生成AI(Midjourney)にて製作
ChatGPTの普及で、人間に必要とされる能力とは
今月(2023年8月)7日、経済産業省はIPA(独立行政法人情報処理推進機構)と共に「デジタルスキル標準」の改定を発表しました。
「デジタルスキル標準」はデジタルトランスフォーメーション(DX)を念頭に、経営者や従業員が身につけるべき知識や技術、具体的にはAIやデータ分析、セキュリティー管理などを対象に同年12月にver.1.0が取りまとめられましたが、今年に入ってからのChatGPTを始めとする生成AIの爆発的なブームがあって、この8月の改訂版に「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方」の指針が加わりました。
指針では「生成AIの登場で仕事の進め方に変革が求められ、その中で物事を批判的に考察する力がこれまで以上に重視される」と言及されています。また的確な指示を出してAIから適切な回答を引き出すために、日本語も含めた対話力や言語化の能力を磨くことが求められています。
生成AIの普及によって単純な事務作業が削減される一方で、「人間にしかできない創造性の高い役割が増えていく」とし、顧客ニーズに沿ったサービスの設計力や起業家精神の重要性が増すことが指摘されています。
おそらく、これから1、2年の間に、今、職場でWordやExcelなどが使われているような感覚で、生成AIが組み込まれた社内システムで仕事をすることが普通になっていくでしょう。ビジネスパースンはそのシステムを使いこなすことがまず求められますが、併せて創造性、批判的能力、対話力や言語力がビジネスパースン自身に求められるというのが、今回の「指針」で指摘されていることです。
そして我々に必要な「マインドスタンス」では「問いを立てる力」「仮説をたてる・検証する」ことが大事で、これと組み合わせることで、生成AIが「生産性の向上」「ビジネス変革」につながるとされています。
ジョン・マエダが「Design is a solution to a problem. Art is a question to a problem.」と述べているように「問いを立てる力」こそがアートの力です。、
私たちが導入を進めている「アート思考」も「創造性、批判的能力、対話力」を育むメソッドです。
経済産業省デジタルスキル標準改定(2023年8月)
ChatGPTとアート思考の関係
コンピュータやITに取り囲まれていく社会のなかで、最近「アート」が注目されていることはもうご存知のことと思いますが、興味深いことに、アートとChatGPTのようなシステムとは、「感性」と「論理」、「エモーショナル」と「ロジカル」といった正反対、お互い保管しあうような仕組みであると同時に、生成AIの仕組みは、人間の感性や創造性を刺激し高めるものであるという、つまり人間側の「アート」を更に強化し高めあう関係でもあります。
これは、Stable DiffusionやMidjourneyなどの画像生成AIはもちろんですが、ChatGPTなどのテキスト生成AIにも当てはまります。
ChatGPTのブレークスルーは、2018年にGoogleのAI研究チームが発表したTransformerの中核となる仕組みである「Attention(注意機構)」によって実現しました。
この「Attention」は、どの情報に重点的に関心を向けるかという人間の認知手法を模倣したものです。
かつての言語処理システムは、文章の直前の言葉から遡ってその文章の意味を考えるというシステムでした。
つまり長い文章などでは、ずっと遠く(最初の方)の単語(言葉)より、より近い言葉のほうが重要視されます。
例えば、「私は仕事を終え会社を出た。そして駅の近くのレストランで夕食を◯◯」に当てはまる文章ですと、「食べた」などの単語が来くると予想できますよね。ここでは、「仕事」や「会社」、あるいは「駅」よりも、直前の「夕食」という単語の重要度が高いと判断ができます。
しかし、「私は仕事を終え会社を出た。そして駅の近くのレストランで夕食を取ったあと、書類を忘れてきたのに気づいたので、◯◯」という文章ではどうでしょうか?
おそらく「会社に戻った」とか「会社に電話をした」といった文章が来るものと考えられますよね。直前の単語を考えると、「夕食」とか「レストラン」あるいは「駅」の比重(重要度)が高くなるので、それに関連した言葉が来ると予想ができそうですが。
昔の(といっても5年以上前という意味ですが・・)ニューラルネットワーク(Recurrent Neural Network)システムではこのような場合、適切な文章を生成することが難しかったのです。
2018年にGoogleが発表したTransformerという仕組みでは、「気づいた」→「書類を忘れたこと」という流れで、「会社」という単語が重視されます。
書類と関連度が高いのは、「夕食」「レストラン」「駅」「会社」の中で、「会社」だと(語順に限らず)私たちならわかりますよね。
多くの情報(言葉)のなかで、どこに注意(Attention)を向けるべきか判断するのが、この注意機構(Attention)で、この発見が今の生成AIが生まれたきっかけとなりました。
従来の自然言語処理AIシステム(RNN)と新しい手法(Attention)のイメージ
この仕組みは私たちが関心をよせたり、興味を持ったり、あるいは問題意識を持つ心の動きや、あるいは課題解決のフェーズであっても、ふとした気付き(Insight)とよく似ていると思います。
そして人がどこに関心を持つのか、というのはどういうことが問題や課題なのか、そこにある意味はなんなのか、つまり人がアートに向かう原動力であるといえないでしょうか。
このように、アート思考の観点からChatGPTなどの生成AIを見ると、人をかなり模倣した仕組みで、創造性を持っていることがわかります。
ただし、生成AIが行っているのは、「どこに注意(Attention)を向けるべきか」ということだけであって、ここから「創造性」を引き出すことができるのは、あくまでも人間の側であることに留意する必要があります。
そうでないと、私たち人間は、生成AIに振り回されるだけの存在になりさがってしまいかねません。
私たち自身が「創造力」「共感力」そして「批判的思考」ができるようになれば、生成AIを使いこなして、「どこに問題や課題があるのか」を見つけ出し、「どうすればその課題の解決ができるか」を考え、効果的なアイデアを生むことができるようになると思います。