DNAに刻み込まれた物語思考

なぜ人は「物語」に感動し共感するのでしょうか?

映画やドラマを観たことがない、小説を読んだことがないという人はおそらくいないと思います。
そしてこれらに触れて、感動したり共感したりしたことがないという人もまたいないと思います。

考えてみれば、不思議ですよね?
私たちは、映画やドラマは役者が演じて創られていることを知っています。彼らは「プロ」なので、お金をもらって嘘を演じています。
小説に至っては、紙の上に文字が書かれただけの存在。それを承知の上で私たちは物語に感動したり、時には涙を流したりするのですから。

多分逆なのでしょう。

私たちが感動したり共感したりするのは、そこに「物語」があるときだけ。
私たちは「物語」というものに「感動」したり「共感」したりするように(脳の構造が)できていると考えるべきなのだと思います。

そして、人々に影響を与えることができるのも「物語」であることは、世界で最も普及している書物であり、世界の多くの人々の思考の基となっている宗教典「聖書」が「物語集」であるという事実からも明らかです。「物語思考」は遥か古の時代から人々を魅了してきました。

「未来を発明するためにいまできること -スタンフォード大学 集中講義II-」の中で、著者のティナ・シーリングは、このような「物語思考」は私たちのDNAに刻み込まれたパターンであると述べています。

私たちの祖先であるバクテリアが数十億年前に地球上に出現して以来、隕石の衝突や気候変動などの環境変化、生存競争などにより、何度も何度も生命は絶滅と再生を繰り返してきました。これが「生命の進化」と呼ばれる事象の現実の姿です。
大きな運命的な環境変化が訪れ、その変化に適応して克服したものだけが生き残り、その体験を共有できたものだけが繁栄する。そしてまた環境変化などの困難が襲いかかる。この繰り返しです。

そればかりか、人類の歴史、国や民族の歴史、そして私たち自身の『人生』もまた、この繰り返しであるといって良いのではないでしょうか?

ジョゼフ・キャンベルの「英雄物語」

私たちのDNAに刻み込まれた物語思考のパターンを、世界中の「神話」や「物語」の中に見出したのが、文学者で神話学者のジョゼフ・キャンベルです。

キャンベルは、著書「千の顔をもつ英雄」において、世界の物語に共通の構造を明らかにしました。
(1)「セパレーション」(分離・旅立ち)
(2)「イニシエーション」(通過儀礼)
(3)「リターン」(帰還)

いわゆる英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)ですね。

英雄(ヒーロー)は、日常の中でとてつもない運命と遭遇し、その運命と対峙することになります。そこで素晴らしい力にめぐりあい、決定的な勝利を収めます。そして英雄は受けた恩恵を授けるために元の世界に戻ります。

トールキンの「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」の構成は、この典型的なパターンです。この物語を参考に創られた日本の多くのRPGゲームも、もちろんこの型を踏襲しています。

そして大学時代にキャンベルの授業を受けて大いに感動し、その英雄物語の基本構造をそっくり適用して大成功を収めたのが、ジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」であることも有名な話ですね。

「ゴッドファーザー」「アメリカン・グラフィティ」などハリウッド代表作の多くに関わり、ジェームズ・キャメロンなど多くの門下生を持つ脚本家のシド・フィールドは、世界で最も読まれている脚本術の本「映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと(Screen Play)」で、キャンベルのパターンと同様、脚本は下記の3つの構成としなければならないと述べています。

(1)設定(誰がどんな状況なのか)
(2)葛藤(何ができないのか。課題はなにか。)
(3)結末(何が欠かせないのか。何のために行動したのか。)

上の3つを「スター・ウォーズ」に当てはめれば、おそらくこのようなものになるでしょう。
(1)設定(辺境の惑星タトゥイーンに住む青年ルーク・スカイウォーカーは、ジェダイの血を引く者として反乱軍の一員に加わる。)
(2)葛藤(フォースをマスターして、帝国軍の拠点デス・スターを破壊したい。)
(3)結末(帝国の圧政から人々を開放するため。)

物語思考のフレームワーク

このように、感動や共感を作り出すのは物語の力であり、これは私たちのDNAに刻み込まれたものです。物語の力は、もちろん映画や小説だけでなく、私たちが社会や組織を形作ったり、ビジネスを構築したりする際にも必要な要素となります。

マーケティングや営業などで「ストーリーテリング」が重要であるということや「ブランドの背景には必ず物語がある」ということを聞いたことのある人は多いと思います。

とは言うものの、「物語を語れ」「ストーリーテリングをしろ」と言われても「具体的にどうすればいいのかわからない」というのが多くの人が思うところではないでしょうか。

「物語思考」は、ビジネスの場でも活用できるフレームワークです。

システム開発のUI/UX(ユーザー・インターフェース/ユーザー・エクスペリエンス)やアジャイル開発などでは、既に活用されています。

アジャイル開発(スクラム)で要求仕様に該当するプロダクトバックログアイテム(PBI)は、「ユーザーストーリー」を基にして作成します。ユーザーストーリーは下記のように書くようテンプレートが定まっています。

<◯◯(Who:誰)>として、
<△△(What:何)>をしたい。
なぜなら<ⅩⅩ(Why:理由)>だからだ。

例えば、Eコマースサイトの構築を例にすると、『<サイト利用者>として、<商品を購入>したい。なぜなら<自宅にいながらショピングを楽しめる>からだ。』となるでしょう。

そしてこれはビジネスモデルの構築だけでなく、個々の要件や細かい機能においても同様に書いていきます。
『<サイト利用者>として、<検索機能>を使いたい。なぜなら<欲しい商品にすぐたどり着けるようにしたい>からだ。』
『<サイト利用者>として、<検索結果を人気順に見られる>ようにしたい。なぜなら<どの商品が売れ筋なのか知りたい>からだ。』などという具合です。

これを「要件」と言わず「ストーリー」という理由は、このテンプレートの形式が、上記のスター・ウォーズ物語のパターンと全く同じであることから解ると思います。どんな小さな機能(この例でいえばEコマースサイトの検索結果表示機能)であっても、そこには利用者の物語(「設定」「葛藤」「結末」)があるのです。

つまり、「商品を買う」など私たちの日常あるいはビジネスのあらゆる場面で「物語」を記述することは可能であること。そして「物語」は「小さな物語」の集まりでできている。(大きな物語を分割して小さな物語にしたり、小さな物語を集めて大きな物語を創ることもできる。)
これが「物語思考」の根幹になります。

ユーザーストーリー

 

ビジネスに物語を吹き込むストーリーマッピング

「ビジネスを構築する」のはまさに「物語を創る」とイコールですし、なぜそのビジネスをするのか、顧客や社会の課題や問題は何かを考え、解決手段を提示する事も「物語を創る」ことにほかなりません。

キャンベルやフィールドの考え方を基礎として、ビジネスデザインを「物語思考」でどう具現化するか、それがドナ・リチョウの「ストーリーマッピング」です。上記の「ユーザーストーリー」(小さな物語)を基にどのようにビジネスデザイン(より大きな物語)を創るかの具体的なフレームワークを提示してくれます。
 

物語思考のフレームワーク

 
前述の「ユーザーストーリー」を一つ一つ付箋に書き、それをリチョウの「ストーリーマッピング」に沿って、時系列に貼り付けていって、物語に肉付けをしていきます。

ユーザーストーリーマップ

 
「ユーザーストーリーマップ」は、あらゆる仕事や業務、日常生活に応用が可能です。
エピックやストーリー、タスクとありますが、岩や石や小石という呼び方のように相対的かつ見方によって名前が変わるくらいに考えたほうがいいでしょう。分割しても合わせてもすべてが「物語」です。

フィーチャー(機能)やタスクは、ユーザーのストーリーを実現するために具体的に取り組む内容ですが、これも視点が変わるだけで「物語」であることに変わりません。

ストーリーマッピングは、ビジネス単位、会社単位で創ることもできますし、チーム単位、あるいは自分自身の「やるべきこと」「やりたいこと」について創ることもできます。
「物語の分割性」は「物語思考」の根幹であるからなのは言うまでもありません。

共感社会に欠かせない物語思考

今は「共感社会」と言われています。ものが行き渡り、豊かな生活がおくれるようになるにつれて、人々は「もの」や「サービス」そのものでなく、その後ろにある「共感」を求めてものやサービスも利用するようになりました。

国や民族、あるいは会社という「大きな物語」から私たち一人ひとりの「小さな物語」へ。「物語思考」は私たちにとってますます重要になっていくと考えています。

私たち生命の進化の歴史(物語)は、生命体の創造とイノベーションそのものであると、シーリングは著書で述べています。私たちは悠久の歴史の中で、確実にこの思考を分かち合い、DNAの中に刻み込んできました。

だからこそ私たちは英雄物語に共感して、また新しい物語を創り続けています。それは私たち一人ひとりもまた未来の物語を創ることができる「英雄」だからです。


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