デザインとは何か

デザイン思考について本当に理解するには、そもそもの「デザインとは何か」について理解する必要があると思います。
「デザイン」という言葉は非常に幅が広く、イメージする概念が人によって少しずつ異なっているからです。

先日もデザイン思考の本を書いている方のセミナーで、登壇された講師の方は「今日本で『デザイン』と言われている言葉は正確ではない」という意味のことを仰っていました。聞いているほうとしては「なるほど~」という感じだったのですが、もしかすると違う人だったら、また違う意味のことを述べられるかもしれません。

ここでは、「デザイン」の言葉の意味について追うのではなく、もう少し大きな視野から「デザイン」ということについて考えてみたいと思います。

デザインと、アート、エンジニアリング、サイエンスの共通するもの

デザインあるいはデザイナーという言葉から想像できる言葉として、「創造」「クリエイティブ」というのが挙げられると思います。アーティスト、エンジニアというのはもちろん創造する職業ですし、サイエンティスト(科学者)もIPS細胞を開発した山中伸弥先生、かん免疫療法を打ち立てた本庶佑先生の仕事ぶりを見れば、創造、クリエイティブな職業だといえるでしょう。

実際かつては、この4つの仕事の間に区別はなく、これら4つの「職業」が生まれたのはルネサンス、産業革命以降です。(正確に言えば、ギリシャ・ローマ時代には区別があったともいえますが、いわゆる中世暗黒時代にすべてが統一されました。)

中世では、この世界は「すべて神が創ったもの」とされましたから、この世の原理や真理はすべて聖書に書いてある。そしてその神の思想を伝えるため(おそらく一部の階層の人たちを除けば識字率はゼロに近かったでしょうから)、伝道の手段(今でいえば教会のブランディング)としての宗教画を描く人たちがたくさんいたと思われます。しかしこの時代に科学者、アーティストとして名を残した人はほとんどいません。(コペルニクスは地動説を唱えましたが、それが明らかになったのは彼の死後の文献からです。)彼らはあくまで「神に仕えるもの」であり、「独立した個人」として扱われなかったからだと思います。中世の宗教画など見事なものが数多く現存していますが、ほとんどが「描き人知らず」です。

まずルネサンスの時代に、アーティストとサイエンスが分化しました。そして、アーティストの創造するものが大規模になるにつれ、アーティストの思想を形にするエンジニアという職業が重要になってきます。
イタリアのルネサンスを援助したメディチ家は、彼らの価値を十分認識し、自らの邸宅に、アーティストやサイエンティスト、エンジニアを住まわせて惜しみない援助を与えました。それによりフィレンツェを中心とした「ルネサンス文化」が花開き、ひいてはメディチ家の権威や勢力の拡大という「実利」にもつながりました。

そして「デザイン」ですが、これが独立したものとなったのは、比較的最近で19世紀に入ってからと言われています。
産業革命によって商品が大量に供給されると、商品の間で「競争」が起こり、その商品を使う人にとって、それがどれだけ「使いやすい」(機能の追求)か、あるいは装飾品や高級品などでは、その商品を持つことがいかに「自分の存在価値を高めるか」(意味の追求)といいう視点から人は商品を選ぶようになります。

そこで重要な意味を持ったのが、「デザイン」でした。「使いやすいデザイン」「快適なデザイン」そして消費者自身の存在価値を刺激する「魅せるデザイン」が価値を創るようになりました。

そして20世紀にはいると、デザインは他の3つから完全に独立し、ドイツの「バウハウス」によるデザインの洗練化、そして消費者主導経済によって、大きく発展することとなりました。

以上のことを一枚の図に表現したのが、MITメディアラボのNeri Oxmanが創った、「Krebs Cycle of Creativity」です。

MITメディアラボの所長である伊藤穣一氏は、このKrebs Cycleについて、「サイエンスは自然の情報をナレッジに変える。エンジニアリングはナレッジを利便性に変えることができる。デザインはそれを社会へ。そしてアートは社会をperception(認知)し、イメージに変えてまた科学へと渡す。」と述べています。

もう少し具体的にイメージしやすいように、人類の長年の夢であった「空を飛ぶこと」、「飛行機」について当てはめてみましょう。

空を飛ぶことは、太古からの人類の夢でした。それを最初に表したのがアートです。ギリシャ神話の「イカロスの翼」など様々なアート作品で「空を飛ぶ姿」が表現されてきました。
その夢は、ニュートンの万有引力の法則や力学の法則、流体力学といったサイエンスで、「空を飛ぶための原理」が明らかになります。それを実際に作っって飛んで見せたのが、ライト兄弟の飛行機でした。

そしてエンジニアリングにより、軍用を始めとして多くの飛行機が製造されます。その後旅客機の登場で、乗客を便利、安全に目的地まで運ぶデザイン、飛行中快適に過ごせるようなCAによるサービスなどの「サービスデザイン」が求められるようになります。

デザイン思考の本質

以上のように、俯瞰した視点から見ていただくと、今という時代に「デザイン」がなぜ重要なのかはお解りいただけたかと思います。
高い水準の商品やサービスが人々に十分いきわたった現在、自社の商品やサービスを「差別化」できるのはもはや「デザイン」のみであり、またそれが、その商品を使う側の欲求に答える、つまり人々の「課題を解決する」という商品やサービスの「本質」をついたものであるからこそ、現在Krebs Cycleの4つの要素の中で「デザイン」が注目されている理由なのでしょう。

そしてこの俯瞰した視点で、「デザイン」を軸に自社の製品やサービス、あるいは仕事や経営そのものを捉えようというのが「デザイン思考」にほかなりません。

だからデザイン思考を「観察-定義-アイデア-プロトタイプ-テスト」のプロセスである、とか人間中心であるという見方、あるいはブレインストーミングなどの手法のことであると認識してしまうのはまったくの間違いで、これは「デザイン思考」を唱えている人が「パッケージデザインなどのデザインは本来のデザインのことではない」などと言っているのと全く同じ。本質ではなく末枝末葉のことに過ぎません。

デザイン思考と「0-1」議論

また最近、デザイン思考は「0-1」なのかという議論も一部で見られます。「デザイン思考は0-1ではなく製品改良のための手法である」という意見もあります。私自身上記の「空を飛ぶ」説明で、アートを起点に説明したので、あたかもアートが「0-1」でデザインはそれ以上、たとえば「1-10」であると考えた方もいらっしゃるかもしれません。

結論を言えばこの見方は「間違いでもなければ、正解でもない」ということになるでしょう。
本当を言えばKrebs Cycleをみればすぐわかるように、これは「サークル」なので、「はじめも終わりもない」というのが正しい答えです。逆に言えば、どの地点でも起点すなわち「0-1」になりうると言ってもかまわないとも言えます。

そして今という時代この「デザイン」や「デザイン思考」が重要視されていると同時に、また次の時代への新たな流れ、「デザイン」起点にした「アート」「サイエンス」への胎動も起きていると言えます。AIが普及し様々な課題解決がなされる中で、人々の働き方など新たな課題が見えてくる。そうした課題を問う「アート」や「アート思考」の模索が始まっている。
俯瞰した目で見ると、そんな大きな流れが見えてきます。

世の中の本質を見極めること、これが「デザイン思考」が世に問うものでもあり、同時に「〇〇思考」といった流行に惑わされない私たちの軸を見極めることなのだと考えます。

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