フランスで生まれた「アート思考ワークショップ」
アート思考のアカデミックの分野での第一人者であり、「アート思考ワークショップ」を開発した人が、フランスの名門(グランゼコール)ビジネススクールである、École Supérieure de Commerce de Paris(ESCP)のSylvain Bureau准教授です。
事業開発やイノベーション手法として、スタンフォード大学のd.schoolを一つの拠点とする「デザイン思考」がシリコンバレーを中心に浸透していることはご存知の通りです。
シリコンバレーでは、事業開発の際に、「市場があるか?」が問われ、さらに「その市場に対して、どうやって良いプロダクトやサービスを提供するか?」が問われる。
ここでは、d.schoolやIDEOの「人間中心デザイン」と言われる「デザイン思考」がどんぴしゃでした。
しかし実際にデザイン思考の授業を通じ、社会課題解決につながる良い方法が生まれたとしても、「それを自分が手掛けたいか?」というところで、学生は多くはNOで、実際の起業や事業化にはあまりつながっていない状態だったと言います。
Bureau准教授は、「私はこういうことをしたい」「世の中をこうしたい」という視点、つまり「アーティスト」が作品を創るような「内面からの想い」「情熱」を起点とする「アート思考」の体系を考案しました。
この体系が下図に示した、「貢献」「逸脱」「破壊」「漂流」「対話」「出展」のプロセスです。デザイン思考と比較した図もさらに示しました。
(C)HUFFPOSTJAPAN
アート思考ワークショップの手法
ここから、Bureau准教授の示したプロセスを基に、さらに私が研究している「創発・自己組織化のプロセス」を加味して、独自のワークショップを設計しました。
Bureau准教授は、アート思考は、あくまで「問い」について考えるものであり、具体的な事業アイデア(課題解決手段)は「デザイン思考」の領域であるとしています。したがってワークショップの完成物としては「風刺」「実際には起こりそうにない(Improbable)もの」などの「アート作品」としています。以前記した「スペキュラティブ・デザイン」の作品、例えば長谷川愛さんの「イルカを出産する女性」やスプツニ子!さんの「生理マシーン」などはまさにここにあたります。
本格的に「アート思考」を追求するとこのような「スペキュラティブなアート作品」を創造する形にすべきかもしれませんが、もう少しハードルを下げて、ビジネスパースンも参加しやすい形の「アート思考を活用してイノベーティブなビジネスの設計をする」というコンセプトで開発したのが、私たちの設計した「ビジネスイノベーションのためのアート思考ワークショップ」。
いわば、事業やビジネスをアートとみなして創造するというワークショップです。
ここでは先日1月22日に開催したワークショップを振り返りながら手法を記してみます。
1.貢献「自分へのメリットを考えずに、チームに加わり、共有し貢献する」
まず数名ごとにグループを作ります。「デザイン思考ワークショップ」では、まず最初に課題解決すべきテーマが与えられますが、「アート思考ワークショップ」では、自分たちがやりたいこと自ら探すところから始めなければいけません。
そのために、このワークショップではまず各々の「取り組みたい課題」や「かなえたい未来」をシェアします。具体的には2人組のペアとなってそれぞれの過去、現在、未来をインタビューしあい、それをグループで共有します。
2.逸脱「コンテクストAからアイデア等を盗み取り、コンセプトBに当てはめる」
Bureau准教授の手法ですと、既存の製品や商品を全く違う用途に使ってアート作品を作ってみるといったことが行われます。
「逸脱」の事例としてよく挙げられるのが、1917年にマルセル・デュシャンが発表した「泉」という作品で、男性の小便器を横にして置いただけ(?)のもの。本来トイレに設置するための製品が「逸脱」して、美術品として生まれ変わりました。
ビジネスや事業開発のためのワークショップとしては、1で発表したそれぞれの未来をくっつけてみる、他の人からアイデアをもらう、といった作業をします。
1で共有したそれぞれの未来を、くっつけたり外したりして、グループを共通の会社やプロジェクトとみなして、ビジネスプランを考えます。
当然、無理やり感あふれる奇想天外なビジネスが生まれたりしますが、この段階ではそういうプロセス、逸脱やゆらぎが発生するプロセスを楽しんでもらいます。
(C)ARTPEDIA
3.破壊「現状や実際の作品にチャレンジする。(破壊と自己破壊)」
2のプロセスでまとめた作品や事業アイデアなどを、もう一度バラバラにする、破壊する。
具体的には、もう一度、それぞれがやりたいことを各自でもう一度設計しなおします。一度できたグループを破壊するというプロセスです。
複雑系理論では、創発は「カオスの縁」からしか生まれません。あえて「カオスに近い状態」を創る。これがこの3つめの破壊のプロセスです。
4.漂流「作品の方向がわからずともプロジェクトを進め、新たなパートナーを見つける」
3の状態である「カオスの縁」から新たな創発が生まれる。その過程を模したのがこの「漂流」です。
3のプロセスで各自が持つ作品や事業アイデアを基にグループを組み立てなおすのです。ここでは「マグネットテーブル」(各自紙に自分のやりたいことを書いて掲げ、共感した人が集まってグループを創る)で方向性が同じだったり、共感しあったりする人たちとグループを再構築します。
5.対話「自分たちの作品について学び理解し、変えるために話し合う」
グループ内で相談しながら、事業アイデアを創るプロセスです。デザイン思考でいう「プロトタイピングの作成」と同じ作業になります。
事業プランを形にしたり、スキットにしたり、芸術作品のようにしたり、グループで知恵を出し合います。
このワークショップでは、「新しいビジネスが広まって出現する未来」を絵などのカタチにしてもらいました。
6.出展「レセプションにて、観客に向けて作品を展示する」
実際に事業内容、つまり5のプロトタイピングを発表します。他のグループの人はそれを見て、評価したりフィードバックを行ったりします。
アート思考ワークショップ参加者の声
「あらためて自分がやりたいことがデザインできた。想いや夢ベースで人とつながれたのもよかった。」
「無理やりアイデアをかたちにする。そういうことから新しいものが生まれるのが面白かった。」
「破壊のフェーズから、多くの気づきを得ることができた。0から1を生み出したいと思った。」
「創発、自己組織化、イノベーションがとても分かりやすく理解できる。」
「夢や目標が実現した状態を実感することができて凄く良かった。」
日本能率協会主催「生成AI時代のアート思考入門セミナー」