしたのは、CO2排出枠のクレジット販売です。

つまり株式市場はテスラのことを自動車会社というよりも「環境企業」「サーキュラー・エコノミー(循環経済)がビジネスモデルである企業」とみなしているのです。

サーキュラー・エコノミー(循環経済)への取り組みは、御存知の通り国連のSDGsや地球温暖化への対応という世界的な要請を受けてのことです。
日本では社会起業(ソーシャルビジネス)的な文脈や企業のCSR(社会責任)の文脈、あるいは「レジ袋などプラスティック製品を使わないようにしましょう」「ゴミは分別しましょう」という環境道徳的な文脈で語られることが多いですが、欧米ではもっと生々しい、「これからの経済の覇権を握る闘い」して捉らえられています。

つまりこれからの数十年から100年にわたる経済のOS(プラットフォーム)をどこが握るか、その主導権を争うヨーロッパと米国(そして中国)の闘いです。

過去数十年のIT革命経済では、コンピュータのOSやインターネットのプラットフォームを支配したGAFA+Mを有する米国の圧勝でした。
そしてこれからのサーキュラー・エコノミー(循環経済)では、現在のところヨーロッパ(EU)が先行しています。ヨーロッパの国々や企業は、世界経済フォーラムなど様々な場を通じ、サーキュラー・エコノミーの規格をつくり標準化を推進することでこれからの世界経済の主導権を握ろうとしています。

一方の米国は、トランプ政権の方針で国としての取り組みは後退しました。しかしカリフォルニア州などの州単位ではEU以上の環境規制が施行されるなど、サーキュラー・エコノミー経済への動きは衰えていません。2021年からのバイデン政権では、国としてもEUをキャッチアップするための大号令がかかることは確実視されています。

そして、サーキュラー・エコノミーの実現には規格と同時に「技術」が必要ですが、この技術を幅広く押さえている。あるいは押さえようとしているのが、テスラを始めとするイーロン・マスクの企業群です。

「世界を救う」イーロン・マスクのビジネスモデル

イーロン・マスクは、彼のビジネスの目的は「世界を救うことである」と公言しています。それが本心なのか、あるいは「世界を救うビジネスで成功(お金儲け)する」ことが目的なのかはわかりません。どちらにせよ彼は本気で3つのターゲット(インターネット、クリーンエネルギー、宇宙開発)に取り組み成果を上げ始めています。

イーロン・マスクのビジネスモデルをシステム思考でまとめてみると、下図のようになると思います。

イーロン・マスク企業群のサーキュラー・エコノミー戦略


 
彼のビジネスである「電気自動車」「蓄電池」「太陽光発電」「宇宙開発」「地下(トンネル)事業」が有機的に結びつくと、すべて地球環境のためのインフラに繋がることがわかりますね。

単なるいち自動車会社としてではなく、サーキュラー・エコノミーの一環としてテスラを捕らえて見ることは、来年のダボス会議テーマである「グレート・リセット」後の米欧そして中国の経済覇権の闘いを見据える、そして日本や私たちの今後を占うにも大事なことだと考えます。

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