アート思考の本
    

アート思考とは「アーティストのように独創的なものを生み出す」イノベーションや創発のための思考法

アート思考が注目されています。

2019年以降、表題や副題に「アート思考(アートシンキング)」という言葉が入ったビジネス書籍は20冊近くになり、「アートとビジネス」に関する本全体ではこの何倍にも達します。

日本で最初に書かれたアート思考の本は、秋元雄史さんの「アートシンキング」と若宮和男さんの「ハウ・トゥ アート・シンキング」ですが、若宮さんの本には、当時当社のWEBページで書かれた、アート思考についての定義を引用していただいています。
     
ハウ・トゥ アート・シンキング

「ハウ・トゥ アート・シンキング」若宮和男(2019)より

 
アート思考とは「アーティストのように独創的なものを生み出す」イノベーションや創発のための思考法。
「何が課題なのか」「自分は何をしたいのか」から発して、今までなかったものを創造するための思考法がアート思考です。

今年4月に入ってからの日本経済新聞をお読みになった方はお気づきのように、「社長(経営者)が自らの夢を語る」ことが重要と繰り返し特集しています。

デフレ時代、「効率化の経営」が社員そして社会を萎縮させ、日本からは何も新しいものが生み出せなくなっていました。
ようやく薄日が差してきた今こそ、かつての日本のように、明日を、未来を語る経営者がでないと、本当に日本は終わってしまう。

紙面からはそんな叫びが聞こえてきそうです。

弊社のブログでも2018年以降、アート思考について数多くの記事を書いてきました。
ここで改めて、アート思考の定義、意義、そしてビジネスにおけるその効果や役割について記してみたいと思います。
 
 

アート思考の定義とは

アート思考についていち早く学術発表を行ったのが、延岡健太郎大阪大学教授です。
2016年の国際学会において、アート思考とは「Expression of creators’ ideas,emotions,beliefs and philosophy」(創造者の考えや情熱、信念そして哲学の表現)であると発表しました。

この定義について理解するには、デザイン思考との対比でみるとわかりやすいと思います。
デザイン思考は「人間中心デザイン(Human Centered Design)」と言われますが、「製品ではなく、それを使う人間」、つまり顧客を中心に考え、その要求に応えるのがデザイン思考の目的です。

ダブリン大学のPeter Robbins教授も、2018年の論文で「Art Thinking spends much more time in the problem space: it is not customer-centred; it is breakthrough-oriented.(アート思考は問題空間により多く留まり、顧客中心ではなく、跳躍(ブレークスルー)指向である。)」と述べています。

「customer-centred」と「breakthrough-oriented」でよく知られた事例が、ヘンリー・フォードの言葉「もし顧客に、彼らの望むものを聞いたら、『もっと速い馬が欲しい』と答えるだろう。」ですね。

またスティーブ・ジョブズも、「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」という言葉を残しています。

T型フォードと馬車
  
    
日本の携帯会社は、消費者の声を聞き、彼らの欲しい機能を製品に盛り込み続けました。その結果どのメーカーも同じような形状でほとんど違いがわからないものになりました。

その中で、iPhoneという、当時の消費者調査からはまず生まれない製品が、世界中の人の心を掴んだのです。

Appleの社内研修や教育で「アートの授業」が重視されているのは有名ですが、顧客の要求に応えるためのデザインではなく、アーティストのように自らの「想い」を発信し、それに対し顧客からの共感が集まるデザイン。それがApple製品に熱狂的なファンが集まる秘訣でした。

反対に消費者の声を聞きながら製造し、一時は「世界のモバイル産業を牽引している」とまで言われた日本製の携帯電話は、iPhone登場後わずか数年でほとんど姿を消しました。それによって日本が失ったマーケットは数兆円にも昇ると言われています。
 
 

アート思考はいつから始まったのか

アート思考というのはここ数年のブームであると考えている人も多いと思います。

しかし、その源流は150年前の英国にたどることができます。
ご存じのように産業革命は英国で始まりました。大量生産のためには、製品の規格を定めなければならず、そこで「製品デザイン」の考えが生まれました。

そしてそれまで自分の感性に従って、自分の手で製品を創ってきた「職人」は、「労働者」になって、流れ作業に従い、決められた作業をこなす作業員となります。

当然そこには「働く喜び」など微塵もありませんでした。

イギリス社会全体でも、低賃金、長時間労働などの劣悪な労働環境や児童労働などが社会問題化し、資本主義の限界が叫ばれ、マルクスらの社会主義への同調の声も上がっていました。

そういう中で、英国のデザイナーであり思想家のウイリアム・モリスは、職人仕事や手工業の復活を訴えます。

モリスは自宅で「モリス商会」を設立し、今も多くの人を魅了する壁紙を始めとする美しい内装備品、ステンドグラス製品などを送り出します。
モリスのこの運動は、「アーツ&クラフツ運動」として、ヨーロッパそして日本をはじめとする世界に広がりました。
    
Art is man’s expression of his joy in labour

ウィリアム・モリスの代表作:内装用ファブリック《いちご泥棒》1883年
(https://www.william-morris.jp/)

   

日本では、柳宗悦が「民藝運動」を起こし、また童話作家、詩人として知られる宮沢賢治も農業と芸術の融合を目指した「羅須知人協会」を岩手で設立しました。

このモリスの言葉が、
「Art is man’s expression of his joy in labour.(アートとは、働くことの中にある喜びの表現である。)」
で、これこそが「アート思考が目指す姿」ではないでしょうか?

また、上述のようにモリスに影響を受けた宮沢賢治も「農民芸術の興隆」の中で、
「芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ」と書いています。
  
宮沢賢治 農民芸術
   
   

アート思考とウェルビーイング

19世紀末の英国は、資本主義経済の矛盾が露わになり、またドイツや米国などの新興国に追い上げられ、様々な面で行き詰まりを見せていました。

このあたりはGDP世界2位だった日本が、中国やドイツに追い抜かれ、「ブラック企業問題」など「会社」や「仕事」に関する様々な問題が噴出している日本の姿に通じるところがないでしょうか?

モリスや宮沢賢治の言葉は、今に生きる私たちに問うている言葉であり、「働く」ことと「ウェルビーイング」の融合、「私たちがどう生きて、何を生み出し残すのか」ということを考え続ける。

これこそが「アート思考」の真髄(神髄・心髄)ではないかと思います。