アジャイル開発の肝は、「チームが自己組織化」することです。
刻々と変化する状況に合わせて柔軟かつ敏捷(Agility)に動くためには、自己組織化し、自律的に働くチームでないと対応ができません。

実際、アジャイル開発に関する書籍でもその多くが、チームの自己組織化について頁を割いています。

例えば、日本のアジャイル関係者の間でも人気のある『アジャイルサムライ』(Jonathan Rasmusson著)では、
「アジャイル開発の原則:最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから生み出されます。
アジャイル・チームは、目標を与えられると、それをどうやって達成するかを一歩下がった視点から、みんなで客観的に考える。それができるようになるためには、アジャイル・チームは自己組織化されてなければならない。自己組織化とは、自らのエゴを押し出しすぎないようにしながら、チームで力を合わせるということだ。(チームを自己組織化させるには)チームに仕事を任せて信頼し、やり遂げるために必要な権限を与えればいい。」と書かれています。

また、『アジャイル開発のスケールアップ-変化に強い大規模開発を成功させる14のベストプラクティス-(Dean Leffingwell著)』でも、次のように記されています。
「チームはアジャイルプロジェクト管理の核をなしている。それは責任と柔軟性を持った自由というものを、構造的に調和させる。これを達成するには、自己組織化する構造と、自制力のあるチームメンバーが必要となる。」

アジャイル開発の様々なメソッドというのは、突き詰めれば、「チームをどうやって自己組織化するか、自律的な組織となるか」のための手法であると言っても過言ではありません。
逆に言えば、柔軟で敏捷な、自律的なチームを創りたいと思うなら、「アジャイル・チーム」のメソッドを実行すれば良いという意味にもなります。

アジャイルのメソッドが自己組織化に有効な理由

組織が自律化、自己組織化するためには、イリヤ・ブリコジンの散逸構造理論に沿っている必要があります。ブリゴジンは組織が創発して自己組織化するためには、「多様性」「開放性」「ポジティブフィードバック」3要素が必要であることを突き止めました。(彼は散逸構造理論で1977年のノーベル化学賞を受賞しています。)

この散逸構造理論で自己組織化が起こる事例として、(このブログでは何度か紹介していますが)雪の結晶があります。
小さな氷の粒が集まって、綺麗な雪の結晶が「自然と」できるのは、この3要素がそろっているからです。「多様性」と「開放性」がシステムに揺らぎを起こし、ポジティブフィードバックで増幅する。こうして「創発」が生まれ、システムは「自己組織化」されます。


 

アジャイルのメソッドが自己組織化に有効な理由

実際のアジャイルの手法を散逸構造理論の視点から見ると、見事なほど一致しています。
下図は、「スクラム」というアジャイル開発のなかでも、最も普及しているメソッドを図にしたものです。
多くても7~8人くらいのチームの人員は、横断的で、顧客担当からプログラマー、テスターなどクロスファンクショナルな構成です。チーム員には自分の役割のみならず、すべての工程に係ることが要請されている、「多様性」が発揮される組織です。
そして、顧客や場合によっては市場とも直接かかわる、「開いた系」になっている「開放性」も担保されています。
そして、「デイリースクラム」や頻繁なリリースを通じて、チーム内の振り替えりや顧客の声をフィードバックして、タスクを修正する。「ポジティブフィードバック」の仕組みも働いている。

以上のように、アジャイル(スクラム)のメソッドの中に、自己組織化の3つの要素がビルドインされているのがわかるかと思います。


 
 

アジャイル(スクラム)元祖の野中論文

このスクラムの手法を開発したのは、ジェフ・サザーランドですが、彼がこの「スクラム」を創る際に参照したのが、野中郁次郎一橋大名誉教授と竹内弘高ハーバード大学教授が1986年に発表した論文「The New New Product Development Games」でした。
この論文の主旨は、80年代に日本で行われていた新製品開発のプロセスを「NASA型」の米国型(いわゆるウォーターフォール型)と比較して論じられたものです。

論文を引用した下図でいうと、Type AがNASA方式(ウォーターフォール方式)、Type Bが当時の富士ゼロックス、そしてType Cの例としてホンダやキャノンがあげられ、「ラグビーのようにチームで一丸となってボールを運んでいる」としました。
そしてこのType Cのようなチームを「スクラム」と名付けましたが、これがアジャイル開発の「スクラム」の語源となっています。


 
 
さらに論文では、このType Cのチームの特徴を6つ挙げているのですが、その第一の特徴が「不安定な状態を保つ」(Built-in instability)で、第二の特徴が「自己組織化するプロジェクトチーム」(Self-organizing project teams)です。

新たなプロジェクトでは最初に綿密な計画書や指示があるわけではなく、チームは自由な裁量と同時に困難なゴールを目指します。

そのような不安定な環境ではチームは自然と自己組織化し、対話の中で自律状態を作り出します。
不安定な環境だからこそチームの動的な秩序が生まれます。自己組織化チームの状態には、①チームが自律しており、②常に自分たちの限界を超えようとし、③異種知識の交流が起こる、という特性があります。

野中郁次郎、平鍋健児共著の「アジャイル開発とスクラム」(翔泳社)によれば、アジャイル開発においても、論文に表されたような新製品開発における不安定さは、開始時に要求が決定していないアジャイル開発のモデルにも当てはまり、従来型開発のように、顧客や市場の要求を最初に固定するのではなく、人を中心としたコミュニケーションと協働でプロジェクトを前に進めます。要求のリストは時間とともに変化する常に不安定な状態にあります。
そしてアジャイルの開発のスプリント(イテレーション)期間内は外部から開発チームに介入ができず、プロダクトオーナーやスクラムマスターはチームが自分たちでできる環境づくりを支援するのが役割となっています。

組織を変えるアジャイル@Scale

このようにアジャイル開発は、「自己組織化」とは切っても切り離せない関係にあります。逆に言えば、自律型の組織にする。自己組織化する組織にするためには、アジャイルの手法やプロセスが活用できるという意味でもあります。
最近ではIT部門だけでなく、企画開発やマーケティング、戦略的人事などの部門で、アジャイル開発が活用される事例が多くなってきました。
米国のナショナルパブリックラジオ(NPR)では、新番組の企画開発にアジャイルを用いていますし、サーブは新しい戦闘機の生産に、アジャイル開発手法を利用しています。
ほかにも生産から倉庫管理、上級管理グループの運営に至るまで、あらゆることにアジャイルを用いているミッションベル・ワイナリー、世界最大の自動車部品・電動工具メーカーのボッシュ、そしてテスラモータースやスペースX、GMなど多くの企業が組織変革にアジャイルを活用するようになっています。

スクラム開発者のジェフ・サザーランドはこれをScrum@Scale(Agile@Scale)と名付けて、論文を発表したりメソッドの提供を行っています。