デザイン思考の歴史を振り返る

6月21日に日本能率協会(JMA)さんで、「デザイン思考入門セミナー」を開催します。
JMAでは、昨年から「アート思考セミナー」「DXのための3つの思考法(アート思考・デザイン思考・システム思考)セミナー」を開催していますが、今年から「デザイン思考」もラインナップに加わることになりました。

セミナーは、講義とワークショップの2本立てになります。
講義編では「デザイン思考」について、一通りの知識を共有します。
デザインやデザイン思考の定義、そしてイノベーションや「創発」について、その原理や、なぜデザイン思考が有効なのかなど話をする予定です。

今までもそうでしたが、「デザイン思考とはなにか」について話すとき、大雑把にですがその歴史について触れることが多いです。デザイン思考に限りませんが、思考法の体系や概要を理解するにはその歴史を振り返ることが、本質に近づく為の有効なアプローチの一つだと考えています。

例えばAさんについて知るには、そのAさんが今までどんなふうに生きてきたか知ることが不可欠だったり、「日本人」を語るのにもやはり歴史を知るのが不可欠なのと同じではないかと思います。

そういう視点から「デザイン思考」を見てみると、例えば数多くある「デザイン思考」について書かれた書籍でも、その歴史について書かれているのは少ないように感じます。

もちろん「IDEO」や「d.school」は殆どの本に登場しています。特に日本でデザイン思考が拡まったきっかけが、IDEOのティム・ブラウンが書いた「デザイン思考が世界を変える」なので、「デザイン思考=IDEO」というイメージがありますが、IDEOが知られる前から、デザイン思考も様々な歴史の積み重ねがあります。

ここでは、その一端に触れることで、デザイン思考理解の一助にしていただきたいと思います。

デザイン思考の起源

「デザイン」の概念は産業革命に伴って生まれたと言われています。産業革命によって製品の大量生産が可能となり、その製品の形をどのようにするか。機能をどうするか等のデザインの手法が工夫されるようになりました。

19世紀末には、工業化によって、効率重視の画一的な製品が、安く大量に造られるようになりました。イギリスの市場では産業革命の結果として大量生産による安価な、しかし粗悪な商品があふれていました。その「代償」で、かつての職人は「労働者」になり、労働の喜びや手仕事の美しさも失われていきます。

こうした状況を批判したのが、英国の建築デザイナーであり、また文筆家や思想家の顔も持ったウイリアム・モリスです。
モリスは手作業の復権や生活の中にアートやデザインを取り入れることを主張し、彼が中心になったデザイン運動は、アーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ、日本の民藝運動など世界中に影響を与えました。

(モリスを中心とした「デザイン思考の源流」の人たちについては「「仕事」とは「経済」ではなく「芸術(アート)」である」の記事で解説していますので、併せてご参照ください。)
 
 

モリスのレッドハウス(住居兼工房)

   
 
20世紀に入ってドイツに設立された芸術学校のバウハウスは、アーツ・アンド・クラフツ運動の影響も受けつつ、当時の最先端テクノロジーを芸術やデザインと融合させるなど、今日の様々なデザインに通じる手法を開発していきました。
バウハウスの教員を務めたオスカー・シュレンマーは「人間」という授業を持ち、この授業は人体の構造や動き、そして思想や感情を分析する。今日の「人間中心デザイン(Human Centered Design)」を包含するものと言えます。
 

バウハウスってなあに?(インゴルフ・ケルン, バウハウス・デッサウ財団)

 
 
第二次世界大戦後の経済発展で様々な製品やサービスが造られていく中で、デザインの役割も大きくなり、また様々な手法も開発されていきました。

1962年にはロンドンで「第一回デザイン手法会議」が開催されています。

そして1965年に発刊されたブルース・アーチャーの「Systematic Method for Designers」の中で、初めて「Design Thinking」という言葉が使われたと言われています。

アーチャーはこの本のタイトル通り、デザインは「科学的、体系的な方法論に基づいた専門領域である」と主張しました。
60年代には他にも、「オズボーンのチェックリスト」や「ブレインストーミング」を開発したアレックス・オズボーンや、「The Sciences of the Artificial(邦題:システムの科学)」を著し、後にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンなどが、「科学に基づく方法論」としてのデザインを論じました。

日本において、川喜田二郎がKJ法を発表したのも同じ頃です。産業の発展とともに課題解決法としてのデザイン思考の方法論が、この時代に数多く生まれました。

厄介な問題(Wicked Problems)とデザイン思考

1960年代の産業の発展とテクノロジーの進歩が、あらゆる問題を解決するという風潮の影で、公害など環境問題や格差の問題なども広がっていきました。

1972年ローマクラブが「成長の限界」を発表し、ストックホルムで初の国際環境である「国連人間環境会議」が開催されました。
翌73年、ホースト・リッテルは、「Dilemmas in a General Theory of Planning」の論文で、デザインやプランニングが扱う「厄介な問題(Wicked Problems)」は、(要素還元主義に基づく)科学的アプローチでは解くことができないことを示しました。

科学的アプローチとは、問題を適切に分解(要素還元)し、問題点を探ること。例えばある会社の売上が下がったという問題がある場合、どの製品が売れなかったのか、どのプロセスが悪かったのかを調べ、その部分に対処する。というアプローチです。
MICEや「なぜなぜ分析」など論理思考(ロジカルシンキング)のアプローチと言い換えることもできますね。

しかし、まさに上記の「環境問題」「格差問題」がそうですし、(おそらく今、皆さん自身が直面している)仕事や家族、人間関係の問題の多くは、このような「単純な」方法では解決に導くことができません。

そしてリチャード・ブキャナンは「Wicked Problems in Design Thinking(1992)」で、デザインは要素還元的なアプローチではなく、分野や領域を超えた全体論的なアプローチが必要と述べました。

21世紀にかけ、予測不能でVUCAの時代と言われる中、「A=B、B=CゆえにA=Cである」というような論理的アプローチだけでなく、飛躍や跳躍といった、いわゆる「イノベーティブな」アプローチがデザイナーに期待されるようになったのです。

今日のデザイン思考のアプローチ

今日、デザイン思考のアプローチや手法には様々なものがありますが、よく知られたものに、
IDEOの「5つのプロセス」のフレームワークや、Design Councilのダブルダイアモンドなどが知られています。
 

  
  
IDEOのフレームワークは、プロセスを「共感」「定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」のプロセスに分解して、ワークを進めていくもので、デザイン思考の中でも最もよく知られたフレームワークの一つです。

とても有効なアプローチの1つだと私も考えますが、私たちはこのような「手法」を前にすると、還元主義アプローチ、つまり「手法を正しく適用すれば良い結果が得られる」と思いがちです。
リッテルやブキャナンが指摘したように、手順を正しく踏んでも「厄介な問題」は解くことはできません。

Design Councilの打ち出した「ダブルダイアモンド」は、その厄介な問題をどのように課題に落とし込むか、その課題からどのように解決策を導き出すか、それぞれ思考を「発散」「収束」させることで、飛躍や跳躍、即ち「イノベーティブな思考」を行いやすくすることを目指しています。

21日の「デザイン思考セミナー」では、この2つのフレームワークを元にしながら、「デザイン思考」「イノベーション」「厄介な問題の解決手法」に取り組む1日となる予定です。


日本能率協会主催「デザイン思考セミナー」開催