国論(?)を二分する森保監督への評価

ワールドカップ2022カタール杯、日本は目標としていたベスト8には惜しくも届かなかったものの、優勝経験国であるドイツ、スペインを撃破して、グループリーグを1位で突破しました。

後半の交代枠を巧みに使って逆転勝利を収めた手腕には、海外を含め多くの人から称賛の声が寄せられています。

一方で、2018年以来代表戦を見続けてきたサッカーファン、解説者などからは「4年間の積み上げの意味がない」「相手に合わせて、それがたまたま上手くいっただけ」など批判の声も少なくありません。

今までも「ベテラン重視で若い人や新しい人を試すことをしない」「選手への指示や指導がない」「どんなサッカーをやりたいのか全く見えない」という指導者としての能力に対する疑問の声も多かったように思います。

今の森保監督ほど、賛否両論の声があがる監督はいなかったのではないでしょうか。

しかし4年間の成果をデータで見ると、森保監督は過去4人の監督と比べても、最も結果を出している監督でもあります。
 

ザッケローニ監督(2010-2014)30勝13敗10分(勝率55%)
アギーレ監督(2014-2015)6勝2敗2分(勝率60%)
ハリルホジッチ監督(2015-2018)21勝8敗9分(勝率55%)
西野監督(2018)2勝4敗1分(勝率29%)
森保監督(2018-2022)41勝12敗9分(勝率66%)

  
私が最も意外に思ったのは、62試合のうち逆転負けは1試合だけというデータです。
前回のベルギー戦を始めW杯本番では、先制しても最後に逆転されるという印象が強い日本代表。

この人はもしかして、「課題への対応力」「状況に応じた修正力」は凄いのかもしれない。
これは、21世紀の日本の経営現場で最も必要な「アジャイル経営」のやり方そのものでもあるからです。

私個人は、森保監督の戦略から「時代の流れ」「経営論や社会システム論の流れ」を感じました。そしてそれは、VUCA時代の悩める経営者やリーダーにとって参考になるものかもしれません。
(これがこの記事を書こうと思った理由です。)
 
 

森保監督のアジャイルサッカー戦略

森保氏は、2018年ロシア大会の直前のハリルホジッチ監督解任を受けて、西野監督が就任した際に、コーチとして代表チーム入りました。

逆らうことはおろか意見することも許さず(最後は選手同士のミーティングも禁じました)絶対権力を求めたハリルホジッチ監督に変わって、急遽就任した西野監督が立て直しの為行ったことは、選手の自主性・自律性に任せること。

そのため若手ではなく、ベテランを登用し、選手同士で徹底的に話し合う中で戦術を決めていくやり方を行いました。

(このあたりは4年前に書いた「西野監督の戦略を起業論/組織論から考えてみた」を御覧ください。今の森保監督の戦略の原点が書かれている(-最近久しぶりに読み返して自分でも気づきましたが-)と思います。)

森保監督は、基本的に西野前監督のやり方を踏襲し、まずベテランを中心に選手を招集し、選手たちの意見を取り入れながら、プレーモデルを創っています。

監督の頭の中にある「理想の形」に合った選手を集め、監督のイメージ通りの動きを要求する今までのやり方とは、ある意味正反対です。

森保監督への批判には「なぜクラブで結果を出している生きの良い若手を招集せず同じベテランばかり使うのか」というのが多かったように思いますが、まず西野前監督のプレーモデルを継続しながら、少しずつ修正を重ねていく方式を貫きました。

実際にはメンバーも少しずつ世代交代して、4年後の最終メンバーは、26人中19人が初出場メンバーとなっています。

つまり継承と世代交代をそれぞれ実現することを目指していたのですね。
 
 

プレーモデルの時代

海外でも以前は、ハリルホジッチのような、すべて監督が定め選手はその決定に従うというスタイルでしたが、現在のヨーロッパ・サッカーは「プレーモデル・ドリブン」であると言われます。

「プレーモデル(あるいはゲームモデル)」というと「戦術」や「システム」のことと思う方もいるかも知れませんが、もっと大きな概念で、企業でいうと「ビジネスモデル」とか「企業文化」「パーパス」「コアバリュー」を形作るためのフレームワークに相当するものです。

そのプレーモデルをどうやって創っていくか。もちろんそれは監督の役割ですが、「企業文化」を社長ひとりで創ることができないように、日々のトレーニングや試合などを通じて、選手と共に形成と修正を重ねていくのがプレーモデルのフレームワークです。

いわば「アジャイル」なやり方ですね。
 
 

プレーモデルのフレームワーク(プレーモデルの教科書:濵吉正則著より)

 
 
日本の場合、今まではプレーモデルではなく、監督個人の持つ戦術や指示に従うのが選手の役割という位置づけであったため、W杯が終わって監督が変わると、またゼロからスタートというのが繰り返されました。

2018年以降ようやく日本にも「プレーモデル」という言葉が浸透し始めましたが、「監督がすべてを決め選手はそれに従う」というのがサッカーの指導であるという思い込みはなかなか消えないようですね。

そして森保監督が行ってきた「プレーモデル」はなにか。どのように構築してきたのか。
これがユニークなものでした。

あえて名付けるなら、「プレゼン・サッカー」「合議制サッカー」とでも言うべきもの。

12月8日の日本経済新聞に、スペイン戦前日のエピソードが紹介されています。

コスタリカ戦敗退で後のない日本。ミッドフィルダーの鎌田大地選手からある「提案」が出されました。

それは彼が所属するチーム(アイントラハト・フランクフルト)が、翌日対戦するスペインのトップチームであるバルセロナを破った際のシステム、「5-2-3」を採用してはどうかという内容です。

鎌田選手がそのシステムやゲームプランを皆の前で説明し、選手たちで話し合った結果をキャプテンの吉田麻也選手が森保監督に具申。監督はそれを受け入れ〝フランクフルトモデル〟が日本代表に移植されました。あのスペイン打破につながる勝負布陣は、選手主導で立案・合議されたものでした。

これは決して珍しいことではなく、特に2020年頃から、頻繁に行われていたようです。


 
同じ日経の記事で、久保建英選手のコメントも紹介されていましたが、ドイツ戦の前半「4-4-2」は久保選手の所属するスペインのレアル・ソシエダの布陣です。

その初戦のドイツ戦をどういう布陣で戦うかについても、9月のドイツ遠征の際、徹底的に議論されたそうです。

スポーツ報知の記事によれば、吉田選手を中心とするベテランメンバーが3バック(5バック)システムを監督に提案。その後もホテルやピッチで何度も話し合いの場が持たれ、結局「4-4-2(4-2-3-1)」でいくという決定が下されました。

吉田選手はインタビューで「(ドイツ遠征のときは)本当に忙しかった。宿舎でもほとんど自分の部屋にはいなかったぐらい」と語っています。

久保選手が退いたドイツ戦の後半は3バックに変え、結果として逆転勝利という結果を残したのですが、それに対しても「今まで試したことがないことをぶっつけ本番で出して・・・そうじゃないだろう」「思いつきで、自分が好きなサンフレッチェ広島時代の3バックにした」と批判の声があがりましたが、それこそ「そうじゃない」ことは上記記事から明らかだと思います。

しかもその批判していた人(元代表選手)も触れていないようですが、このシステムは、後半投入後輝かしい活躍をした三笘薫選手の所属する、ブライトンのシステムでもあるのです。

W杯最終メンバー26人が所属しているチームは実に9カ国に及びます。ドイツのブンデスリーガ、イングランドのプレミアリーグなどで、日頃から世界最先端のプレーモデルに触れている選手たち。

その知見と経験を活かさない手はないでしょう。

森保監督は「監督にはヘッドコーチタイプとマネジャータイプがいると思うが、僕は絶対マネジャータイプ。どんどんできるコーチやスタッフに仕事を託し、できるだけ意見を尊重しながら、最後は自分がオーガナイズする。本当にいい仲間に恵まれています」と語っています。

チームキャプテンは吉田麻也選手でしたが、「5-2-3」システムでは鎌田選手がリーダーとなって、フランクフルト・サッカーを皆に教え、別のときは久保選手や三笘選手がそれぞれのチームのやり方を伝える。これは最新の経営論であり、その場面場面で最適なリーダーに任せる「シェアード・リーダーシップ」のあり方そのものです。
 
 
  
そういうとき、選手同士に確執のようなものが生まれたりはしなかったのか、そのあたりはわかりません。

仮にそういうのがあったのだとしても、以前よく聞かれた「前に出たい攻撃陣と後ろで守りたい守備陣との確執」とはまったくレベルの違う話になっているのではないでしょうか。
  
  
  
「プレゼン・サッカー」のプレーモデルの今後の進化に期待したいと思っています。

もちろん今後の代表監督については、現時点(12月9日)ではまだ決まっていません。

私自身は、森保監督が今の課題をどのように選手やスタッフと修正、進化させていくのか見たいと思っていますが、もし代えるにしても、今のやり方を継承してくれる日本人監督か、あるいは思い切ってヨーロッパで「プレーモデル構築」をしてきたブンデスリーガやプレミアリーグなどの現役監督やコーチが来てくれたら面白いかもしれません。

どんなに実績のある「名将」であったとしても、例えばハリルホジッチやトルシエのような「絶対権力型」スタイルには、日本はもう戻るべきではない、と私は思います。

森保ジャパンに学ぶVUCA時代の経営戦略

上述したように、企業やビジネス組織の「企業文化」「パーパス」「コアバリュー」にあたるのが「プレーモデル」です。

現代サッカーで主流の「プレーモデル」は、スピードある動きで一気にゴールを狙うスタイル。
「サッカーアイドル」の日向坂46の影山優佳さんで有名になった「ゲーゲンプレス」「ゲーゲンプレッシング」もその重要な要素の一つです。

相手に奪われたボールを8秒以内に「ゲーゲンプレス」で奪い返し、そのボールを素早く前線に運んで10秒以内にゴールをする。ドイツのラングニックやクロップらによって生み出されたプレーモデルは、ヨーロッパのクラブチームや代表チームで磨かれ、修正されまた新たなプレーモデルが構築されています。

詳しくは、(2年前に書いた記事ですが)「カオスな世界の中で、現代サッカーに学ぶ経営術」をご参照ください。

 
  

現代サッカーに含まれる要素(プレーモデルの教科書:濵吉正則著より)

 
 
右側の「共通理解・選手感のコミュニケーション」は選手の自律のための要素です。
個としての選手が自律的に周りの選手と協調・共創しながらプレー(ゲーム)を形作っていく。「高いレベルでの自由を伴った組織的プレー」を行うための組織づくりをどうするか。

左の「プレースピード」は、一瞬で状況が変わる中でそれに対応し、さらにその状況を味方につけるための要素です。
ビジネスで言うと「アジャイル」にあたりますね。

手前味噌ですが、弊社の唱える「3つのA」と非常によく似ている(笑)。


 
 
いずれにせよ、単に「アジャイル」とか「組織を自律的に」とか単なる要素として捉えるのではなく、「どのようなプレー(ビジネス)モデル」をするのか一人ひとりが理念と想いを持つ必要があり、その一人ひとりの想いを汲んで高度な経営を行う。

ビジネスでもAIなどへの知見やDX(デジタル・トランスフォーメーション)、最新のビジネスモデルにふれることが多いのは経営者よりも最前線に立つ若手や中堅社員たちだったりします。
しかしデジタル技術など表面的な技術の導入には関心を寄せるものの、それでビジネスモデルや経営を変革(トランスフォーメーション)しようなどとは思っていない経営者が多いのが現実ですね。

ぜひ現代サッカーから学んでほしいものです。


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