イノベーションと創造性の時代
「ワークショップ」は企業研修や学校でのアクティブラーニング等で欠かせないものになりました。
20世紀までは、「学習」や「研修」といえば先生による講義が当たり前で、生徒や学習者はそれを覚える、あるいはテストなどの場で、その覚えたことをそのまま表現することが求められました。
身体を使って行う場合でも、先生や講師に教わった通り再現するというのがインタラクションだったといえます。
学生だけでなく、社会人の研修も同様で、終身雇用制で前例踏襲が当然の環境では、先輩社員がやってきたこと、あるいは上司の指示に従いそれをどれほど正確に再現できるかが、その人の評価といえました。
しかし時は流れ21世紀の現在、先生や講師、あるいは上司の言われた通り再現すれば良いというのは遠い過去の話。
過去ののんびりした、あるいは変化の方向が定まっていた時代と異なるVUCA時代。時代の変化に適応しながら、新しいものを創造できる人材でないと生き残るのも難しくなりました。
当然、教育や学習あるいは研修も変化する必要があり、創造性やイノベーションが重要な目的となりました。
知識を教わるための学習や研修から、新しい(=イノベーティブな)ものを生み出す(創造する)ための学習や研修へ。これが現在「ワークショップ」に注目が集まる理由です。
通常の学習とワークショップの違い
ワークショップ(Workshop)とは「工房」という意味です。つまり「ものづくり」をする場所のこと。
これが転じて、学習の場でも参加者(学習者)が個人あるいは参加者同士で何かを「創造する」ことを通じて学びを得るのが、学習や研修で行われる「ワークショップ」です。
ワークショップの理論根拠としてよく取り上げられるのが、デヴィッド・コルブの「経験学習モデル」です。
コルブはクルト・レヴィンが打ち立てた「トレーニンググループ」「アクションリサーチ」などのグループダイナミクスや、ジョン・デューイのプラグマティズム(経験主義・実用主義)、ジャン・ピアジェの学習の構成主義(学習とはまったくの白紙に新しい知識を書き込むことではなく、学習者が既に持っている知識や前提をもとに、既存の枠組みへの同化、調節を行いながら自ら作り出していく(構成していく)もの)の理論を基に、4段階の循環モデルを作成しました。
コルブの経験学習モデル
コルブのモデルはOJTやアジャイルのワークフロー構築などにも適応できます。また学習や研修においても、学習者それぞれの経験や学んできたことを基にテーマに沿って創造を行い、それをまた日常業務に活かすことができるようワークショップを組み立てます。
ジェフ・ブルックスハリスとスーザン・ストックワードは著書「Workshops: Designing and Facilitating Experiential Learning」の中で、この経験学習モデルを基にワークショップの基本構造をまとめています。
1.導入と概説
ワークショップの概念についての説明や自己紹介などのアイスブレイク。
2.経験の内省
ワークショップのテーマに基づいて、日常生活や仕事で経験してきたことを参加者同士で話し合い共有する。
3.同化と概念化
新たな情報を提示し、話し合いの中で知識化するとともに、概念化を行う。
4.実験と実践
実験的な状況を設定し、グループで協力しながら問題解決的な実践を行う。
5.応用の計画
ワークショップの実践について振り返りを行う。学んだことを実際に応用するにはどうするかを考え共有する。
6.まとめ
ワークショップ全体の振り返りと評価を行う。
(翻訳は-ワークショップ デザイン論(山内祐平、森玲奈、安斉勇樹 2020年)慶應義塾大学出版会-を参考に作成)
ワークショップ デザインの方法
ワークショップを実際にどのように設計(デザイン)するのか。ワークショップ、あるいはファシリテーションに関しては様々な本が出版されていて、ネットでも様々な記事もあり、手法もそれこそ「山のように」あります。
逆にいろいろありすぎて、何を使ったらいいかわからなくなってしまうのが現状ではないでしょうか。
ここでは、これらの本や記事では語られていない、ワークショップ デザインのポイントを述べてみたいと思います。
上述したようにワークショップは「工房」のこと。つまりワークショップのデザインも「ものづくり」と同じように行うということです。
顧客(ここではワークショップの依頼者や参加者)の要望を聞き、それに合ったものを設計し制作をする。ものづくりやデザインあるいはシステム構築と同じプロセスで考える。
実際、私が現在研究員をしている慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の「イノベーティブ・ワークショップデザイン論」では、システムデザインやシステムエンジニアリング(Systems Engineering)の方法論でワークショップ設計を行います。
顧客から要望を聞き、どういうモノがその顧客に合うか決めて、モノ(ここではワークショップ)を設計して制作をする。そんなオーダーメイド商品が「ワークショップ」で、そのための素材が様々な「ワークショップ手法」であると考えます。
大事なことは、「様々なワークショップ手法のどれを行うか」を考える前に、ワークショップのコンセプトを顧客と相談しながら(あるいは参加者の想定に合わせて)定め、そこからワークショップのゴール(ワークショップが終わった際に参加者にどういう状態になってもらいたいか)を決めてから、それに合ったワークショップ手法を組み合わせる。
この順番で考えるのが「ワークショップ デザイン」の基本ということです。
ワークショップデザイナーになろう
今「リスキリング」という言葉が様々なところで聞かれ、社会人向けのセミナーも増えました。一方で「単に一方的に知識を伝える」やり方の学習方法は、今後求められなくなっていくと考えられています。
知りたい知識があれば、インターネットで検索することが可能ですし、今世間を騒がせているChatGPTも今後急速に進化して、普通のレベルの先生以上に正確な解答を、しかも質問者のスキルや知識水準に合った解答をAIが返してくれるようになるでしょう。
そうなると「専門家」と言われる人たちの役割も変わらなければならない。
今まで自分が学んだ知識や経験を伝えるのではなく、その知識と経験を基に、学習者が自分自身で経験し学ぶ(経験学習)ことの手助けをする。
これが講師や先生ばかりでなく専門家全体の役割となっていくと思います。
専門知識に加え、ワークショップ デザインのスキルを身につけることが、これからの講師や先生、あるいは専門家全体に求められるのではないでしょうか。
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