ロバート・H・フランク氏の『成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学』が売れているそうです。
この本の内容は、「努力と才能は報われる」という考えは、幻想である。というもの。
自己啓発書でおなじみである、経営者や成功者に関するストーリーの多くは、成功の背景にはこんな努力があった、こんな才能があった、と個人の能力を強調しますが、それは間違いであると著者は言います。
「なぜ自分は努力しているのに夢がかなわないのか」
多くの人が、そのように嘆きますが、その理由が、この本の中にあるといえます。
そして注意しなければいけないのは、それは心の問題だ。という人たち。
成功をイメージすることで、運を味方につける、とか「引き寄せの法則」とやらが働いて、目標達成するよう、世界が(自分の都合の良いように)動いてくれる。などということはないのです。
それは逆に言えば、あなた自身も誰かのイメージによって動かされている、ということになるのですから。(恐ろしい世界ですよね)
経路依存性
フランクの主張は、システム理論では「経路依存性」で説明ができます。
なぜ私たち生物は、ある目的のために動いている(目的性)ようにみえるのか。
これは人類が「自意識」というものを持って以来の大きな謎といえます。
宗教や哲学が生まれた背景はまさにこれだと思います。
生物学者のフォン・ベルタランフィは、機械論(生物は単なる機械である)と生気論(霊魂のようなものが私たちを動かしている)の両方を排して、有機論、後の一般システム理論を唱えました。
システム理論では、目的性は、偶然と経路依存性で説明ができます。
大地に雨が降ったことを想像してみてください。水は高いところから低い方へと流れていきます。そのときたまたま周りと比べて柔らかい地層があると、その部分が削られてまわりよりほんの少し低くります。そうすると、その部分に雨水が引き寄せられてきます。
その削られた部分には、多くの水がくるせいでますます削られていきます。そうするとまたよそから水が集まってくる。正のフィードバック現象がおきる。
そうやって渓谷や川ができます。あの雄大なグランドキャニオンも、このようにしてできました。
これが経路依存性です。
自然だけではなく、社会システムでも経路依存性の例はいくつも見られます。
例えば、世界の殆どの鉄道の幅が144cmの理由はご存知でしょうか?
鉄道が敷かれた19世紀のアメリカでは、最初は線路の幅はまちまちでした。114cmの鉄道もあれば、2mを超えるものもあったそうです。
しかし、鉄道網が大きくなるに連れ、これは不便になってきました。幅の違う鉄道会社の接続駅毎に乗客は乗り換えたり、すべての貨物を載せ替えなければならないからです。
それが144cmになったのは、ほんの偶然。おそらく交渉力のある鉄道会社があって、最初に少し144cm軌道の鉄道会社を増やしたのでしょう。
そうするうちにだんだん144cmにしないと、鉄道会社のネットワークに取り残されてしまうようになり、いつの間にか、144cmが事実上の規格になったのです。
19世紀なかばには、政府の力で(切りの良い)150cmにしようという動きもあったようですが、経路依存性―システムの力には抗うことができませんでした。
他にも、ソニーがビデオの企画戦争(VHS、ベータ)の闘いに負けたのも、パソコンOSで、Windowsが標準規格になったのも、経路依存性です。
システム思考で偶然を味方につけることができる
私たちは残念ながら、意図的に偶然をつくることはできません。
それができるのは「奇跡」を起こせる者だけ。
そういう人が存在するのか、私にはわかりませんが、少なくとも、私たちの周りにはいそうにありません。
成功をイメージするなりして、偶然性を左右することができたら、世の中の物理学はひっくり返ります。(「引き寄せの法則」を本にしている人は、出版するより論文を書く方がいいと思います。おそらくノーベル賞受賞間違いないでしょう。)
繰り返しますが私たちは、偶然をつくることはできませんが、見方にすることは可能です。
なんらかの幸運を見つける。あるいは手にする。それはほんの小さなこと- 雨水がほんのちょっと地面に窪みをつけるような -でいいのです。
それはちょっとした才能かもしれないし、親を含む周りの人からのプレゼントかもしれない、たまたま得た評判や賞賛の声かもしれない。
ここで、経路依存性をつくる。これはシステム思考でいう正のフィードバック・ループをつくることにほかなりません。
多くの人は、フィードバック・ループの力を知らないので、努力の意味を、才能を磨くとか、なにかに耐えることだと思ってしまう。(その行為も必要なことが多いですが)
しかしながら大事なことは、フィードバック・ループがどうすれば起こるのかを考えて、シミュレートすることです。システム思考が「夢の実現」に必要な理由。
うまくすれば、蝶の羽ばたきで、ハリケーンも起こすことができる。
ここにシステム思考の威力があります。