この動画は、ジョン・マエダ氏の「TED動画」です。
マエダ氏はMITメディアラボでソフトウェアエンジニアリングを専攻したのち、筑波大学で芸術学の博士課程に進み、Road Island School of Design(RISD)で学長も務めるなど、この分野の第一人者として知られています。
マエダ氏は、名前からもわかるように、日系アメリカ人で、シアトルの豆腐屋の家庭で生まれました。子供のころから数学と美術が得意だったそうですが、あまり美術のことは家では評価されず、数学の実力を認められて、MITに進学したそうです。
神谷泰史氏(Copenhagen Institute of Interaction Design)によるアート思考に関する論文「アートの視点を取り入れた価値創出の可能性─ヤマハ(株)の新規事業開発の取組み事例から─」(日本情報処理学会)では、マエダ氏の「アートとデザインの違い」の定義が引用されています。
「Design is a solution to a problem. Art is a question to a problem.(John Maeda)」
つまりビジネスの上での「デザイン」の機能は課題解決であり、その対義語としての「アート」の機能は問題提起であるということになります。
神谷氏はこれは現代の状況にあった、適切なリフレーミング(行為→意味への視点の転換)だと述べています。
「意味を問う」ことがアートであるということです。
「アートはよくわからない」とはよく聞く言葉ですね。私自身もそう思ってきました。でもマエダ氏は「それは想定通りである」と述べています。「謎めいていてよくわからない」のはアートが効いていることである。なぜならアートは疑問(question)を提起しますが、その疑問には必ずしも答えはないのがアートだからです。
明確な答え(solution)を担うのが「デザイン」ということになります。
VUCA(Volatility(不安定)、Uncertainty(不確定)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から取った言葉)という言葉にもあるように、今日のような複雑で曖昧な社会では、明確に答えをだすことができない問いや疑問がたくさんあります。
そういう時大切なのは、方程式のように答えを出すばかりではなく、「何か良いよね」という概念だったりします。
マエダ氏は、良いモノとは「新しい雲」と「古い塵」の間にあるものだといいます。雲が雨を降らることで、塵や土の中から植物の新しい芽が出てくる。雲と塵を組み合わせることで、何かが起きます。これは今日のあらゆる面白いアートや面白いビジネスにそれを見ることができ、新旧をどう組み合わせて良いものを創るか、に面白さがあります。
アートから学ぶリーダーシップ
このような、アートについての考え即ちアート思考は、このVUCAな社会、そして組織においても重要な示唆を与えてくれます。
マエダ氏が言う通りアートは問いかけを行います。そして現代組織におけるリーダーも問いかけを行うスタイルです。
なぜなら、「正しい答え」がわからない以上、昔のような「権威主義」つまりTOPの言うことが絶対正しく、部下は上に従うのが正しい、という考え方はもはや通用しないからです。
構造的には、権威主義はピラミッド(ヒエラルキー)構造をしています。今日の多くのシステムは階層構造をしていますが、それは崩れつつあるといいます。
これからの組織は、ツリー構造の代わりにグラフ構造とならざるを得なくなってきます。
今後の組織形態は階層ではなくネットワーク構造ということになります。これはリーダーにとっては、今まで以上に組織が扱いにくくなるということでもあります。
リーダーシップについて、アーティストから何が学べるか?ということについて、マエダ氏は次のように述べています。
・通常のリーダーは間違いを避けようとする。しかしクリエイティブな人たちは、間違いから学ぼうとする。
・従来のリーダーは常に正しくあろうとするが、創造的なリーダーは、正しいなら儲けものと思っている。
・リーダーとして私たちがやっていることは、「ありそうになりことを結び付けて、何かが起こるのを望む」ということです。つまり「人をつなぎ合わせるリーダーシップ」が今日における大きな課題ということです。
アート思考型リーダーシップとは
VUCA時代に求められるリーダーシップとは、問いを提起することができるリーダーです。そして答えを部下そのものから求めるのではなく(リーダーがわからないのを部下個人がわかるわけがありません)、その組織そのものから形作っていく。
組織をオープンにして、外部との相互作用で生まれる「ゆらぎ」を増幅させていく「創発」のプロセス、つまり「自己組織化」で形作っていくしかありません。
例えば、下図における、あるグループと違うグループをどう結び付けるか。両方のネットワークにつながる人を見つけ育てる。
そういうインターディシプリンな組織を創っていくことがリーダーに求められます。
異なった要素が合わさり、それが新たな価値を創造する。
これは今までも述べてきているように、「アート思考」の重要なポイントであり、「自己組織化」のプロセスでもあります。
2016年、マエダ氏はRISD学長の職を辞し、ビジネスの世界に入って、Automaticのコンピューテーショナル・デザイン及びインクルージョン部門のヘッドとなりました。社名を聞いてピンとこない人でも、Wordpressを運営している会社といえばご存知の方も多いでしょう。Wordpressは世界最大のブログツールですが、実際の開発はオープンソースで、世界中のボランティアによって作られています。
Automaticという会社自身、完全自律分散型の会社で、マエダ氏の入社後はとうとう、本社オフィスを閉鎖して、完全リモートワークの会社となりました。
参考記事
WordPressの運営会社が本社オフィスを閉鎖 —— リモートワークに完全移行
やつづかえりさんによるAutomatic唯一の日本人スタッフのインタビュー記事
WordPress.comに携わる唯一の日本人女性、高野直子のワークスタイルとは?
マエダ氏とAutomatic(Wordpress)との関係は、アート思考を基としたリーダーシップと自己組織化経営の親和性が窺えるトピックと言えるかもしれません。