10月2日朝、「本庶佑京都大学教授ノーベル医学賞受賞」のニュースが飛び込んできました。私はそのニュースをスマホで読みながら日比谷に行き、昨日慶應SDMで講演をしていただいた武井浩三ダイヤモンドメディア社長ら自然(じねん)経営メンバーと勉強会を兼ねた打ち合わせ。
そして仕事帰りに紀伊国屋書店に立ち寄って、天外伺朗先生著の「人間性尊重型 大家族主義経営」を購入して帰宅。そんな一日でした。

帰りの電車で本を読みながらまず感じたことは、「今日一日出会ったこれらの出来事は、まったく同じ原理で動いているのだな」ということです。

もちろん、それぞれバラバラ(天外先生の本と自然経営は経営分野という点では同じですが)の出来事なのですが、「システム思考」という尺度を当てて見ると、見事なほど同じです。

一言で言うとこれらはどれも、「自然(しぜん)の力を人類は解明し課題解決手法に活用し始めている」流れに沿ったものです。そしてそれを上記で述べたように「システム思考」という定規を当てて見ると、全く同じ現象、同じ課題解決手法を適用できることがわかります。

「自然」(しぜん、じねん)に共通するルール

そのことについて詳しく述べるために一冊の本を紹介します。
進化生物学者のショーン・B. キャロルが書いた「セレンゲティ・ルール」です。

「セレンゲティ」というのはタンザニアにある国立自然公園の名前です。この自然公園は干ばつや自然破壊、そして内戦等の影響で、すっかり枯れ果てて「砂漠化」一歩手前の状態でした。
その再生のためにキャロルはこのセレンゲティ国立公園を訪れたのでした。

彼はどのような手法をとったのか。すぐに思いつくのは、植林や荒地を整備することでしょうか。

小さい範囲ならそんなことも可能でしょうが、広大な国立公園では非現実なことがすぐにわかると思います。

キャロルが行った方法は、意外にも「ライオンを連れてくる」ことでした。

これは、アフリカ全土の問題でもありますが、セレンゲティ国立公園でも自然破壊や密猟などで、ライオンの数は非常に少なくなっていました。
そうすると、ヌーやシマウマなどの草食動物が生態系のバランスを超えて繁殖します。実はそのことが、アフリカの草木を失わせ、砂漠化が進んだ大きな原因の一つだったのです。

セレンゲティ国立公園にライオンが繁殖してしばらくたつと、生態系が戻り、草木も増え、表土流出などで失われた水資源も戻ってきました。

つまり、表面的な対策を考えるのではなく、構造を見たうえで、効果的な手を打つ。
システム思考や因果ループ図でいう「レバレッジ・ポイント」を見つけそこにくさびを打つという課題解決方法そのものですね。

このセレンゲティ・ルールのすごいところは、自然環境の話だけではなく、生命の恒常性という概念を提唱したウォルター・キャノンのホメオスタシスや、分子レベルの調節原理を発見したジャック・モノーの話など、生体内における分子レベルの“調節”と生態系レベルで動物の個体数が“調節”される様相とのあいだに見出した共通の法則と、蝕まれた生態系の回復に成功した実例を描いているところです。

(もちろんキャロルは「システム思考」という言葉を使わず、本の中では、図や記号も別の形を「創造」しているのですが、まったく因果ループと同じ意味のものですので、当記事ではループ図に「翻訳」して表示しています。)

そして糖尿病治療薬やがん治療の原理をこのセンゲティ・ルールで書いているのですが、面白いことにノーベル医学賞を受賞した本庶教授の薬もそのまま当てはまります。

例えば今までの抗生物質とか制癌剤などのいわゆる薬は、細菌やがん細胞をどうやってやっつけるかという発想で創られていました。

しかし、糖尿病にしろ癌にしろ、現代の病気の原因の多くは身体のバランスが崩れたことが原因です。そういう時、「毒を以て毒を制す」薬は正常細胞ももちろんダメージを受けますので、深刻な副作用を引き起こすのはご存知の通りです。

このループ図を見ればわかるように、制癌剤は副作用で正常細胞にダメージを与えるばかりか、それにより免疫力が落ちますので、却って癌細胞が増殖しやすくなる環境を創ってしまうことになります。そのためにますます強い制癌剤が必要になり、ますます体にダメージを与えます。(自己強化ループ=正のフィードバックとなっているところに注意)

一方、報道からも明らかなように、本庶教授の研究で開発されたがん治療薬(オプシーボ)は、がん細胞に直接働くわけではありません。
癌細胞は、免疫細胞から身を守るいわば盾のPD-1というたんぱく質に注目し、このPD-1を無力化することで、免疫細胞ががん細胞を排除するという本来の免疫システムが働くように仕向けるのがこの治療薬の特徴です。

因果ループを描いてみると、セレンゲティ国立公園と全く同じ、セレンゲティ・ルールで解決しようとしていることがわかります。

経営のセレンゲティ・ルール

そして、この大自然のルールは、人間関係、あるいは経営という課題においても成り立つことが、「人間性尊重型 大家族主義経営」を読むとわかってきます。

この本では第3回ホワイト企業大賞を受賞した西精工という会社を取り上げています。
西精工は、徳島県でネジ部品などを作っている、失礼ながら田舎の中小企業。

しかしこの会社が全国から注目を集めているのが、「社員が皆、会社に行きたくてたまらなくなる会社」であるということ。
本では、末期がんにかかった社員が最後に、「1時間でもいいからもう一度会社で働きたい」と望んだというエピソードが語られます。
そのような会社を創った秘訣が本で語られますが、それを一言で言うと、西社長は「空気を創った」ということです。

西精工を訪問した方から私も直接伺いましたが、この会社の特徴は毎朝1時間におよぶ朝礼。

その話を聞いたとき、正直私はあまりいい印象を持ちませんでした。

実は私は以前、今でいう「ブラック企業」に近い会社に勤めていたことがありましたが、そこでは、毎朝朝礼で社長が長々と説教したり、出来の悪い社員をつるし上げたりする毎日でした。
私をはじめ社員は毎朝「早く終わらないかな」と思いながら、なるべく神妙なふりをして毎朝1時間立っていました。
もうそれだけで疲れ果てたものです。

好意的に見れば、社長は毎朝、社員に直接働きかけることで、やる気をださせようとしていたのでしょう。しかし、どうみても逆効果だったのは言うまでもありません。

その社長の「想いのこもった」毎朝の説教は、社員のやる気を失わせ、それがますます社長の説教を長引かせる。それがまたますます社員のやる気を失わせる。負の連鎖。

こういう会社、あるいは親子のような関係でも結構多いんじゃないでしょうか?

西社長が取り組んだのは、もちろんそんな朝礼の姿ではなく、「社員が会社に来たくなる」「働く場が楽しくなる」という様々な工夫です。そうすると社員は自然と主体的に働くようになることは誰もが納得するでしょう。

「やる気を出そう」「会社やお客のために一生懸命働こう」など「説教」をする必要もないわけです。

因果ループ図を描いてみると、まさにセレンゲティ・ルールと根本は同じことがわかります。

要は、「課題解決のためには直接働きかけようとするのではなく、課題が解決する場を創る」というのが、セレンゲティ・ルールであり、そして大自然の摂理、法則であることわかるでしょう。

そしてこれは「自然経営」にもそのまま通じます。

武井さんは慶應SDMの講演で、「社員に指示や命令は一切せず、コンテクスト(背景)を創る」と述べられています。そうすれば社員は自然と動き組織はうまくまとまる。

これもまさにセレンゲテ・ィルールと言えるのではないでしょうか。

システム思考、因果ループ図を描くことで、物事を俯瞰し、本質を読み取ることも容易になります。