富士通のDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略
去る7月30日、日本を代表するIT企業の富士通が、第一四半期決算発表の場で、「2020年度の経営方針」を発表しました。
コロナ禍でビジネス環境が激変する中で富士通が打ち出した政策、その中で社内体制に関する部分について言うと、「DX人材への進化・生産性の向上」が挙げられています。
「全社員13万人をデジタルトランスフォーメーション(DX)人材へ転換させること」というのがそれです。
そのために具体的に行うことが、「13万人がDX人材となるべくデザインシンキング(以下、デザイン思考)やアジャイルマインドの教育を進め、多様性を重んじた風土への転換を図っていく」ことだそうです。
富士通の考えるDX人材(DXができる人)とは、「デザイン思考」と「アジャイルマインド」を持っている人ということになります。
ここでいう「デザイン思考」「アジャイルマインド」とは何か、どういうことをやろうとしているのかというと、
「人々のニーズを観察した上で課題を設定し、アイデアを出し合うことで可能な限りの解決策を探り、そのアイデアを基にプロトタイプを作成し、実際にユーザーにおいてテストを行いながら試行錯誤を繰り返すことで、新たな製品やサービスを生み出し、課題解決につなげる」とのこと。
私自身は、2013年頃に出会った慶応SDMのワークショップでデザイン思考のことを知り、2015年に修士課程に入学し、修了後は研究員として、引き続きデザイン思考、システム思考の研究や実践を続けています。今年3月には以前から取り組んでいたアジャイル開発の認定資格である認定スクラムマスターにもなりました。
その立場から言っても、デザイン思考とアジャイルマインド、これは今のような時代、ビジネスパースン一人一人に求められるものだろうと思います。
DXを未だにデジタル(IT)化と同一視している日本の経営者たち
というのも未だにDXを、会社業務のデジタル化、IT化と同一視している風潮がみられるからです。
今年のはじめに、「組織改革のないDX(デジタル・トランスフォーメーション)ブームの絶望感」という記事を書きました。
ここで書いたように、21世紀に入り、会社のIT化、デジタル化は進みましたが、それがまったく生産性向上にはつながらず、今や日本の労働生産性は先進国(G7)で最下位、OECD加盟国全体の平均すら下回る20位。
この原因は経営者にあるのは明らかで、日本の経営者は、IT投資を単に省力化、もっと言えば人件費の削減手段としか考えず、新たな価値を生む手段としては全く考えてこなかったことにあります。
今ではアメリカや中国はもちろん、インドネシアなどの東南アジア諸国でも、ITやインターネットを活用した新たなサービスが次々と生まれていますが、日本では全くと言っていいほどその気配がない。
その代わり起こっているのが、あいも変わらずの省力化、効率化としてのRPAブーム。
富士通の取り組みが、日本の経営を変えるきっかけに、少しでもつながることを期待したい気持ちです。
アジャイルマインドが呼び起こすデザイン思考の原点
また、このことは「本来のデザイン思考」あるいは「デザイン思考の原点」を考える良いきっかけになるかもしれません。
「デザイン思考」はシリコンバレーのデザインファームのIDEOが広めたものです。このIDEOとデザイン思考の名前を有名にしたのが、「安全で使いやすいショッピングカート」をデザインする様子を取材したテレビ番組なのですが、これを観るとわかるように、「現場を観察」して「アイデアを話し合い」、それに基づいて「試作品を制作」する。それを現場にフィードバックしてそれを「観察」してまた「話し合い」、次の「試作品」を作る。
この繰り返しをするのがIDEOのデザイン思考に基づいたデザイン(設計)手法であるのがわかります。
これは上記の「人々のニーズを観察した上で課題を設定し、アイデアを出し合うことで可能な限りの解決策を探り、そのアイデアを基にプロトタイプを作成し、実際にユーザーにおいてテストを行いながら試行錯誤を繰り返すことで、新たな製品やサービスを生み出し、課題解決につなげる」。そのまんまですね。
しかし今まで各地で行われてきた「デザイン思考ワークショップ」の内容は、「ブレインストーミングのやり方」とか「親和図法」「クレイジーエイト」といった手法を覚えることだったり、ワークショップのファシリテーションのやり方を習得することでした。
もちろんこれらの「手法」を覚えるのは悪いことではないのですが、そのことと「良いアイデアを生む」「創造性を上げる」こととはイコールではありません。
ワークショップでは何十種類もあると言われる「デザイン思考の手法」をいくつ覚えるかということに意識が向いてしまい、それを会社に帰って試してみても、画期的なアイデアが生まれるわけもない。「デザイン思考ってやっぱり使えない・・・。」こんなことが繰り返されてきたのがこの10年間だったのではないかと思います。
もう一度原点に戻る、という点で、この「デザイン思考+アジャイルマインド」を見直すというのは悪くないアプローチかと考えます。
繰り返し(イテレーション)がビルトインされた手法
アジャイルというのは、製品を作る過程で「繰り返し」がビルトインされている方法論です。例えば代表的なスクラムでは、毎日のデイリースクラム、1週間~1ヶ月のスプリント(イテレーション)という二重のフィードバックループを回すことで、「プロトタイプを作成し、実際にユーザーにおいてテストを行いながら試行錯誤を繰り返す」ことを行っています。
ただ従来のアジャイルの手法では、アイデア出しやデザイン(設計)などのいわゆる上流工程に関する部分が弱いので、例えば富士通ではSAFe(Scaled Agile Framework)という大規模アジャイルのフレームワークを活用しようとしているようです。
ただし、このSAFeは大企業向けのフレームワークで、中小、中堅、ベンチャー企業などにとってはオーバースペックな部分もあります。
もっとコンパクトなやり方として、Agile ICONIXとも言われるアジャイルの上流工程で活用されるICONIXプロセスが使いやすいかもしれません。
ICONIXプロセス自体、「ロバストネス分析」(顧客の要求(ユースケース)が実際にシステムにとって“ロバスト”なのか繰り返し分析する機能)という繰り返しのプロセスがビルトインされています。
IXONIX自体は、ソフトウェア開発のための手法ですが、私たちは、これをデザイン思考のプロセスに応用し、ビジネスデザインに活用できる「ICONIX for Business Design」を開発しています。デザイン思考の手法を最小限(バリューグラフ、CVCA、因果ループ等)に抑え、繰り返しのプロセスをビルトインさせた、コンパクトなプロセスで、デザイン思考+アジャイルが行えるよう工夫を重ねています。
ICONIX for Business Model Design
さらに、それをソフトウェアツールで実現する(イノベーションテック・ツール「Blue Logic」)の提供も開始し、コンサルティング、ワークショップ、ソフトウェアツールなど多角的にDXを支援する体制を整えています。