コロナ禍で政府による緊急事態宣言が出される、出さないなどの議論がなされるなど、ますます先が読めない状況が深まっています。

前々回の記事で、今の「VUCA」を通り越した「カオス」な状況の中でビジネスパースンは、現代サッカーなどスポーツ戦略に学ぶべきと「オーガナイズド・カオス」「戦術的ピリオダイゼーション」についてのオンラインセミナーを実施し、その議論について述べさせていただきました。

今回は、このようなカオスに近い状況で、最新の経営理論や経営フレームワークスから、処方箋のヒントを探って見たいと思います。

経営理論のテキストはもちろん入山章栄先生の「世界標準の経営理論」です。
 

 

不確実性を恐れない状況は、みずからの手で作り出せる

今のような状況に対処するための「思考の軸」となる経営理論があります。この本の10章で紹介されている「リアル・オプション理論」です。

この理論は金融工学のオプション取引に起源があり、それを経営理論に応用したものですが、リアル・オプションの考え方を一言で言えば「事業環境の不確実性が高いときには、慎重に計画をたててから巨額の投資をするよりも、まずは早く部分的に投資をして、その後で必要なら段階的に追加投資した方がよい」というものです。

一般的に経営理論で有名なものに、マイケル・ポーターの競争戦略理論(SCP理論)やジェイ・バーニーの資源ベース理論(RBV理論)があります。
ポーターの理論は、競合など環境をにらみながら自社戦略を決めていく理論で、フレームワークとして「ファイブ・フォース分析」や「差別化戦略」が知られています。
もう一方のバーニーの資源ベース理論は、自社の経営資源(リソース)をもとに経営戦略を考える理論です。ここでいう経営資源とは人材、技術、知識、ブランドなどを指します。経営コンサルタントがよくいう「ブランディング戦略」はこの理論に基づいたフレームワークであると言えます。

どの戦略をとるべきかは、市場(競争)の型による、というのを表したのが、下図です。
図の下のほうが寡占市場など安定した市場、上に行くほど不安定な市場という区分になりますが、今の状況ですと、一番上のリアル・オプション戦略(常に不確実な事業環境に、素早く柔軟に対応する)をとるのが有効である、というふうに活用ができます。
 

 

リアル・オプション理論のフレームワーク

リアル・オプション理論の特徴として、実務家のためのフレームワークに落とし込まれているものが多いというのがあります。つまりリアル・オプション理論は、他の経営理論と比べても、経営現場で実行しやすい理論なのです。

「世界標準の経営理論」でもいくつか紹介されていますが、一般に知られているのは、エリック・リースの「リーン・スタートアップ」ではないかと思います。「不確実性の高い環境家では、とりあえず実用最小限の機能の製品をつくって売り、市場の反応を見て製品を変えながら再投入するサイクルを繰り返すべき」という主張は、リアル・オプションの発想に極めて近いです。

ご存じの方も多いと思いますが、リーンはもともと「トヨタ生産方式」から生まれた発想です。そしてこのリーンを仕事のやり方(プロセス)にまで落とし込んだのが、アジャイル開発の一連のプラクティスです。XP、カンバン、スクラムなどが知られています。

アジャイル開発、特にスクラムは、もともとソフトウェアなどシステム開発の手法としてスタートしましたが、現在では様々な発業務のほか、学校、政府、マーケティング、組織運営マネジメントに至るまで、個人や社会が日常的に使用するあらゆるものに活用されています。
今、急速に普及しているリモートワークやテレワークを行う現場のプロセス管理にも役立てることができます。
「スクラム」が教えるリモートワーク(テレワーク)仕事術
 
 

クネビンフレームワークで現在地の確認と対処を

現在自分がどういう状況にあるのか、正確に把握しないと適切な手をうつことができません。実際の世界をどのようにとらえて、どのように考えて行動したらいいかを体系づけたものがクネビンフレームワークです。

クネビンフレームワークでは、下図のように状況を4象限と無秩序に分類します。
 
クネビンフレームワーク
 
単純な領域
誰の眼にも因果関係が明らかな単純な問題を扱うときは、正解が明らかなので、あらかじめ定義された適切なソリューション(マニュアル)を使います。

込み入った領域
込み入った領域は、答えを出すまでに煩雑な経路がある領域です。ここでは分析を行う専門家が活躍します。しかしながら最近は分野をまたがる問題が多く、単に一つの分野に詳しいだけでなく、複数の分野にまたがったT型あるいはナブラ(∇)型の専門性が求められています。

一つの例ですが、慶應SDMでは複数にまたがるそれぞれの専門性を繋げる横軸として、システムズエンジニアリングを活用しています。問題を定義し、そのソリューションを設計、開発、検証していくプロセスを提唱しています。

複雑な領域
複雑な領域では、問題の答えを出すことができない、予期ができない事が多いです。正解があるにしても、後になってはじめて答えがわかるという創発的な領域です。ここではあらかじめ正解(定義)に向けて設計を行うアプローチではうまく行かないので、反復、進化的なアプローチであるリーンやアジャイルの手法が有効です。

カオスな領域
カオスな領域では、何より素早い対応が必要です。多くの場合危機に瀕しているので、これ以上の被害を食い止め、何らかの秩序を回復するために素早い対応が求められます。
一方で、このカオスをチャンスと捉え、その中でマーケットを押さえたり、新たな秩序へのイニシアティブを取る機会でもあります。
詳しくは先日書いた「カオスな世界の中で、現代サッカーに学ぶ経営術」の動画をご覧いただければと思います。

またそこでは触れていなかった経営学のアプローチでいうと、このような時期ではリーダーシップが求められますが、そのような危機の状況で有効な理論として「センスメイキング理論」があります。
これも「世界標準の経営理論」の本にも詳しく述べられていますが、当ブログでも別途述べていきたいと考えています。

無秩序な領域
真ん中の赤いところが「無秩序な領域」です。つまり今自分がどこにいるかわからない領域ということです。
無秩序な領域から脱出するためには、状況を構成要素ごとに分解して、それぞれをその他の4つの領域に当てはめることです。無秩序のままなんとかしようとはせず、とにかくそこから脱出することが第一です。

いま多くの人、特に困難な状況にある人は、「無秩序な領域」「カオスな領域」にあると感じているのではないかと思います。
現在の状況を把握して、それぞれ適切な(図では赤字で表しています)手法をとっていただければ、きっとピンチをチャンスに変えるヒントが見つかると思います。