前編では、「日本的なティール組織」「日本的なホラクラシー経営」の定義を「場の創造と活用による経営」とし、「場」とは何かを物理学、そして社会学や哲学の観点からクルト・レヴィン、西田幾多郎の「場の理論」から考察しました。
「場」を一言で言えば「物質あるいは人間を含む生命が相互作用し自己組織化する空間」です。
経営学者の西口敏宏は「場」について、『物理的・組織的な諸条件のもとに、限られたメンバーが相互作用するとき、共通して認識される「関係性のプラットフォーム」である。そこでは、定点的な結果情報にも増して力動的な過程情報がリアルタイムで共有され、常にメンバー間の関係性とその意味付けを再編してゆく、このような意味の場では、あたかも生き物のように生成・変化し、新しい臨界を自己組織化してゆく』と定義しています。
場の経営論
経営学において「組織の人間関係」つまり相互作用の「場」に注目したのは、フレデリック・テイラーらと並んで「経営学の祖」の一人であるチェスター・バーナードの講演をまとめた「経営の哲学」(1934年)が最初であるといわれています。
その後も経営に関する「場」の研究は進められましたが、この「場の経営」「場のマネジメント」についての研究が盛んなのは日本です。伊丹敬之、野中郁次郎、紺野登、西口敏宏といった経営学者がそろって「場」について一堂に会して研究成果を発表するなど、『欧米の経営学や組織論においてまとまったやり方で「場」が取り上げられたことはほとんどなかった(西口)』中で、日本の「場の経営論」は、欧米へも「Field」ではなく「Ba」として発信されるようになりました。
中でも野中郁次郎一橋大名誉教授の「Nonakaの知識創造理論(SECI理論)」は、世界中の経営学者や経営者にも影響を与えており、「ティール組織」で実践例として紹介されているオランダの医療支援組織「ビュートゾルフ」でもこのSECI理論に基づいた経営が行われているそうです。
野中理論では、西田幾多郎が「純粋体験」と表現し、マイケル・ポランニーが1960年に発表した「暗黙知」、そしてそれと「形式知」の循環が企業経営における「知」であり、この循環つまり相互作用が働く場所が「マネジメントの場」あると考えます。
優れた企業というのは、「蓄積された技術」あるいは「優れたデザイン」そして「企業文化」あるいは「想い」などマニュアルや指示書では伝達できないものがあります。これが「暗黙知」です。自己組織化も「暗黙知」あるいは西田の「純粋体験」と言ってよいでしょう。したがって常に意識の上で考えて行動するのは「自己組織化」ではありません。自然の動きや生命の働き(例えば私たちの内臓などの器官)を見るまでもなく、自己組織化は「暗黙知」で働きます。
人々の間に共有(相互作用)が行われるためには、「場」が必要だというのが、野中理論(SECI理論)の要諦です。もちろん以心伝心だけでもだめで、「暗黙知」「形式知」両方の循環が必要とされます。野中理論でこの循環がなされるのが、「経営の場」です。
念のために付け加えると、野中理論でいう「知」や「知識」とは、「専門知識」とか「顧客や財務などの経営情報」だけを指すのではありません。もっと広く「情報」全般を指すと言ってよいでしょう。しかし「情報」と言ってしまうと、「Information」つまり「形式知」だけを指すと思われがちですので、「技術」や「文化」「信念」「想い」といった「暗黙知」を含めて「知」と言っています。「情報の共有」はホラクラシー経営、ティール組織において欠かせない条件ですが、組織が回るためには「形式知」である情報だけでなく、「暗黙知」の共有が必要で、そのためにも「場」の創造と活用が欠かせません。
「ホラクラシー」や「ティール組織」には「場」の概念がない
さて、ここでブライアン・ロバートソンの「ホラクラシー」やフレデリック・ラルーの「ティール組織」を読んでみると「場」という概念がほとんど出てこないことに気がつきます。
これは、「本の構成」というスペースの関係上の理由かもしれませんし、たまたま彼らがそれまで、「場の論理」に触れる機会がなかったせいなのかもしれません。
ただ私自身はここに「日本人と欧米人」、「日本的経営と欧米式経営」の違いを感じます。
経営においても「場」という概念が染みついている日本人の経営方式はもともと自己組織的なものでしたし、国民性として組織において全体性を重んじます。三菱三綱領のような社是を掲げる企業文化も持っています。ローコンテクストな文化の欧米企業ではなしえなかったことが既に「日本企業では当たり前」のことになっているのです。
ではなぜ私たち日本人がそれらを世界に発信できず、欧米から「ホラクラシー」「ティール組織」を学んでいるかというと、日本人は「場」を重視するハイコンテクスト文化がゆえに「言語化」つまり「暗黙知の形式知化」が致命的に苦手で、逆にマニュアル化、規格化や標準化の得意な欧米人にこの部分をすべてやられてしまったという経緯があります。
そうした中、「場の論理」は、西田幾太郎や野中郁次郎の功績もあって、数少ない「日本発」経営理論です。
しかし当然ながら欧米にも天才が数多くおり、「システム思考」の「因果ループ図」「氷山モデル」のように、「場の論理」を形式知化する手法もすでに確立されています。
実は、次の記事(「ホラクラシー」「ティール組織」を読んでも、これらの経営への移行が難しい理由)で書く予定ですが、現在の「ホラクラシー」「ティール組織」は、「場」の概念が書かれていないゆえに、致命的な欠点を抱えています。
その欠点を簡単に言うと、「自己啓発書」のフォーマットで書かれているこれらの本は、著者が読者をリードし導くという構造上、また「ホラクラシー・ワン」のやり方で顕著に表れていますが、手法の導入という制約上、それ自体が「オレンジ組織型」「グリーン組織型」の手法になってしまっていることです。
「ホラクラシーとは何か」「ティール組織とはどういうものか」ということの知識を得る為には、これらの本は素晴らしいのですが、いざ「この本を読んで実践しよう」と考えると、これらの本の知識をいくら蓄積してもうまくいかないのです。
本や手法の説明では暗黙知を伝えることはできません。その代わりに、そのことを補うため、これを形式知化した「場の論理」の説明を書いたり伝えたりする必要があるのですが、スペースの問題等何らかの理由から、これが省かれています。
あるいはそのことに彼ら自身気が付いていないのかもしれません。
前編において、ダイヤモンドメディア株式会社の武井浩三代表の記事「なぜアメリカのホラクラシーは失敗するのか」を紹介しましたが、その理由として武井さんが紹介していることのほかに、このティール組織の手法をオレンジやグリーンのやり方で導入する手法にあるような気がしています。
したがっていち早くティール組織やホラクラシー経営で欠かせない「場の創造と活用」を日本発で、世界に発信したいと考えています。
自分にできるのは、そういった「ティール組織」や「ホラクラシー経営」を導入したい企業のお手伝いとか、あと論文書くことですかね。
そんな想いもあって先日「自己組織化経営」に関して発表した論文についても、核心部分に触れながら記事にしたいと思っています。