なぜロジカル・シンキングはうまくいかないのか
コンサルティングに必要な能力は、ロジカル・シンキング(論理思考)であると長い間考えられてきました。
ロジカル・シンキングとは何かというと、対象を分解してその要素によってどのようにその対象(本体)が築かれているのかを知る思考(能力)です。
CはAとBから構成されている。つまりAとBを正しく結合させればCになる。という具合。
よく誤解されていることですが、ロジカル・シンキングという言葉に、学問的な意味合いはありません。またいかにも「欧米人の思考」かのように思われていますが、実際の英語圏ではほとんど使われていない用語です。
なぜなら、前述の定義を式にしてみると、「C=A+BよってA+B=Cである」と言っているのにすぎず、同義反復な言葉だからです。
ロジカル(論理)とは、上記のように要素を矛盾なく積み上げる(要は計算する)ことを意味しますが、シンキング(思考)というのは計算機(コンピュータ)にはできない、人間だけにできる論理の飛躍を意味します。つまりロジカルとシンキングは相いれない、矛盾する言葉です。
ロジカル・シンキングという言葉が日本において流行したのは、マッキンゼー出身の元コンサルントによって、マッキンゼーで使用されているという、MECEやロジックツリーなどのフレームワークが「ロジカル・シンキング」として紹介され、それが様々な「ビジネス書」に記載されてビジネスパースンのあいだで広がったという経緯があります。
彼らコンサルタントは企業からコンサルティングの依頼を受けると、チームを結成して、依頼企業の業務やタスクをひとつひとつ調べ上げます。そして「どこに問題があるか」をレポートします。
例えば「Cという業務は、AとBのタスクからなる、しかしAのタスクに不具合が見つかった。したがってAを梃子入れすれば、Cの業務は改善するだろう」といった具合です。
しかしながら、このようにロジカル・シンキングによって、「企業の病巣」がわかったところで、それが実際の改善につながることはほとんどありませんでした。
上記の「ロジカル・シンキング」の本が出版されたのが2001年ですが、それ以降、大手コンサルタントのクライアントであり、日本経済の強さの象徴だった大手電機会社が軒並み凋落し、そもそものコンサルタント会社自体、当時世界一のアーサー・アンダーセンや日本の4大監査法人の一角を占めた中央青山監査法人などが「解散」に追い込まれているのが現実の姿です。
原因は意外なところに
ロジカル・シンキング自体は、例えば文章やプレゼンなどを矛盾なく組み立てる、といった時には必須のものです。(だからコンサルタントはプレゼンが抜群にうまい(笑))しかしロジカル・シンキングができることと実際の課題解決能力とは全く別であるということも知る必要があります。
なぜなら、課題のある場所と、それを解決するところは、必ずしも同一ではないからです。
あるところに、ずっと片頭痛に悩まされている男がいました。頭の左側にずっと痛みが続いていて、様々な頭痛薬を試してみましたが、まったく症状がよくなることはありませんでした。
いくつかの病院で診断を受けましたが、どの医者も「原因がわかりません」というばかり。
いよいよ症状が悪化し、治療の手段もなく、男は「もうすぐ自分は死ぬのだ」と覚悟を決めました。
最後に贅沢をしようと、まず一流のテーラーに行ってスーツを新丁することにしました。
ワイシャツもオーダーメードでつくるために採寸してもらうと、テーラーが言いました。
「お客様は、右腕と左腕で少し長さが違いますね。袖の長さを少し変えましょう」
「いいや、そんなことを言われたことはない。今までもずっと普通の服を着てきたんだ」と男は自分が着ていたワイシャツを指さしました。
するとテーラーが言いました。
「しかしお客様、そのようなワイシャツをずっと着ていると、首が絞めつけられて、頭の左側が痛くなってくると思うのですが・・・」
このように、原因と症状がまったく違うというのは珍しいことではありません。
人間の体内の話もそうですが、複雑さを増す社会やビジネスの世界では特にその傾向があります。
現代の複雑な社会環境をVUCA( Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ))と呼ぶことをご存知の方も多いと思いますが、VUCAとは要するに、単純に物事を分解してもわからず、要素同士がそれぞれつながっているため、ロジカルツリーではわからない世界。という意味になります。
だから解決策として、ある施策を行ったら、まったく別の結果となったということが起こるのです。
システム思考ができる人はほとんどいない? だからこそチャンスの時代
このような時代にコンサルタントが果たせる役割は、このようなVUCAな社会、会社で言えばその社内外の構造を「可視化」してあげることです。
そのために必要なのが「システム思考(システムシンキング)」であり、その手法の一つが因果ループ図です。
因果ループ図を描くことで、複雑な社会構造をわかりやすくクライアントに提案し、解決に繋げることが可能になります。
中でも有名な事例が、ニューヨークの犯罪をたった数年で四分の一にまで減らした「われ窓理論」でしょう。
「割れた窓をなおす(街をきれいにする)」というたったそれだけのことが、犯罪都市ニューヨークを米国の中でも屈指な安全な街に作り変えました。
システム思考の「われ窓理論」についての詳細はこちら
これはたった二つのループ図だけで説明できてしまうというある意味「単純な」事例です。
しかしこの単純なことが、多くの人、なかでも教養があるはずの社会のリーダーの間でもほとんどできる人がいないのが現状です。
その代表的な人が「トランプ大統領」ではないでしょうか?
「米国経済を強くする」のが彼の公約で、その実行に邁進しているのですが、最近の株価をみてもどう考えても、逆効果に働いています。
米国経済特にラストベルトの衰退を分析して「米国経済は中国からの輸入製品で窮地に立っている」「輸入はGDPのマイナス項目である」のが原因なのはその通りなのですが、ではロジカル・シンキング的な解決策として「中国からの輸入制限で貿易赤字を減らす」という施策が有効かというと、実はこれが逆効果ですが、トランプ政権はそのことがわかっていません。(わかっている人は政権からどんどん追い出されていきました)
おそらく中国の「報復関税」くらいは計算に入れていて、「これはディールだ」と中国との我慢比べに勝てばそのあとは、米国経済はかつてのように一人勝ちになると考えているのでしょうが、実は「報復関税」は、要素の一部にすぎず、たくさんの自己強化ループによって、ますます米国産業は悪化する恐れがあることを、株価は示しているのです。
(そのあたりのことは、トランプはわかっていて「中国が音を上げるまでの我慢比べをしている」という向きもあるかと思います。
経済の底力という面ではまだまだ米国のほうが上ですので、お互いが「肉を切らせて骨を断つ」長期戦に持ち込めば、「米国が勝つ」かもしれません。
しかし長期戦では圧倒的に中国が有利です。トランプは最長でもあと5年しか大統領でいられません。今年から来年にかけて米国経済が悪化すれば再選もおぼつかないでしょうから、来年秋までには結果を出して株価を上げなければならないという枷があります。
中国の習近平は実質「終身国家主席」です。一党独裁主義体制で、経済悪化による国民の不満に対する耐性は中国に分があります。)
・中国製品の輸入制限についてのトランプ大統領の考え
・中国製品の輸入制限政策の実際の結果
「世界で一番影響力がある政策責任者」がこのような状態ですから、多くの経営に携わる人(もちろんコンサルタントも含む)が「システム思考」ができないのも無理はないのかもしれません。
逆に言えば、もしあなたが、「システム思考」を身に着ければ、コンサルタントやソリューション営業、あるいは経営者として、他にない力を身に着けることになります。
ある意味チャンスの時代、と言えるのかもしれません。
関連記事
システム思考とは
ループ図 (因果ループ図 Causal Loop Diagram)
コンサルティングに必要なデザイン思考
コンサルタントや営業担当のための課題解決手法