デジタル分野の花形職業№1となったエンタープライズ・アーキテクト

昨年12月21日の日本経済新聞は、2022年の米国のデジタル分野の「花形職業」に「異変」が起きたことを報じていました。
 
 

22年人気職業ランキング(2022年12月21日日経新聞記事を基に作成)

 
 
19年までは最も人気のあった「データサイエンティスト」がランキングの3位となり、「エンタープライズ・アーキテクト(EA)」が初めて首位に浮上しました。
EAとは、日経新聞では「企業(エンタープライズ)の設計士」と記事タイトルにつけていますが、「各ビジネスの業務プロセスと突き合わせて、最適な仕組みを設計する」のがその業務内容です。

米国での求人数は1年前に比べ4割増え、年収(基本給)の中央値も約2000万円と1割上昇したそう。
米ガートナーは、「来年(23年)には60%の組織がEAを頼るようになる」と予測しています。
 
 

エンタープライズアーキテクトの業務内容(12月21日日経新聞記事を基に作成)

  
  
  
なぜ今、この「エンタープライズ・アーキテクト(EA)」に注目が集まっているのでしょうか?
これは世の中の複雑化が増す中で、企業の業務プロセスそしてそれをバックアップする情報システムも複雑化し、業務全体、システム全体を見ることが困難になってきたことがあります。プログラマー、システムエンジニア、データサイエンティストなどそれぞれの分野ごとに専門家を配置しても、個別最適はできますが、企業(エンタープライズ)全体の構造(アーキテクチャー)はどうか。

20世紀までのあまり環境が変わらない(全体のシステムが変わらない)状況ならば、それぞれの専門家の知見を持ち寄れば、積み上げ形式で全体を見ることができましたが、そのやり方ではVUCAの時代には対応できません。

「木も見て森も見」ないと、いつの間にか森の形が変わっていたり、森そのものが喪失しそうになっていたりしている、なんてことも頻繁に起きているのが今の世の中ですよね。

1987年、IBMのジョン・ザックマンが提唱したのが「エンタープライズ・アーキテクチャー」です。

ザックマンのアーキテクチャーフレームワーク(ザックマン・フレームワーク)は特に2000年代から世界で広がり、システムエンジニアリング標準団体のINCOSEの「システムズエンジニアリング標準(ISO/IEC/IEEE42010)」に繋がったり、複数のシステムが連動する自律システム「System of Systems(SoS)」の考え方の基礎となったりしています。

特にSoSでは、例えばIOTのビジネスやシステムを考えようというときなど、個別製品やチップ等自社の製品やビジネス範囲だけを考えてもおそらくうまくいきません。
「その先」まで含む全体像を描いた上で、ビジネスやシステムの設計を行う必要があるのは誰でも想像できると思います。

ここではザックマンのフレームワークの考え方を示すことで、エンタープライズ・アーキテクチャーとは何か述べたいと思います。

ザックマンのEAフレームワーク

企業のビジネスに関わる人の数はそれこそ膨大です。これを特定の人のためだけに考えてもうまく働きません。
今回のテーマとは異なる文脈ですが、企業運営も今までは株主利益至上主義で、株主のことだけを考えればよかったのが、最近は従業員や顧客、あるいは地域や環境等関わるステークホルダー(利害関係者)すべての利益を考慮する「ステークホルダー資本主義」が語られるようになっています。

企業全体のシステム構造(=エンタープライズ・アーキテクチャー)を考えるにあたっても同様です。
ザックマンが重視したのが、「パースペクティブ」という概念です。

パースペクティブとは建物設計に使う「透視図」のことです。3次元構造や内部の設計のため、上下左右など様々な角度から「透視して2次元(図面)構造に落とし込んだ」ものです。(パースという言い方をする場合が多いです。)

企業のシステム構造(アーキテクチャー)も同様で、様々なステークホルダーの視点から見たパースペクティブを考える必要があるとザックマンは考えました。
全体設計をするプランナーの視点、ビジネスオーナーの視点、システム構築を行うシステムデザイナーやプログラマー、そしてユーザーなどのステークホルダーの視点からのパースペクティブが必要です。

その上で、どのような構造(アーキテクチャー)にするべきかということに関して、いわゆる5W1H、What(何を創るのか)、How(どのように創るのか)、Where(どこに創るのか、どのようなネットワークにするのか)、Who(誰がかかわるのか)、When(どのように遷移するのか)、Why(目的はなにか)、これらの「質問事項」に答えつつパースペクティブを踏まえてアーキテクチャーを設計するフレームワークを考案しました。

下図がザックマン・フレームワークと言われる、エンタープライズ・アーキテクチャーフレームワークの骨子になります。

ザックマン・フレームワーク(The Zachman Framework For Enterprise Architecture:Primer for Enterprise Engineering and Manufacturing By John A.Zachman より引用)

EAフレームワークとビジネスモデルの関係

上述のように、エンタープライズ・アーキテクトはビジネスとシステム両方の視点(パースペクティブ)を持ち、常に全体を見ながらシステム設計を行います。

ただ、ビジネスのモデリングそのものに関して言うと、上記の日経新聞をもとにした記述では、「新しいビジネスモデルの設計」というような記述があるので、ビジネス戦略そのものについてもエンタープライズ・アーキテクトが関わると考える人もいるかも知れません。

これについて、ザックマンは「ビジネス戦略の開発と、最終的にはアーキテクチャーの表現に現れる情報システム戦略へのリンクは、追求すべき重要なテーマである。 しかし、それは、システムアーキテクチャーのフレームワークを定義するというこの作業の主題とはまったく無関係だ」と述べています。

エンタープライズ・アーキテクチャーはあくまでもシステム構築戦略の一貫であることは注意を要します。

エンタープライズ・アーキテクチャーを踏まえたビジネスモデル戦略

現在はザックマンがこのエンタープライズ・アーキテクチャーのフレームワークを開発した20~30年前より、さらに社会の複雑度、変化のスピードは速まっています。

ザックマンのいたIBMも、かつてはハードウェアを売ったりシステム構築を行う会社でしたが、今はAIやクラウドビジネスのほか企業戦略デザインなど多岐にわたる分野、さらに新たな分野へドメインを広げていて、「IBMはなんの会社なのか」一言では言えないビジネス構造(アーキテクチャー)ですよね。

このような時代、私たちは、従来のエンタープライズの外側の分野だった「ビジネスモデルのアーキテクチャー」も、同じコンテクストで考える必要があると考えています。

今までは「ビジネスモデル」というと、成功している会社を模倣したり、創業者や社長の「閃き」を形にしたりするのはそれほど難しくはありませんでした。

しかしビジネスというもの自体がこれほど複雑化し、さらに変化も激しくなると、システム構築の流れと同様、複雑なアーキテクチャーを記述できる仕組み(フレームワーク)が必要です。

そのうえ、これをエンタープライズ・アーキテクチャーとリンクする必要もあるわけです。(例えば「ビジネスモデルキャンバス」からエンタープライズ・アーキテクチャーにつなげるのはかなり困難でしょう。)

私達が開発したビジネスモデリングのフレームワークは、複雑な現代の状況に対応し、エンタープライズ・アーキテクチャーともリンクできる考え方を基に創られています。

詳しくは昨年(2021年)発表した「日本ビジネスモデル学会」の論文(ICONIXプロセスを活用したビジネスモデルデザイン)や下記セミナーの内容をご参照いただければと思います。

いずれにせよ、エンタープライズ・アーキテクト(アーキテクチャー)の概念が広がることは、とかく個別最適に収まりがちだった日本の会社やビジネスを変える絶好のきっかけになると考えます。
 
DXデザイン

ICONIX for Business Design


日本能率協会主催「DX時代に求められる「3つの思考法」入門セミナー」開催