創発や自己組織化と言うと最近流行りのティール組織やホラクラシーを思い浮かべる人が多いと思います。あるいは物理学などでいう「複雑系理論のことである」と言う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし「自己組織化」はこのような最新経営論や物理学と行った先端あるいは特別な分野以外には関係ないのだ。というのは大きな間違いです。
ビジネスにかかわる多くの人に関係するマーケティング、ビジネスが拡張するためには、商品がもっと売れるためにはどうすればいいか、もっとブランドや認知されるためにはどうすればいいかということにも、密接に関係することなのです。

マーケティングにおける自己組織化事例

1980年代ビデオデッキ戦争と言われた事例がありました。テレビを録画してあとからまた見ることができる機械、ビデオデッキの普及はソニーから始まりました。
ソニーからやや遅れて、VictorがVHS方式と言われる規格で参入、ソニーのメータ規格とシェア争いを演じました。ちょうど今のスマートフォンにおけるアップル(iPhone)とGoogle陣営(Android)の争いと似ています。孤高で技術やデザインに優れたアップルが当時のソニー、陣営を組んでそれと争うGoogle陣営が、松下―Victor連合に例えることができるでしょう。

スマートフォン戦争では、iPhoneもAndroidもそれぞれ特色を持って争っていますが、VTR戦争では、VHSが完勝。ソニーのベータ規格は、最初の頃はトップシェアを誇っていたものの、しばらくして市場から消えることとなりました。
画像の精度など技術力ではソニーのほうが勝っていると言われました。実際テレビ局などプロユースではベータ規格が使われました。ベータ規格のほうが、録画時間が短かかったのが、VHSが勝利した理由と言われることもあります。確かに最初の頃はベータ規格のほうが短かったですが、後になってVHSに近い時間録画できるようになりましたので、それだけが原因とも思えません。

ソニーは他社が同じベータ規格の製品をつくるためのライセンスを厳しく管理していました。このやり方は従来の考え方からみれば、ブランドを守り自社商品のシェアを高めるやり方と言えます。事実オーディオ製品などではこの方式で成功していました。

しかし、ビデオデッキ戦争では、そのソニーの戦略は通用しませんでした。

VHS陣営は、Victorと親会社の松下電器(現パナソニック)は、積極的にVHSのライセンスを公開し、OEM供給にも積極的でした。
Victorや松下電器のやり方は、当然ライバルを増やすので、自社のシェアが下がってしまう危険があります。また商品のコモディティー化が進みブランド価値も下がる恐れがあるでしょう
VHS陣営が勝利した理由は、実は「自己組織化」にありました。
仲間を引き入れることに熱心なVHS陣営は、映画会社を陣営に引き入れるなどソフトの充実にも力を注ぎました。VHS規格の映像ソフトが充実すれば、ユーザーはそちらを選ぶようになります。また映画などの映像制作会社も、1社だけの規格より、幅広い電機メーカーが制作するビデオデッキ規格でビデオを制作したいと望みます。
ソフトが充実すれば、レンタルビデオ店もVHS規格のものを優先して取り扱うようになります。
そうすると消費者は自然とVHS規格のビデオデッキを選ぶようになります。そしてVHSのシェアが上がり、それまでベータ規格だった映像制作会社もVHS規格でビデオを出すようになり・・・とポジティブ・フィードバックが起きて自己組織化するのです。
自己組織化の威力を軽視していたソニーは、その後MPプレーヤーでiPhoneに敗れ、電子書籍リーダーでもKindleに敗れています。
技術力を駆使して「良いもの」をつくれば、自然とお客はつく、という考え方は、必ずしも正しいとは言えないのです。

このような自己組織化が成功や失敗の有無を決定づけた例としては、線路の幅の事例も有名です。19世紀にアメリカ大陸で普及した鉄道、当初は鉄道会社によって線路の幅はバラバラでした。そうなると乗客や貨物は違う鉄道会社の路線に入るたびに乗り換えたり貨物をすべて積み替える必要がありました。それは不便なのでだんだん同じ幅になっていくのですが、どの会社に合わせるかはもちろん決まっていません。しかし少しでも長い路線の方に幅が統一されるようになり、そうすると新規参入路線は、ますますその会社の路線幅に合わせるようになります。
そうして144cmという中途半端な長さの線路幅となりました。リンカーン大統領はもっと切りの良い150cmにしようとしたそうですが、自己組織化の流れには大統領でさえも逆らえなかったのです。

そのほかにも、パソコンのキーボードがQWERTY配列になった経緯、シリコンバレーに先端企業が集まったことなど自己組織化現象はビジネスのいたるところで見ることができます。

さらには、新たな商品を発売して、そこに口コミが起きたり(反対に炎上したり)、ブームが起きるのも自己組織化現象です。
プロモーションや宣伝の際に「空気を作る」という表現がありますが、これは自己組織化現象をいかにつくるかという広告業界流の表現です。

このように「自己組織化」は、ビジネスの成否に密接に関わっている事柄なのです。