逆効果に働く経営理念
「経営には理念やビジョンが大事である」様々なところで言われてきた言葉かと思います。ほとんどの会社のホームページには「お客様のために」「社会のために」といった「経営理念」「ビジョン」が記されています。
しかし、それらの多くは、何の役にも立っていないばかりか、逆効果になっている事例も少なくありません。
真っ先に挙げられるのが、日本を代表する広告代理店の「電通」でしょう。
数年前、電通に入社した新入社員が、仕事の量と上司による圧力に絶望し自殺するという痛ましい事件がありました。この事件に関して、やり玉に挙げられたのが、同社の理念である「鬼十訓」であることはご存知の方の多いと思います。
この鬼十訓に関して、この「鬼」という言葉や、「取り組んだら殺されても離すな!」という言葉が批判の的になったのですが、実際に書いてあることは、「仕事を受け身ではなく、自分事として積極的に取り組もう」ということで、決して間違ったことが書いてあるわけではありません。
自己啓発本などで普通に書いてあることばかりです。
そして、自殺した新入社員はもちろんのこと、パワハラとして批判を浴びた彼女の上司も、決して私利私欲のためではなく、会社のため、顧客の為、ひいては社会のために働いていました。
そのことが、本人ばかりか、電通のイメージなど会社にとっても悪い影響を与えることになった。
電通ばかりではありません。多くの「ブラック企業」と言われる会社は、実はほとんどと言っていいほど、「お客様のために」「社会のために」という理念やビジョンを持っている企業なのです。
お客様や社会のために働く、あるいはお客様や社会のためにこの製品やサービスを拡げる、ということが、会社の「ブラック化」い拍車をかけている構図。これが現実の姿です。
社員のための理念ならいいのか?
経営理念には、「社員の幸せ」を入れるべきではないか。という考えもあると思います。
それについては、「ティール組織の肉汁水餃子店」と名乗るユニークな餃子専門店「餃包」を運営する株式会社アールキューブの坂田健社長のインタビュー記事が示唆を与えてくれます。
元々は『五人の幸せ』っていう理念があって、「社員とその家族」「仕入れ先とその家族」「現在顧客と未来顧客」「地域社会」「株主」を幸せにすることを理念にやっていました。ただ、理念の最初に社員の幸せを入れるのはいいんですけど、入社してから浅い人って勘違いしやすくて『会社は私を幸せにしてくれるんだ!』って思ってしまうんですよね。
それで、ふとした瞬間に『幸せにしてくれてないじゃん!』って言ってしまったりするんです。つまり社長が社員の幸せを考えるっていうのはいいんですけど、社員が自分で社員の幸せを考えるのは気持ち悪いなって思うんですよ。それを言ったら、社長が『この会社は社長の幸せのためにあるんだ!』って言っているのと同じじゃないですか。そんな気色の悪い会社に入社しないですよね?
だから、社員を幸せに「してあげる」気はさらさらないです。
自分で幸せになる力を身につける支援をしたいし、それなら、目的も自分で毎日考えるべきだなと思いました。
そこで坂田社長が採った施策は、「経営理念の使用禁止」でした。
一見えっ?と思うようなやり方ですが、本当の意味が隠されていました。
人は「理念を覚えろ!」「自分で考えて行動しろ!」って言われると、多くの人は受け身になってしまう。あるいは義務感になりやすい。だから、逆に「理念は勝手に使わないで!」って言う方が、理念のことや目的のことを自然と考えるようになると、坂田社長は言います。
そして、この会社の「存在目的」について、みんなで散々やり取りを繰り返しました。唯一「顧客のため」だったらみんな合意できるとなって、そこで話がすっとまとまったそうです。
ここまで読んで、「あれ? 結局『お客様のため』の理念ってこと?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、上(経営者や創業者)が決めた「理念」を下に「押し付ける」のと、社員の間で決めた「理念」は、たとえ字面はどうあれ、全く違うものなのです。
これが、Evolutionary Purposeなのですが、大事なのは結果ではなくプロセス。
自分たちで決めたからこそ、「共通の理念」そして共通の「存在目的」になりえるのです。
Evolutionary Purpose(存在目的)とは
フレデリック・ラルーが「ティール組織」の本の中で、組織が「ティール」に進化するために必要な3つのブレークスルーのひとつに挙げているのがEvolutionary Purpose(存在目的)です。
組織(企業)は、その「存在目的」に基づいて意思決定を行います。
表にまとめたように、いわゆる「経営理念」は、創業者や経営者が定めて、従業員は有無を言わさずそれに従うことを求められます。一方でEvolutionary Purpose(存在目的)は、上記の「餃包」の事例のように、社員や従業員全体の総意に基づいて定められるものです。
Zapposでは、2007年に有名な「10のコアバリュー」が定められましたが、これは1年間かけて社員全員の議論のもとに定めらました。
経営理念は、創業者や経営者の想いが反映されるのに対し、Evolutionary Purpose(存在目的)の場合は、個人個人の「存在目的」、例えば人生や仕事に関する夢や目標と共鳴する形となります。これはピーター・センゲの「学習する組織」における、「自己マスタリー(自己実現)」と「共有ビジョン」の関係とほぼ同じ意味です。
そして、内容に関する志向として、経営理念は目的志向であり、組織の目標を定めたりする志向なのに対して、Evolutionary Purpose(存在目的)の場合は、課題提起、あるいは「問い」の志向になる傾向にあります。
Zapposの場合、Core Purposeは、「Delivering Happiness」ですが、この「Happiness」がどういう状態なのか、きちんと定められるものではないですし、ゴールがあるものでもないわけです。常に問い続ける、これが「課題提起型」です。
経営理念の場合、必ず「明文化」されますが、Evolutionary Purpose(存在目的)の場合、必ずしも明文化されるとは限りません。例えば日本のティール・ホラクラシー型企業として知られる「ダイヤモンドメディア」には、明文化された「理念」「存在目的」はありませんが、同社の中に「企業文化」として暗黙知化されています。
明文化されている企業であっても、上記の「個人の存在目的との共鳴」によって、「共有化」され、「暗黙知化」されているのが、「Evolutionary Purpose」の最大の特徴です。
Evolutionary Purpose(存在目的)のつくり方
フレデリック・ラルーは著書の中で、Evolutionary Purpose(存在目的)を創る手法として、「アプリシエイティブ・インクワイアリー」の手法を紹介しています。
アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)とは、ホール・システム・アプローチの手法の一つですが、参加者のマインドやハートに訴えて共通の夢や目標に向かって一体感を高める手法です。個人個人が考えていること、夢や目標を発見し、それを基に組織としての夢を共有して、その夢や目標に基づいて内容の設計や実行を図る手法です。
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