イノベーションとアート思考

ブレークスルー・イノベーションのためのアート思考

今のビジネスシーンにおいて、「イノベーション」の必要性を今更述べるまでもないですよね。

イノベーションについては、クリステンセンの「持続的イノベーション」「破壊的イノベーション」などいろいろな分類法があります。
既存の製品やサービスの改善や改良のための改善型イノベーション、そしてブレークスルー型のイノベーションという分け方もあります。

この「ブレークスルー型イノベーション」に有効と言われているのが、アート思考です。

ダブリンシティ大学のピーター・ロビンスは、アート思考について「Art Thinking spends much more time in the problem space: it is not customer-centred; it is breakthrough-oriented. 」(アート思考はすぐに顧客の解決手段に向かう「顧客中心志向」ではなく、「課題空間」により長く留まって革新を行う「ブレークスルー志向」である。)と論文で述べています。

ここでいう「customer-centred(顧客中心)」とは、デザイン思考の「人間中心デザイン」のことです。デザイン思考もイノベーションのために必要な思考法問われていますが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか。

アート思考とデザイン思考

アート思考とデザイン思考の違いについては、「アート思考とデザイン思考の違いとは?」の中で詳しく書いています。両者の違いは、「アーティスト」と「デザイナー」の違いと表せるように、その「視点」の違いが最も根本にあります。

デザイン思考は「顧客の視点」ですので、顧客が望むこと、その欲求や要望などを取り込みます。表面的な要望だけでなく、顧客自身も気づいていない深い欲求にいかに気づくかという視点が大事です。

一方のアート思考は「自分視点」です。自身の内面の欲求、本当にやりたいこと、自分の生き方など自分自身を掘り下げ、作品(製品やサービス)を創っていくものです。そうやって創ったものに、顧客や社会から「共感」してもらう。これがアートの視点です。

このように両者の本質を考えると、それぞれの特徴、そして欠点も見えてきます。

デザイン思考は、顧客の欲求や要望を取り込みやすい反面、なかなか深いところまで立ち入るのは容易ではありません。

ヘンリー・フォードの有名な言葉に「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬車が欲しい』と答えていただろう。」というのがありますね。

このようなケースでデザイン思考を援用すると、「馬車がもっと速く走る為にはどうすればよいか」となりがちです。「品種改良で速く走る馬を育てる」とか「馬車を軽くする工夫をする」といったアイデアがでるのではないでしょうか。
いくら顧客の思いを深いところまで観察しても、「車という内燃機関を利用する」というアイデアはなかなか出て来ないと思います。

アート思考では、自分の内面を掘り下げたり、その問題自身を掘り下げます。
実現可能性とか顧客の要望とかをいったん横において、SF作家が空想するように、「馬よりももっと速い乗り物を創りたい」といった「こんなものを創りたい」「こんな世界を創りたい」といった、自分の内面から出る欲求がその源にあります。

だから「ブレークスルー」に繋がりやすい反面、創ったものがまったく世の中に受け入れられない、ということも珍しくありません。

例えばポスト印象派の大家であるゴッホのように、生きているときは全く評価されず、死後になってから高い評価を受けるということもありますし、生前も死後もまったく埋もれたままというケースも多いでしょう。

満を持して「やりたいことを詰め込んだ」作品、あるいは製品やサービスが、世の中に全然受け入れられなかったというケースは、実際少なくないのではないでしょうか。

これらの問題は、アート思考、デザイン思考を両方学んだらうまくいくとか、そんな単純な話ではないのはもちろんです。

自分の内面を掘り下げ、問題を掘り下げて「ブレークスルー型イノベーション」を行った上で、世の中に受け入れられる製品やサービスにする。

そのためには、どのようにすればいいのでしょうか?

アート思考を起点にする「イノベーション」

私自身が、この考えに対する1つの解答に至ったのは、アート思考を研究し始めて約1年後です。
そして、2019年にAOSEC(Asia-Oceania Systems Engineering Conference)という国際学会で発表しました。

アート思考論文
 
  
学会で発表したこの論文は、アート思考で生まれる直感と創造性を、どうすれば顧客(ステークホルダー)のニーズと結びつけることができるのか、という課題について書いたものです。

この課題は、社会分野で古くから問われている「ホッブス問題」と通じるところがあると思ったのが、この論文を書くきっかけとなりました。

ホッブス問題というのは、各人がそれぞれ自分のやりたいことを追求していったら、それぞれの利害が衝突し、「万人の万人による闘争」が繰り広げられてしまう、という問題です。

ホッブスはその解決には、「権力」が必要であるとし、当時のイギリスの絶対王政(独裁者による政治)を肯定しました。
その後20世紀に入り、パーソンズによるシステム(制度)による統制(AGILパラダイム)の考えを経て、ニコラス・ルーマンは「オートポイエーシス」という生命理論を社会学へ援用し、新たな「社会システム論」を確立しました。

ルーマンの社会システムは、自律システム、自己組織化システムに基づくもので、都市の発展やシリコンバレーのような最先端地域の形成と発展などにその姿を見ることができます。

論文では、このルーマンの理論に基づいた「アート思考のフレームワーク」を提唱しました。お陰様で学会の査読審査を通過し、上述したように、2019年秋、インドのバンガロールで開催された国際学会で発表する形となりました。

AOSEC国際学会

アート思考とデザイン思考を結ぶ社会システムの考え

詳しいフレームワークの説明は、論文を御覧いただきたいと思いますが、自分の想いやアイデアを世の中に受け入れてもらうためには、単純にアート思考とデザイン思考を学べばよいと言うわけではなく、「社会システム」への理解も必要です。

したがって、アート思考やデザイン思考を単独に、あるいはそれぞれを学ぶだけでは不十分な面もあって、それを(社会)システムとしてどのように結びつけていくかという「社会視点」が必要であるとの結論に至りました。
そこで、アート思考、デザイン思考に加え、システム思考という3つの思考法を、有機的につなげていく方法論の研究を始めたのです。

アート思考/デザイン思考/システム思考
 
 
上記の学会後も研究と実践を続けていますが、実践方法として昨年(2021年)、日本ビジネスモデル学会で「ワークショップ」にまで落とし込める手法を開発し、今、日本能率協会さんと、定期的にセミナーを開催したり、個別に企業や自治体などでワークショップやコンサルティングを行っています。


日本能率協会主催「DX時代に求められる「3つの思考法」入門セミナー」開催