なぜコロナ感染者が激減したのか?
8月下旬には全国で2万5000人に達していた新型コロナ新規感染者数は、その数字をピークに激減し、1ヶ月後の9月末には10分の1以下(1,575人)となり、11月上旬には200人台と100分の1まで減っています。
8月の段階で、このようにコロナの新規感染者が減少する状況を予測できた専門家は、一人もいませんでした。菅前首相が8月25日の記者会見で「明かりは見え始めている」と述べたところ、専門家やマスコミからは袋叩き状態となり、自民党内の支持も失って、結局9月3日に退陣を表明することとなりましたが、皮肉なことに記者会見のまさにその日をピークに感染者数は減少に転じました。
新規感染者数推移(Yahoo!News「新型コロナウィルス感染症まとめ」より)
専門家はその理由として、ワクチンの効果、緊急事態宣言の効果、季節要因(涼しくなったので冷房で締め切っていた窓を開けられるようになった)などを挙げています。他にも行動変容があったという意見も多いようですが、増加している最中には「自粛慣れ」という正反対の言葉もよく聞かれました。要はどれも決定的な理由としては説得力を持たず、「よくわからない」のが正直なところのようです。
たしかに「医療の専門家」は、ウイルスの働きや、人が感染して発症するメカニズムに関しては詳しいわけですが、集団がどのように感染するのか、あるいはしないのかというのは医学というよりも行動心理学や、ネットワーク理論、あるいは流体力学やまた別の学問だったりするわけで、一つの専門を深く考えるだけでなく、複数の領域にまたがって考察する必要があります。
このような場合、あらゆる学問体型も横串しできるシステム思考は、有効なアプローチの一つなのですが、そのような角度からはあまり報じられてきていないようなので、ここではシステム思考の方法論を活用しながら、コロナ激減の理由を考えてみたいと思います。
因果ループ図で感染モデルを描く
システム思考で「システム原型」と呼ばれるモデルの一つに「感染モデル」があります。もともとはシステムダイナミクスでSIRモデルと呼ばれているものです。ちなみにSIRモデルとはSusceptible(潜在患者)・Infected(感染者)・Recovered(回復者)の頭文字を取ったものですが、病気感染に関するモデルだけでなく、商品やサービスの魅力に取りつかれた者=購買者数やファン数などのマーケティング分析や、人口モデル、最近では地球の健康状態=環境モデルなどにも応用されています。
そしてこのSIRモデルを定性的にシンプルに表したのが「感染モデル」の因果ループ図です。「成長の限界モデル」とも呼ばれています。
上図の左側は、感染者の増加がまた新規感染を増やすという、自己強化ループ(Reinforcing loop)です。このままですと感染者数は指数関数的に永遠に増えることになりますが、一方で一度罹患した者は免疫ができるため、(少なくとも当分の間は)同じ病気には感染しません。
これを表しているのが上図の右のループであるバランスループ(Balancing loop)になります。感染者数が増えると遅れて回復者数(免疫保持者数)が増え、これが新規感染の増加にブレーキを掛けます。(赤線)
そして潜在感染者数(Susceptible)よりも免疫保持者である回復者(Recovered)の方が多くなると、新規感染者(Infected)は減少に転じます。
これが「成長の限界」モデルであり、新規感染者数の推移をグラフに書くと下図のようになります。
これはコロナの第1波が始まった昨年の3月13日に、SIRモデルに基づいてシミュレーションを行ったものです。(新型コロナウィルスのシステム思考によるシミュレーション)
第1波が5月半ばごろまで続くという予測はほぼ的中しましたが、潜在患者(Susceptible)の見積り(8万人)が、実際(第1波で約1万5千人)より大きかったため、1日の感染者数も実際(最大600人)よりかなり大きな数字になりました。
SIRモデル
SIRモデルによる新規感染者数推移
因果ループ図(システムダイナミクス)では個々の挙動はわからない
このように因果ループ図やシステムダイナミクス・モデルは、大まかな感染者数推移について予想を立てたり、シミュレーションすることができますが、個々の挙動、例えばコロナが何波にも別れて増減を繰り返す様とか、いつどこで感染者が増加する(減少する)のかというような、細かいシミュレーションには向きません。
このような場合、システム思考ではマルチエージェント・シミュレーション(MAS)が使われます。
因果ループ図やシステムダイナミクスが(社会)システム全体の挙動を分析するマクロなアプローチであるのに対し、MASは個々の要素(エージェント)に注目する、ミクロの視点からのアプローチです。
MASで感染モデルを考える場合、ウイルスがどのように人から人へ感染するのか、人がどういう行動をとることで感染するのかなどの把握が重要です。そして実はここに、コロナ感染の波が起こる理由や、第5波の激減した理由の鍵もあります。
因果ループ図やシステムダイナミクス・モデル(SIRモデル)で考慮されなかった、新型コロナウィルスの重要な特性は、このウィルスは空気感染ではなく、感染者の飛沫に触れる等いわゆる濃厚接触が行われた際に感染するということです。
マスコミなどで今後の感染者数の増減を占う指標として、渋谷や新宿など繁華街の人流の増減率などがよくデータとして使われます。
しかし実際には、繁華街、例えば人流の多さでは世界でも1,2位を争うと言われる渋谷のスクランブル交差点が、新型コロナ感染の拠点になったという話は聞いたことがありません。。
当初懸念されていた、満員電車の中で感染が広がるというような事例もほとんど報告されていないこともご存知のとおりです。
コロナが空気感染するのでしたら、人流の多い場所=コロナウイルスが多く感染リスクの高い場所という方程式が成り立ちますが、いくら人が多くても濃厚接触(いわゆる3密状態)がなければ、コロナ感染のリスクはそれほど高くないのが今までの事例から伺えます。
実際、報じられている新型コロナの感染経路を見ると、ほとんどが同じ職場、学校、家庭内、病院、あるいは飲み会や会食等で同席し会話を交わしたようなケースです。
要は、感染するのは家族、友人、会社の同僚、同じ施設に集まる人など、同じコミュニティに属する者同士であるということです。
コロナの報道で「クラスター感染」「◯◯でクラスターが発生」という言葉もおなじみになりましたが、新型コロナではほとんどが「クラスター感染」であると言って良いのではないでしょうか。
そう考えると、感染の波が起こる原因もわかってきます。職場などコミュニティの誰かが新型コロナに感染すると、潜伏期間(1~2週間)を経て、クラスターに火が付きます。(コロナは潜伏期間中にも他人に伝染するのが特徴です。)
伝染の波がコミュニティに広がり、小さめのコミュニティなら全員が罹った後回復するか、あるいは大きいコミュニティでは未感染者を守るため、未発症者を含めた感染者を隔離(出社停止など)する、つまりコミュニティを分断することで、そのコミュニティのクラスターが収まる。この間潜伏期間などを加味すると1~2ヶ月でしょうか。このようなクラスターがあちこちで発生することで、2~3ヶ月で1つの波が起こることは十分考えられます。
実際過去の感染の波(第1波~第5波)は、大きさ(感染者数)に違いはありますが、どれも3ヶ月くらいで収まっているという点では同じです。
7月~9月の第5波は、感染者数という数字では今までになく大きな数字でした。これはデルタ株という今までの数倍の感染力を持つ変異株が広まったため、火がつくクラスターの数もその分多かったのだろうと推測ができます。
ただ、個々のクラスター(コミュニティ)の大きさ(の平均)は今までとそう変わらないので、感染の波の期間もさほど変わらない。急激に増えた分、減少のスピードも早かったと考えることができます。
もちろんワクチンの効果で、クラスターが小さくなったことも見逃せません。ワクチンは個人への効果として新型コロナ感染を防いだり、感染しても重症化のリスクを減少させる効果がありますが、集団として見た場合、SIRモデルのS(Susceptible)を小さくする。言い換えると個々の潜在感染者クラスターの規模を小さくしたり、コミュニティ(クラスター)間の繋がりを防いだりする効果というのが見込まれます。
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ここで述べているのは経営学やマーケティング理論などでも最近注目されているソーシャルネットワーク理論をベースにした考え方です。ソーシャルネットワーク理論でいう、「強い紐帯と弱い紐帯」。コロナウィルスもこのネットワークに沿って広がり、ウィルスがこの強い紐帯に触れたとき、感染爆発つまりクラスター感染が起こるわけです。
マルチエージェント・シミュレーション(MAS)によるコロナ感染モデル
以上を踏まえ、コロナ感染のMASモデルを、できるだけシンプルな形で組み立てたのが、下のスライドです。
一つのクラスターから、他の(複数の)クラスターに感染する1波と2波の状況がシミュレーションで描かれました。
1番上のグラフ(感染者数推移)のちょうど1/1000くらいのモデルになり、急激に増えた感染者がピークを経て減少に転じる様子がわかると思います。(赤が感染者、緑が回復者を表しています。)
マルチエージェント・シミュレーション(MAS)による新規感染者数推移
今後のコロナ感染を予測する
今多くの人が関心を寄せているのは、これから特に冬にかけてどうなるのか。第6波はあるのかということでしょう。専門家は相変わらず、年末年始の繁華街への人波や、忘年会、新年会の開催などを不安視しているようですが、それよりも、まだ感染していない潜在感染者(Susceptible)コミュニティ(クラスター)がどのくらいあるのかというのが、予測では大事と考えられます。
上述したように、ワクチンの普及により、クラスターの規模は小さくなっていますので、私個人は8月のような状況になる可能性は低いと見ています。
欧米の現在の状況を見ると、ワクチン接種率が7割位に達している国でも、感染者の増加が報告されています。欧米の場合、米国の共和党右派支持者のような「主義(思想)としてワクチンを打たない」人たちが多く、またそういう人たちが同じコミュニティ(クラスター)を形成していることが多いため、そういう中で感染が拡大しているケースも多いと思います。
日本ではあまり考えられませんが、ヨーロッパでは毎週のように「反マスク・反ワクチンデモ」が行われています。
このように主義や思想が共通する人たちが群れて、(文字通り)声を張り上げることは、民主主義社会の成熟を表しているとも言えますが、ことコロナ感染という視点からは、かなり危険な行為だと思います。
当然マスクはしてないわな・・・
日本の場合も、11月末に接種率が8割に達すると見られ、これは逆に言うと2割(2千数百万人)の人たちが未接種であるということですが、日本の場合、主義や思想で「反ワクチン」という人は少なく、アレルギーの不安など個別の事情で打たない(打てない)という場合が多いと思います。
したがって、未接種者のコミュニティでクラスター発生というのは欧米ほど多くは見られないのではないでしょうか。
ただ、2千数百万人というのは、東京都と神奈川県を合わせたくらいの人数、外国でいえば台湾や北欧3国の合計と同じくらいの数で、決して少ない数字でありません。
限定された感染者増減の波は今後も起こり得ると考えます。
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