イノベーションの必要性
イノベーションとは、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革のことです。
よく誤解されますが、イノベーション=「技術革新」ではありません。発明や技術革新はイノベーションの一つにすぎず、新しい製品開発から、流通や売り方、組織など「ビジネス活動」すべてにおいて、工夫や独自のやり方で、新たな価値を生み出す。これがイノベーションです。
したがって先端企業や大企業特有のものではなく、およそビジネスに関わるものすべてに必要なことです。
欧米の進んだ製品(GM・GEなど自動車・電機製品等)やお手本(シリコンバレーのインターネットビジネス等)があってそれを効率化すればよかった前世紀の日本では、決められたことをきちんとできる人材が必要でした。国民が均一化していてかつ学歴レベルの高い日本人には向いている環境だったのです。しかし21世紀の現在、決められたタスクをやりとげるのは人工知能(AI)に取って代わられようとしています。
必要なのは、「誰にでもできることをきちんとやる能力ではなく、他のことはできなくてもあなたにしかできないことをやる」能力。
学校の試験のように、教えられたことを忠実に行えば、高評価が得られ、競争に勝てた時代は終わり、独自の「新たな価値を生み出す」。
今世紀に入って流行った言葉である「ブルーオーシャン」「ブランディング」も単に人とは違う分野や物事をやればいいのではなく、新たな価値を生み出すことが何より必要なことです。
ここに企業に務める人はもちろん、個人で夢を追いかける人にも「イノベーション」能力が必要な理由があります。
イノベーションとデザイン思考
イノベーションに必要な「思考法」「メソッド」としてあげられるのが、「デザイン思考」です。
デザイン思考は「デザイナーが仕事(デザイン)を行うプロセスで用いる特有の思考法」をいいます。
デザイナーは芸術家とも対比されますが、芸術家が自らの想いを形にするのに対し、デザイナーは顧客(クライアント)の要求に則り、かつ独自の(人とは違った)制作物を創ります。
デザイナーは、ひとつの仕事ごとに以前とは、そして人とは違った価値を生み出しつづけなければいけません。これはある意味「イノベーション」し続けることと同じであり、これが
物やサービスのデザインだけではなく「ビジネスのデザイン」「経営のデザイン」が注目されている理由です。
デザイン思考のメソッド
初代マックのマウスのデザインで有名になったデビット・ケリーらが創業したIDEOやFROGといったデザイン・カンパニーはいまや製品・サービスだけでなく、経営デザイン・コンサルタントの分野にも進出しました。
また、スタンフォード大学と共同で、デザイン思考の講座d-schoolを開講。
デザイン思考を通じたイノベーション手法を明らかにしました。
その手法は、5つにメソッドに分解できます。
共感
顧客やクライアントへのインタビューや観察(オブザベーション)あるいは共に仕事や生活するなど一時的に顧客の一員になってみる(エスノグラフィ)といったやり方で、クライアントの問題・課題点や求めていることを探ります。
問題定義
顧客の問題点・課題点を探り、それを定義化するプロセスです。
アイデア開発
定義された問題点・課題点を解決する手法を見つけるプロセス。メソッド(手法)として、様々な思考タイプを持つ人を集め、ブレインストーミングなどの手法で、今までの枠にとらわれないアイデアを出していきます。
アイデアを出すための、基本的な考え方は発散と収束の繰り返しです。
「発散」は、思考の枠を取っ払う。例えば実現可能性といった枠を外して、突拍子もない考えをどんどん出していく工程。
そして「収束」で、たくさん出されたアイデアのグルーピングや意味付け、関連付けなどを行います。
「発散手法」として、ブレインストーミング、アイデア100本ノック、ワールドカフェなど、そして「収束手法」には親和図法、KJ法、強制連想法などがあります。
これらの手法を駆使して発散と収束の繰り返しの中から得た気づきを元に、具体的なアイデアを出していくのがこのアイデア開発です。
プロトタイピング
アイデア開発で生まれたものを実際に形(プロトタイプ)にしてみるのが、このプロトタイピングです。模型をつくってみる、絵を描く、サービスや経営など形にないものでしたら、ストーリー(物語)をつくって、寸劇を行うなどの方法もあります。
テスト
プロトタイプを使ってテストを行い、意見を募ります。必要に応じてクライアントや顧客も交えます。
ここで得られた気づきや新たな課題、改善点を元に再び問題提議やアイデア開発のプロセスを繰り返します。
d-school(IDEO)メソッドの問題点
d-schoolで開発されたこのメソッドは、デザイン思考(デザインシンキング)として、世界に拡がりました。
日本でもイノベーション教育の必要性が謳われ、慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科や、東京大学のi-schoolなどで様々なプログラムの講座がひらかれています。
またイノベーションが最も必要な企業でも、これらのメソッドを元にした研修がおこなわれるようになりました。
ただしもちろん、デザイン思考は万能なものではなく、この研修を行えばイノベーションの能力が必ず上がる、というものでもありません。
実際の研修あるいはセミナー(ワークショップ)の場でどのようなことが行われているかというと、上記のd-schoolの手法を一通りおこなったり、ワークショップ形式でブレインストーミングやワールドカフェを行う。あるいはこれらのファシリテーターを養成したり、ということが行われています。
慶応大学大学院SDM研究科の講座である「デザインプロジェクト」ではおよそ半年をかけて、実際の企業、自治体などのクライアントの課題解決の提案を行っています。
その際には、21のメソッドを組み合わせてアイデア開発を行います。
これらの講座を受けたり、研修やセミナー(ワークショップ)を行ったりすれば、ブレストやワールドカフェなどのスキル(ファシリテーションのスキル)は、たしかに上がるでしょう。しかしながらこのスキルとイノベーションのスキルはもちろん別物です。
企業や自治体などで行う研修やワークショップで、ひととおりの手法は覚えたり習得しても実際の現場で、それが生かされているのか。現実の問題解決や課題解決に研修で学んだことは役立っているのでしょうか?
デザイン思考の様々なメソッドは、多様なメンバーとの共同作業を通じ、今までの枠にとらわれないアイデアを創る助けとなるためのものです。
したがって、メンバー個々のイノベーション能力を直接的に上げるためのものではないことに注意する必要があります。
デザイン思考を繋ぐシステム思考
イノベーションのポイントは、d-school(IDEO)のメソッドである、<共感><問題定義><アイデア開発><プロトタイピング><テスト>の<>の要素の中ではなく、それらを繋ぐ間にあります。
共感したあと、どう問題定義に繋ぐのか、問題定義ができたあと、どのようにアイデア開発へ繋いでいくか、そしてブレストなどアイデア開発の様々な手法を試した後に、どのような気づきを得てプロトタイプにつなげるか。
デザイン思考のワークショップでは、これらは多様性の中の偶発性に頼ります。これはある意味「個」を超える可能性があることなのですが、これを読んでいるあなた自身、個人としてのイノベーション能力を上げるためには、この繋ぐプロセスを可視化して強化する必要があります。
要素を繋いで相互作用をおこすこと。これはシステムの定義そのものですが、ここにシステム思考の重要性があります。
デザイン思考は、システム思考と合わせることにより、課題から解決を導き、個のイノベーション能力を上げたり、現実に役立つアイデア開発を行うことができます。慶応大学大学院SDM研究科では、「システム×デザイン思考」と定義しています。
すこしだけ具体的に述べると、インタビューやオブザベーション、エスノグラフィでは、クライアントに様々な問題・課題が見つかりますが、その中で真の根本問題や解決点(レバレッジポイント)を見つけるためには、因果ループ図を描くなどのシステム思考手法が必要になります。
問題定義からアイデア開発の間では、アイデア開発で得られた突拍子もないアイデアが問題定義の解決につながるのか、絶えずフィードバックすることが必要とされます。フィードバックのない単なる枠外思考(突拍子のないアイデア)は、単なる妄想になりかねません。
そして、得られたアイデアからプロトタイピングにつなげるのは、システム開発手法(いわゆるVモデル)が役立ちますし、テストは、単に◯か☓かを調査するのではなく、どこに問題点や課題点があるのか、どこに改善点があるのかフィードバックする必要があります。
例えば、テストマーケティングをしてみて、思ったより効果が得られない場合、どこかにブレーキをかけている部分が隠れているわけですが、これは「バランスループ」がどこに隠れているか探すことによって、その答えを得られることが多いです。
そして、またこのプロセスを繰り返す場合、バランスループによるブレーキを緩めるどんな施策があるか、を考えればよいなどの、あらたなアイデアが生まれ、またそれをシミュレーションし直してみる。(定量的な結果を得るためにはシステムダイナミクスの手法が役立ちます)
デザイン思考セミナーや研修などでは、イノベーションのためのヒントが得られたり、枠外思考の感覚をつかめるなど、これはこれで有益なことなのですが、実際のビジネスに応用したり、個人のイノベーション能力を高める訓練としては、これにシステム思考のプロセスを組み入れることが、必須になります。