スタンフォード大学、イリノイ大学などで教授を務められた経営学者の丸山孫朗先生が3月16日に88歳でお亡くなりになりました。おそらく日本では殆ど知られていない方と思います。(Wikipediaも英語版のみ)そういう私自身もお名前を知ったのはごくごく最近なんですけれども。

どうして名前を知ったかというと、社会システム学の著名な著書の多くに、(Maruyama 1963)という引用があったことからなんですが、この1963年にAmerican Scientistに掲載された16ページの論文『Second Cybernetics』を読んで驚くと共に感動しました。(論文読んで感動したのは初めてです。)
この論文から、20年後になってやっと世に知られる、「複雑系」「自己組織化」について、その考え方が記載されているばかりでなく、サンタフェ研究所のカウフマンやアーサーらが発表して1990年代に「複雑系ブーム」を起こした生命の原理や経済の収益逓増についてもしっかり書かれている。
例えば、今日本でホットトピックである「アベノミクス」の問題点。
伝統的な経済学者は一般均衡主義を信奉していて、富の偏在はやがて平準化する。いわゆる「トリクルダウン」が起こって、アベノミクスによって生じた円安や株高の富(企業収益)は、やがて一般の人々にもその恩恵が広がる、富の偏差は収束に向かうというのが彼らの考え方。
しかし1980年代にアーサーらが指摘した「収益逓増」の考え方では、富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなるとします。90年代のマイクロソフトや、現在のアマゾンやGoogleに見られるように「1人勝ち」が起こりやすくなるのです。
アベノミクスが始まっておよそ5年、格差は拡大する方向に向かっていると感じられます。
このことを丸山先生は50年以上も前から見越していたことになるのかもしれません。

この「Second Cybernetics」とは、ノーバート・ウィーナーらが、第2次大戦中、敵の戦闘機の動きに併せて高射砲の標準を決める制御理論として生まれた「サイバネティクス」にたいして、そのバージョン2という意味合いを込めて名付けられています。

つまり目標に向かって進むサイバネティクス理論が第1世代であるなら、そこから離れていく成長や創発のための理論が第2世代のセカンド・サイバネティクス理論となります。
この論文に抱えている事例で説明すると、均一化している平野で、たまたまある人がある場所で畑を耕し始めた。
そうすると、そこに人が集まってきて、農地ではたらく人、その人たちが住む家、その人達が買い物をする商店とかができるようになる。やがて集落が生まれ発展し、やがて大都市になる。これが「自己組織化」の一つの形です。

均一化しているただっ広い平野で、ある場所に最初の農夫が鍬を土に刺したのは、たまたまその場所であったからで、理由も必然性もありません。しかしあとから来た人は、その場所に理由があって集まるようになります。働く場所であるとか、住む場所、商売する場所といったように。そして人が増えると、ますます人々はその場所に集まってくるようになる。これはポジティブフィードバックが働くからです。第1世代のサイバネティクスは、目標との乖離が生じると、それを修正するような働きがおこる。いわゆるフィードバック制御で身近な例で言えば、エアコンのサーモスタットがそれにあたります。ネガティブ・フィードバック(負のフィードバック)が働いて制御ができるようになります。
都市の例では、最初の鍬の一刺しがきっかけになって、大地はそれまでとどんどん違った状態となっていく。これはポジティブ・フィードバック(正のフィードバック)が働いている状態です。そして最初の一刺しのことを「複雑系」では「ゆらぎ(Fractuation)」と呼んでいます。

この論文も触れている、ゆらぎ(FractuationではなくてInitial Kickとなってますが、このほうがある意味わかりやすい)からの自己組織化理論(散逸構造理論)でイリヤ・プリコジンがノーベル賞を受賞したのが1977年ですから、ある意味早すぎた学者さんなのかもしれません。

システム思考で言えば、ポジティブ・フィードバックは自己強化ループ、ネガティブ・フィードバックはバランスループで表されますが、この論文の中に、既にこれらを描いた因果ループ図が掲載されています!

                    (maruyama 1963)
システム思考やデザイン思考で課題解決手法として欠かせない「因果ループ図」は、システムダイナミクスから派生して、1970年ごろに生まれたという論文を読んだことがありますので、それが定説だとすると、実は、それより10年近くも前に日本人が発明していたのかもしれません。もし詳しい方がいらっしゃいましたら教えていただければ幸いです。

最後になりましたが、丸山先生のご冥福をお祈りいたします。