日本はベスト8進出し、大いに盛り上がっているラグビーワールドカップ。
思えばラグビーにここまで熱い視線が送られるようになったのは、前回のイングランド大会で南アフリカを撃破した「ブライトンの奇跡」からではないでしょうか?(私自身もそうです。)

しかしまだ日本でラグビーが「超マイナースポーツ」だった1986年、このスポーツに注目した経営学者がいました。野中郁次郎一橋大学名誉教授です。

1980年代と言えば、「Japan As №1」という本が世界中で読まれた時代、日本経済が最も強く、日本製品が世界を席巻していた時代です。
野中先生は、そんな日本企業の強さの秘密をラグビーに例えました。つまりトップ(CEO)がすべてを決めて、経営企画室が経営計画を立てて、人事部がそれに沿って人を雇い、部下は上司のいう事に従い成果を上げるというトップダウン型(スポーツで言えば駅伝、あるいは監督のサインに従いゲームを進める野球)ではなく、ゲームが始まれば現場にすべてを任せ、一つのトライに全員が献身するラグビー型が、日本企業の強みだと考えました。

そして発表されたのが、竹内弘高ハーバード大学助教授(当時)と連名でHarvard Business Reviewに掲載された論文、「The new new product development game. -Stop running the relay race and take up rugby-」(新しい新製品開発ゲーム  -リレー競技はやめてラグビーを始めよう-)です。
 
  
  

  

旦那さまにするならフォワード選手

ラグビーというスポーツを改めて振り返ると、他のスポーツと同じように、トライ(ゴール)を重ねて勝利という大きな目的(Purpose)に向けてチーム一丸となるスポーツです。ただラグビーをご覧になった方はお解りのように、華麗な個人技、例えばサッカーでおなじみの「スーパーゴール」とか、野球でいう「ホームラン」というのはあまりみられません。もちろん福岡選手が見せたような、数十メートルを独走して華麗にトライというシーンもありますが、繋いで繋いでなんとか押し込むというシーンがほとんどです。

ラグビーの元になったサッカーでは、フォワードが得点を取る役目。一方のラグビーにも「フォワード」がいますが、彼らは敵とぶつかってつぶし合い、その間にバックスにトライさせるという、自己犠牲的なポジションです。(元日本代表の廣瀬俊朗さんは、旦那さんにするならフォワード選手が一番。いかつい身体ですが献身的で相手を立てるやさしい性格の選手がほとんどだと著書で書かれています(笑)。)
フォワード選手に限らず「One For All, All For One」個はチームの為、そしてチームは個のため、そういう全体性(Wholeness)なスポーツ。

また上でも述べましたが、ラグビーは試合が始まるとヘッドコーチ(監督)は、ピッチに降りることはできないので選手に声もかけられません。ゲームはすべて選手たちの自主判断(Self-Management)で進められます。

Purpose、Wholeness、Self-Managementというとフレデリック・ラルーの「ティール組織」じゃないかと思われる方もいると思いますが、これは偶然でもこじつけでもないのです。
もしラグビーというスポーツがなかったら、そしてこのスポーツに野中先生が注目しなかったら、もしかしたら「ティール組織」はなかったかもしれません。

この論文で一番のメインはこの図です。


  
  

ラグビーがなければティール組織も生まれなかった?

タイプAが、従来の業務の進め方。担当(部署)がしっかり分かれていて、ひとつの工程が終わってから、リレーでバトンや襷が渡されるように次の工程へと受け渡される。

タイプBやCが「オーバーラップ」するモデル。部署や担当隔たり無く同時に業務が進みます。
当時の日本企業オフィスの仕切りの無い大部屋、仕事帰りは飲み会で自然と暗黙知を交換し合う。担当の間で境界をつくらず「擦り合わせ」で知恵を出し合う開発方式。
このタイプCがラグビーのスクラムからとって、スクラムアプローチと名付けられました。(たしかにスクラムを横から見た図に見えなくはないですね。)

この論文が出てから7年後、空軍のパイロット出身でシステム開発者のジェフ・サザーランドが当時主流のウォーターフォール・モデルに代わる新しい仕組みを模索していました。そんな彼が出会ったのがこの論文。
彼の眼には、タイプAがまさにウォーターフォール・モデルであり、タイプCが新たなシステム開発モデルに映りました。そうして開発されたのが、アジャイル開発手法の「スクラム」です。

そしてこの「スクラム」を代表とするアジャイル開発手法は、ソフトウェア開発を中心に広がりましたが、このアジャイル手法をお手本にして、新たにフラットで「Self-Management」な経営手法のやり方をまとめたのがブライアン・ロバートソンの「ホラクラシー」です。

ロバートソンの著書「ホラクラシー」を読むと、その手法が「スクラム」でいう「デイリースクラム(毎日の打ち合わせ)」、「レトロスペクティブ(開発区切りの振返りミーティング)」の手法とかなり共通しているのがわかります。

会社を「ティール組織」にしたい。最近そういう企業も増えて、本もベストセラーになりましたが、Purpose以下3つのブレークスルーといった本の内容は理解したけれども、具体的にどうすればいいのか、何から手を付ければいいのかわからない、という相談も受けるようになりました。

もちろん「ホラクラシー」をするのも一つですが、私はまず、野中先生の論文を読むことから始めるのをお勧めします。やはり日本企業は日本企業のDNAがあると思いますし。
そのうえで「スクラム」の手法から、自分の会社にあったものを取り入れる、というやり方が無理なく進められる一つのやり方だと考えています。
例えば「カンバン」。
チーム(部門やプロジェクト)の進捗をホワイトボードとポストイットで管理する。これだけでも業務の進捗が視覚化され、問題点を共有して「カイゼン」を図ることができます。費用もそんなにかからないですし、リスクもほとんどない。

ラグビーに話を戻すと、このスポーツは代表選で「国籍」を問わない多様性のチームであるのも他のスポーツにない特徴。(英国の植民地政策の名残と言われています。つまり英連邦のどの地域からも出られるように、という施策です。)

これは最近の企業の傾向と同じですね。そんな多様性を含有しつつ「One Team」を実現する。ラグビーのこのマインド、どんな企業でも参考にできると思います。