タカタのエアバック問題は、とうとう同社を事実上の倒産(民事再生法申請)に追い込みました。
エアバックの不具合で、少なくとも10数名の死者を出し、リコールが1億台(!)というとてつもない規模に及んだことを見ると、これも当然のことといえるでしょう。

1億台のリコール費用というのがどれくらいのものか、正直検討もつきませんし、もちろん亡くなった方の命を費用換算することはできません。

タカタのエアバッグ事故の原因

エアバッグは、事故でドライバーや同乗者がダッシュボードに叩きつけられるのを防ぐため、事故時に膨らんで、いわばクッションの役目を行う安全装置。
事故が起きて乗員が衝撃を受けるまでの時間はコンマ秒なので、エアバッグもその時間内に十分広がって、乗員を受け止めるようにしなければいけません。
タカタは2000年から、このエアバッグを膨らませるために、火薬原料を使用し始めました。これにより、膨張速度を早めることができ、また通常のときの状態を従来よりもコンパクトに纏めることに成功したのです。

ところが、2005年頃から、高温高湿状態に長い間晒され、劣化すると、エアバッグが膨らんだときに、金属破片が飛び散るトラブルが確認されるようになります。
ただこの時点では、よほど悪条件が重なった特殊な事例とされ、またこの事自体些細なことであると捉えられました。
2008年になって、クレームがあった車のリコールがあり、タカタ製エアバッグを標準装備しているホンダが初めてリコールに応じます。
そして2009年、タカタのエアバッグが原因と考えられる初めての死亡事故が米国で起こりました。同じ頃トヨタプリウスのリコール問題があり、毅然と対応した豊田章男社長のニュースが大きく扱われたせいか、日本でニュースに乗ることは殆どありませんでした。
これが大きな問題となったのは、2014年になってからで、異常破裂が相次いで調査目的のリコールが広がってからです。
そして翌2015年タカタは、この方式のエアバッグ供給停止を表明。タカタが外部の専門家を招いて委員会を立ち上げたのが、その翌年の2016年となってからです。
そしてリコールの嵐はもうだれにも止めることはできずに、その年の半ばには1億台を超えるリコールとなりました。
むろんこの膨大な費用をタカタは負担することが不可能で、ホンダを始めとする自動車会社が建て替えざるを得ませんでした。そして17年タカタは事実上の倒産の道へと追い込まれました。

なぜ10年も放置したのか?の答えは意外なところにある

このタカタの問題に関して日経新聞では、『不具合が発生した場合にいかに真摯に対応するか。タカタ問題は同社だけでなく、品質や安全の高さで成長してきた日本の企業全体に突きつけられた形だ』と報じています。また「早期に対応していれば問題はかなり小さく済んだ」という識者の声も紹介しています。

つまりこの会社の悪かったところは、問題(製品の不具合)が発生した時点で、そのことに真摯に対応せず、問題を放置したことにある。というわけです。

これを読んだ読者の多くは、「タカタって会社は悪い会社だ。間違ったことをした」という印象を持ったと思います。
悪いことをした、少なくともそのことに目をつぶる真摯さに欠ける企業だ。と。

実際タカタの社員は他の会社に比べて、真摯さに欠けているのか。私は直接知らないので断言はできませんが、おそらく彼らも他の会社の社員と同じくらい真面目で仕事に真摯に対応していたのではないかと、私は推測します。

エアバッグのクレームがあったとき、おそらく担当者である顧客窓口の人は、顧客対応や自動車メーカーとの対応を精一杯行い自分の職務を全うしたに違いありません。生産担当者も様々なテストを重ね、出来る限り安全な商品を作ろうと努めていたと思います。
経営陣は、目標売上に達するよう、これもまた真摯に業務を行っていたことでしょう。
おそらく皆が皆、担当する仕事、決められたタスクを精一杯行っていたに違いありません。

担当する仕事を精一杯行う。これが組織の中で「担当者」が求められていることですし、おそらくこれを読んでいるあなた自身も、真摯に行っていることでしょう。

皆が自分の職務を真摯に行えば、システム全体(この場合は会社全体)が「真摯」かというと、必ずしもそうではないのが、システム思考の教えるところです。

こういう会社に上記の記事のように、「早期のうちに真摯に対応」と言っても全く意味がないのです。彼らはすでに真摯に自分の職務を全うしているのですから。
タカタは問題が発生して10年間、この問題を「放置」したことを避難されています。しかしそれは必ずしも「特別」なことではないのです。

もっと有名な事例では250年放置してきたこともあります。

250年放置された壊血病

大航海時代、ヨーロッパからアジア、アメリカに乗り出すことは危険な冒険でした。例えば最も有名なマゼランの世界一周では、出発時には270人いた航海士たちのうち、3年後帰還できたのはたったの18人でした。
航海時の死因として思いつくのは、船の難破、原住民との抗争、熱帯特有の病気や伝染病などでしょう。しかし実際にはこれらの死者をあわせた数よりも多くの人が亡くなっている原因は、壊血病による病死です。
壊血病は、ビタミン不足により血管がボロボロになる病気ですが、実は17世紀の初めには、その原因が判明していました。そして毎日小さじ3倍程度のレモンジュースを飲めばこの病気は予防できることが、実際の実験で確かめられました。
しかし、船に柑橘類を積むことが義務付けられて、航海中の壊血病が一掃されたのは19世紀の半ば。実に250年も放置されてきたのです。

この冒険の旅に出る船長も航海士一人ひとりも、食料担当者も、また船主も、皆自分の職務を「真摯に」おこなっていたことでしょう。
ちょっと担当を離れて、「船に柑橘類を積む」ことを誰も思いつかない。思いついたとしても実行できない。
それが「人間の叡智」なのです。
それを「限定合理性」という言葉でハーバート・サイモンが指摘したのは20世紀の後半になってからです。

システム思考ができないことを自覚しないとあなた自身にも降りかかる

目の前のタスク(木)だけではなく、少し俯瞰してシステム全体(森)を見るシステム思考の必要性が言われているのは、我々人間は、実は元来こういうことが「できない」からです。

正確に言うと「できない」のではなく、「できないことを自覚しない」のが人間の性向です。
一旦自覚ができれば、エアバッグ問題も早い段階で生産中止し金属破片が飛び散らない方法を開発できたでしょうし、ましてや「船にレモンジュースや柑橘類を積む」という簡単なことが250年もできないことはありません。

あなたの属する組織でもいつ大航海時代のような問題、タカタのような問題が起こるかどうなのか、これは誰にもわかりません。

システム思考自体は難しいことはほとんどありません。
しかし、それを知ることと知らないことの差で、大きな開きができることが上記の事例からも解るかと思います。

またこれは思わぬ人生の危機からあなたを救ってくれるかもしれないのです。