アーバン・ダイナミクスとは

「アーバン・ダイナミクス」は、ジェイ・フォレスターが1968年に著したシステム・ダイナミクス(システム思考)の古典本です。
システム・ダイナミクスは、もともと軍事用に開発されていたフィードバック機構を経営課題の解決のために転用したものです。当時はインダストリアル・ダイナミクスと呼ばれていました。
それが都市の課題に転じたのは、MITのフォレスター教授の隣の部屋に、前ボストン市長のジョン・コリンズが赴任したことがきっかけでした。
両教授は協力して、インダストリアル・ダイナミクスの技術を、都市問題の課題解決のために使います。
その研究成果として出版されたのが、「アーバン・ダイナミクス」でした。

この「アーバン・ダイナミクス」は、先に出版された「インダストリアル・ダイナミクス」と合わせて、システム思考やシステム・ダイナミクスの歴史や成り立ちに書かれる際に必ず取り上げられるものです。
そして、この「アーバン・ダイナミクス」を読んだローマクラブの主催者から、1970年に開催されたスイスのベルン会議に招待され、地球規模のシミュレーションモデルを依頼されます。
そして彼のチームが開発したのが、世界的に有名になった「成長の限界」のモデル『World3』です。

都市の発展と衰退のモデルを表したこの「アーバン・ダイナミクス」。今日本でも最も重要な課題である少子化による地方都市の衰退のヒントになるのか、いつか読みたいと思っていました。
日本では、日本経営学会から1970年に訳書発売されましたが、もちろん現在は絶版です。
古書市場で探したところ、状態の良い本を手に入れることができました。

この「アーバン・ダイナミクス」が取り組んだ、都市問題は1960年代末期の米国です。
どのような問題であったか。この本から引用します。

1968年7月、全国都市連盟・合衆国市長会議による都市の状況についての共同声明。

都市の危機は、実際、全国的な内政面の危機である。それは、われわれの社会のあらゆる面に影響を与えている。都市の失業者たちは、連邦政府が全国的に集めた資金でまかなわれる福祉を要求しており、不適当な都市の学校は、自分の道をきりひらく能力のない人々を、別に発生させるという問題を国家に投げかけている。都市交通の混雑は全国の各地方にある商店の在庫品のコストを数百万ドル高騰させている。
都市の危機は、その国の危機でもあるのだ。

1960年~70年代の米国は、地方から都市への人口流入、それに伴うスラム街の膨張、貧困・失業、そして犯罪増加が挙げられるでしょう。白人など高所得者は郊外に逃げ、そのスプロール拡大で、道路渋滞はひどくなり、中心部は荒れマフィアやギャングの巣窟となっていました。
このような都市問題に取り組んだフォレスターとコリンズですが、システム・ダイナミクスのシミュレーションで使われた変数は多くなく、以下の10個です。(その他に変数同士の組み合わせ比が7つほどある)
新企業・成熟企業・斜陽企業
プレミアム付き住宅・労働者用住宅・不完全就業者用住宅
管理専門者(企業幹部)、労働者(正社員)、不完全就業者(パート・失業者)
必要な税比率

アーバン・ダイナミクスでは、これらの変数の推移を都市の発生から250年にわたるシミュレーションデータを表したものです。当時は独立宣言から200年。実際の都市建設はその少し前からでしょうから、まさに米国の都市の歴史そのものをシミュレーションしたと言っても良いでしょう。
当時のコンピュータの性能からいって、この10個の変数の組み合わせでもかなりの労力と時間が費やされたようです。

プログラムには、DYNAMOというツールが使用されていました。アウトプットとして、ストック&フロー図(ただしこの本では、ストックをレベル、フローをレート呼んでいて現在使用されているものとは少し異なる)と、250年の状態遷移図が使われています。

シミュレーションでは、詳細なパラメータが使われていますが、DYNAMOについて知識のない私がこれを読み解くのは結構難しく、また当時の米国の状況にも詳しくない上、それを知ったところで、今の日本と状況が一致するわけでもないので、エッセンスだけを読み取るよう努力しました。この本の定量データを一度定性データ化して、その上で必要があれば、(現在の状況に合わせて)またストック&フロー図などの定量データ化すれば良いわけです。

ちなみに現在のシステム思考で表される、因果ループ図が生まれたのは、1970年以降と言われていますので、もちろんこの「アーバン・ダイナミクス」に因果ループ図はありません。

システム・ダイナミクスによるシミュレーション結果

アーバン・ダイナミクスの結論として、当時福祉政策として行われていた、失業者や低所得者向けの住宅の建設、そして失業者に対する職業訓練などの雇用促進プログラムは、都市問題の解決に効果がないばかりか、逆効果であって、都市問題をますます悪化させる、と結論づけました。
これらの政策は、一見魅力的に見えます。しかしこれによって、ますます都市への流入者が増えます。都市の資源には限りがありますので、低所得者住宅が増えると、工場などの産業用地が減ることになります。
企業の新規参入が減り、産業が衰退すると、雇用される人数もへることになります。そこへ地方からの流入者が増えると、当然失業者の増加へ繋がります。
また産業のキャパが増えない中での雇用促進政策は、現在の労働者を企業から押し出すことに繋がり、雇用人数が増えた分新たな失業者を生み出すことになります。
そしてこれらの政策は税金投入によって賄われますので、法人税・所得税の税率アップは企業活動にとってマイナスとなり、ますます雇用人数は減ることになります。

フォレスターは逆にスラムなど低所得者向けの古い建物を取り壊し、思い切って商業・工業用地として作り変えることを提案しました。

いささか「弱者切り捨て」的な面も見られる提言ですし、当時の米国事情に留意する必要があると思います。米国で公民権法案が可決されたのが4年前の1964年。貧富の問題は人種問題もからみ米国の諸問題を複雑にしていました。そのシンボルとも言うべきマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺されたのは、この1968年です。

しかし、80年代以降、スラムの取り壊しなどが進み、当時よりは米国の大都市は安全になったともいえ、都市問題に関して言えばフォレスターの提言の効果があったと言えるでしょう。
何よりニューヨークを安全な街に作り変えた「割れ窓理論」に代表されるように、表面的な事象(犯罪者への対処など)だけにとらわれず、「都市問題をシステムとして考える」きっかけになったという点で、この本は大きな評価をうけていいのではないでしょうか?

アーバン・ダイナミクスを因果ループ図で表す

さて、そのフォレスターのシミュレーションを因果ループ図で表してみたのが、下図です
アーバンダイアミクス

フォレスターのシミュレーションにあった中高所得者用住宅は省きました。またこの本では「新規企業」とあるのを、現在の日本の特に地方都市の状況に合わせ、「工場誘致」と「起業」に分けて書いています。
最初は右側の自己強化ループ(R)が表すように、新規産業が労働者を雇用し、それが活況を呼んで、ますます産業が興るようになります。
しかし、企業が成熟をすぎると、活況がマイナスとなります。そうするとバランスループ(B)が働き、いくら福祉政策を施しても、逆に衰退の道を進むことになります。
また福祉政策は、ますます低所得者や無職者を都市に呼び込むため(左のRループ)、逆効果となるのです。

現在の日本の都市問題へのヒント

もちろん当時の米国と現在の日本とは状況が異なるので、このモデルをそのまま今の日本の都市問題に当てはめることはできません。
最大の違いは、少子高齢化、それに伴う人口減少のファクターです。

したがって、上記の因果ループ図の左側である福祉政策による人口流入は、東京中心部などごく一部を除いて当てはまらないでしょう。
しかし、右側に関しては、今の日本にも当てはまるといえます。

例えば、東日本大震災に襲われた東北沿岸部では、復興住宅の建設が進み、ようやく仮設住宅から移り住むことができるようになりました。
しかし、工業地域や商業地域など産業が復興しないことには、職がなく、街の外に出るしかありません。
かつては、工場の誘致が熱心に行われましたが、現在、地方に新たに工場を建てる企業は殆どないのが現状でしょう。

しかし、徳島の上勝町や三好町、隠岐の島の海士町など、若者の起業支援政策で成果を上げている地域もあります。
工場誘致や観光など昔と、あるいはよそと同じことをやっても効果はなく、イノベーティブな独自の取り組みが必要です。

「アーバン・ダイナミクス」でのフォレスターの提案は、街をスクラップ&ビルドすることでした。現在の日本の都市政策でも、建物こそ壊さないものの、しがらみや仕組みを一度壊す。ある意味もっとドラスティックでイノベーティブな方策しか生き残るすべはないのかもしれません。