デザイン思考とブレインストーミング

デザイン思考が日本に入ってきておよそ10年。イノベーション教育に欠かせないという意見から、実際の新製品開発などには役立たないといったものまで様々な意見があります。

デザイン思考の代表的な手法である「ブレインストーミング(ブレスト)」。この言葉自体を知らないビジネスパースンはおそらくいないと思います。

このブレインストーミングについても「大人数で意見を言い合っても効果はない」「一人で考えたほうが効率的」という意見は少なくありません。実際に論文でも「ブレインストーミングでイノベーティブなアイデアが生まれるという有意な結果はでなかった」というものもあります。

結論から言えば、おそらく多くの人が考えている「ブレインストーミングのやり方」では、あまり効果は出ないというのは正しいでしょう。
ブレインストーミングで結果を出すためには、正しいやり方が必要になりますが、そのためには、「なぜブレインストーミングでイノベーティブなアイデアを生み出すことができるのか」その仕組みやメカニズムを理解する必要があります。

ブレインストーミングでアイデアを生むのは意外と難しい理由

まず多くの人のブレインストーミングに対する勘違いについて述べたいと思います。

・ブレインストーミングは「議論を戦わせること」である。
・ブレインストーミングでは、一人が(あるいは一人づつ)意見を出し、それについて他の人が論評しあう。

上記は2つとも「間違い」です。もちろん上記のようなことをしてはいけない。という意味ではありません。場面やフェーズによって、例えばアイデアが出たあとの検証のフェーズなどでは、このようなことも必要になる場合もあります。

しかし「イノベーティブなアイデアを生む」ためのブレインストーミングにおいては、これらは有効ではありません。

その理由は、「なぜブレインストーミングでイノベーティブなアイデアが生まれるか」に答えることと一緒ですので、できるだけ丁寧に説明したいと思います。

ブレインストーミングがイノベーションに繋がる仕組み(メカニズム)をシンプルに描いたのが下記の図です。

Aさんの意見やアイデアに対して、Bさんはそれに自分のアイデアを乗っける。そうするとAさんはさらにそれにアイデアを乗せる。それをBさんは・・・と限りなく繰り返します。

実際にはもっと大勢がこの行為に加わるわけですが、そのことによって、小さなアイデアも雪だるま式に大きくなっていく。これがブレインストーミングの効果です。

ただ、このような現象が起きるためには、「相手の意見やアイデアを否定したり批評したりしない」「相手の意見に乗っかる」「ここのアイデアの質より量」というマインドが必要になります。

ただし、多くの場合の「話し合い」「議論」ではこのような仕組みは働かないことが多いと思います。

例えばAさんがあるアイデアを出すと、多くの場合他の人(Bさん)はそれを自分の考えに基づいて「評価」をします。「これは駄目だ」という否定をしたり、「この部分はもっと違うアイデアが必要だ」とか「アイデアは悪くないけど実現は難しい」など。

全面否定は論外ですが、「批評や評論」も相手の意見の部分否定ですので、「雪だるまループ」は生成されません。
また、人は無意識に「できれば自分の意見を採用してほしい」と考えますから、どうしても人の意見には厳しい目で見てしまう傾向もあります。

だからブレインストーミングでアイデアの「雪だるまループ」を生成させるのは、思ったよりも難しいのです。

最初のブレインストーミングでは「アイデア」は求めない

実は、「ブレインストーミングでアイデアを考える」というのは上記の理由からもなかなかうまくいかないのが現実です。
それでは、どのようにすればよいのか。

ここでは具体的な事例で考えます。

1980年代までのニューヨークが犯罪の巣窟であったこと。これを解決したのは「割れ窓理論」と呼ばれる手法でした。
犯罪そのものに対処するばかりでなく、割れた窓を修繕するなど街をきれいにすることで、「犯罪が起こりやすい環境」に働きかけて、犯罪そのものを減らす。この手法は功を奏して、数年で殺人などミューヨークの重要犯罪は半分以下になりました。

これはシステム思考や因果ループ図の説明で詳しく話していますが、下記のような図であらわすことができます。

この図で、対処したい問題は、「犯罪をどうすれば減らすか」ですが、上述のように、これ自体を話し合ってもなかなか良いアイデアを出すのは簡単ではありません。

そこで、上図の因果ループ図の構造に目を向けます。
犯罪を増やしているのは、「犯罪がうまくいきそうな感じ」という項目です。

そこでこの項目についてブレインストーイングします。
つまり「犯罪がうまく行きそうな感じ」とはどういうものか。
さらにこれを自分ごとに置き換えてみます。実際に罪を犯したことのある人は少ないでしょうけど(笑)、「いたずら」「悪いこと」をした経験は誰にもあると思います。

そこでブレインストーミングのテーマを「どんな時悪いことしちゃいそうか」「今までイタズラしたときの状況」といったものにしてみます。

そうすると、相手の意見に否定の感情や、自分の考えを通そうという考えは浮かびません。お互い楽しんで、どんどん考えが浮かぶのではないでしょうか?

そうしてたくさん出た項目から、例えば「周りの環境が乱れていると悪いことやりやすい」「人が見ていると悪いことはできない」「悪い人と一緒にいると自分もやってしまう」といった気づき(インサイト)がでます。

その「インサイト」を基に、「街をきれいにしよう」「監視の目を置くようにしよう」といった「アイデア」が生まれます。

つまり、ブレインストーミングでは、「アイデア」ではなく「インサイト」を生むようにそのテーマを考える。

そうすることによって、「雪だるまループ」が生まれて、思いもよらなかったアイデア、劇的な効果が生まれると思いますので、ぜひやってみていただきたいと思います。

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