世界から注目されるikigai(生きがい)

Kaizen(改善)がリーン経営やアジャイルにつながり、Zen(禅)がマインドフルネスと言う言葉となって、Googleなどの西海岸の企業にマネジメント手法として取り入れられて、それが日本に逆輸入されるという現象が最近見られるようになりました。

そして今、欧米を中心に海外から注目されている言葉が、「ikigai」(生きがい)です。

「ikigai」という言葉が世界に広がったのは、世界の長寿地域(ブルーゾーン)を取材し、その共通する秘訣をまとめた「The Blue Zones: Lessons for Living Longer From the People Who’ve Lived」(2008年)の中で、沖縄の長寿村の人々が口にした「ikigai」(生きがい)が注目されたことに始まります。

「私たちが毎朝起きる理由」(the reason we get up in the morning)を一人一人が持っていることが長生きの秘訣である。つまり「What is the meaning of my life?」(生きる意味は何か?)を自分へ問いとしていることが、日本人が幸せで長生きできる秘訣であるというわけです。

そして「Ikigaiベン図」(下図)が様々な書籍やメディアで引用され、ikigaiと仕事の関係、ikigai経営を考えるためのダイアグラムとなっています。

What is Your Ikigai? (Marc Winn)

 

ikigaiとpurposeの違いについて

Ikigaiという言葉、面白いことにこれにぴったり当てはまる言葉は、英語にはないそうです。
最も近いのがpurposeではないかと言われています。
ただしpurposeは、「未来」のある地点にゴール(理想)を置く到達地点なのに対して、ikigaiは、毎日行っていること(生活)に意味をもたせるという「現在」に視点を置いているという特徴が挙げられます。
もちろん「ikigai」が「purpose」か、という二項対立で考えるべきものではなく、purposeがあることによって、ikigaiが高まるというのは十分ありえることです。
上図でいえば、purposeは「Mission」に対応する言葉のように感じられますね。
つまりikigaiはpurposeよりも一段高い次元の言葉であるとも言えるのだろうと思います。

2017年に出版された「IKIGAI:The Japanese Secret to a Long and Happy Life」では、この「ikigai」と「ロゴセラピー」との関係についても触れられています。
ロゴセラピーというのは、精神科医・心理学者のヴィクトール・フランクルが創設した意味中心療法で、人が自らの「生きる意味」を見出すことを援助することで心の病を癒す心理療法です。。

フランクルというと、アウシュビッツ収容所の体験を本にした「夜と霧」がとても有名ですね。アウシュビッツのような極限状態で生き残れた人とそうでない人の違いは、そういう状況下で「生きる目的」を見いだせた人と絶望の中でそれを失った人の違いだそうです。

「夜と霧」には次の一節があります。
「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることが私たちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。」

自分が「生きることの意味」や目的を見つけようとする(期待する)のではなく、「生きる意味」あるいは「目的」のほうが私たちを見つけようとする(期待する)。これが「生きる意味」の本質であるというのが絶望のなかでフランクルが見出したものです。そして彼はアウシュビッツの収容所で生き残り、戦後ロゴセラピーで多くの人を救いました。

ティール組織のEvolutionary Purposeとミッション経営

昨年(2019年)、「ティール組織」著者のフレデリック・ラルーが来日し講演を行いましたが、その中で私がもっとも印象に残った言葉が、ティール組織の3つのブレークスルー(自主経営(Self-Management)・全体性(Wholeness)・進化する目的(Evolutionary Purpose))の中の「Purpose」について語ったことでした。

彼はPurposeについて、「私たちがPurposeを探すのではなく、Purposeが私たちを見つけるのだ」と述べました。

これは、今流行りの「理念経営」「ミッション経営」のやり方とは一線を画していますね。

ミッション経営(理念経営)では、会社の「ミッション」を定め、それに向けて全社一体となることを目指します。多くの場合創業者や経営者がそのミッション(経営理念)をつくり、その言葉がどのようにして社員一人ひとりに浸透するかを考えていきます。
社内の壁などに言葉を貼ったり、朝礼で唱和させたり、経営者と従業員とで膝を突き合わせて話し合ったりします。

でも「ティール組織」ではそういう上からの一方的な「ミッションの浸透」というやり方は合いません。仕事に対してどのような「ミッション」あるいは「Purpose」を持つかは、一人一人違うはずで、それを誰かが強制するものでもないからです。
だからラルーは、「Purposeが自分を見つける」という表現をしたのだと思いますが、これは今までの経営で言われてきた、ミッションあるいはPurposeの意味とは少し違い、フランクルのいう「生きる意味(meaning of life)」、そして「ikigai」に近いのではないかと思います。

フレデリック・ラルーが私に贈ってくれた言葉

 

ティール組織とはikigai経営である

実は、私自身も「一人ひとりが働く意味」を考え、一人ひとりが「意味の次元」で繋がり合うのが「ティール組織」を代表とする「自律型自己組織化経営」ではないかと考え、研究・実践してきました。
それをまとめて方法論(フレームワーク)として、論文にまとめたのが2018年に発表した「A Proposal of Architectural Framework for Self-organizing Management Utilizing Multi-Layer Customer Value Chain Analysis」です。
「Self-organizing Management」は、何か共通の「理念(Mission)」ではなく、それぞれの「意味(Meaning)」の繋がり(Value Chain)に基づいた組織経営になります。

つまりそれぞれのikigai(Meaning)を尊重し、一人ひとりが「働く意味」を実現するため、どういうFunction(役割)をもつか、そしてそれはそういうStructure(組織構造)とするか考えるのが「Self-organizing Management」(自律組織・ティール組織)であるとしました。



 
この論文は、2018年バンコクで開催された国際学会のSIBR(The Society of Interdisciplinary Business Research)および論文誌のRIBER(Review of Integrative Business and Economics Research)において、「Best Paper Award(最優秀論文賞)」の評価をいただきました。

Ikigai経営の考え方が拡がることで、働く意味や幸せを考える「幸福経営」の概念が広がり、一人ひとりが尊重される世の中に繋がるのではないかと期待しています。
 
 


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