先週金曜日(24日)に日本プロジェクトマネジメント協会で「ティール組織時代のリーダーシップ」というタイトルで講演いたしました。

おかげさまで用意された席がほぼ満席でしたが、出席者のほとんどが大手企業に勤めの方、そして「ティール組織」の本を誰も読んだことがないというアウェーの中での講演。
質疑応答の多くが、大企業など大きな組織をどう自律型組織にするのか(それは可能なのか)という部分に集中しました。

ちょうど前回の記事の「アジャイル@Scale」つまり組織をセルフマネジメント(自主経営)化する自律型組織のための手法の話でもあるので、今回、大企業など大規模組織をティールやアジャイルによって自律型組織とする問題や課題について整理してみたいと思います。

自律型組織とアーキテクチャ

大企業をはじめとする既存組織(企業)が、ティール組織やホラクラシーのような自律型組織、あるいはアジャイル開発のような自己組織化チームによるセルフマネジメント(自主経営)手法のやり方に対して、不安を覚えるのは、会社や組織がばらばら、あるいは無秩序になってしまうのではないか、という考えがあるからではないかと思います。
言い換えると、個人や少人数チームにおける自律的なシステムは想像できても、それらが組み合わさった「アーキテクチャ」が想像できない。

丸太小屋を仲間でつくるのなら、設計図は作らずに話し合いで組み立てることはできても、家や大きなビルを建築するのに、最初に設計図なしではとても造ることはできない、と考えるのはある意味当然です。

ホラクラシーなどのティール組織、あるいはアジャイル開発が「アーキテクチャ」についてどう考えているのか、考察してみたいと思います。

ティール組織やホラクラシーとアーキテクチャ

まず基本的な考え方として、ティール組織のような自律型組織、自己組織化組織では、「アーキテクチャは創発する」というのがあります。
ティール組織においてアーキテクチャは創るものではなく、自然になるもの、完全にコントロールを手放してなすがままに任せる。これが最も純粋な形の自律型組織のアーキテクチャです。

考え方としては、そう難しい話ではなく、アダム・スミスの「神の見えざる手」による需給調整理論、価格調整理論とほぼ同じ原理です。情報が全員に等しく浸透し、すべてのメンバーが完全合理性を持っていれば、自律的に需要量と供給量そして価格は決まります。アーキテクチャは自動的に定まり創発します。

しかし現実には情報は不均衡で、すべての人が同じ情報を持っているという仮定からは、私たちは程遠い状態にあります。そのうえハーバート・サイモンが「限定合理性理論」で明らかにしたように、仮にすべての情報がすべての人に行き渡ったとしても、私たちはそのすべての情報を分析して合理的に判断するという能力(認知能力)を持っていません。

ティール組織論にも全く同じことが当てはまります。そのため組織内の情報の透明性や私たちの「全体性」の能力が求められるのですが、顔の見える範囲以上の規模の組織では難しいのが現状です。今後AIやブロックチェーン技術の浸透で人間の認知能力の限界を補完することができれば、「純粋なティール組織」は可能になると考えますが、その実現はもう少し先になると思います。

一方「ホラクラシー」は、自律型組織のアーキテクチャを定めている「フレームワーク」です。ピラミッド組織の部署にあたる「サークル」やそのサークルのリーダーである「リードリンク」というシステムが「ホラクラシー憲法」によって定められ、サークルの運営方法も定められています。
「ホラクラシー」は「ホラクラシー・ワン」社によって憲法が定められ、導入会社によるルール変更やカスタマイズを基本的には認めていません。

これは、あまり深く考えずに導入が可能な反面、会社の形態によっては合わない、適合しないということもあります。(基本的に既存の大企業では困難です。)
Mediumというブログサイトを運営しているミディアム社は、早くからホラクラシーを導入していて、ブライアン・ロバートソンの著書でも、導入企業として大きく紹介されていましたが、人数や業務が増えるとともに個々の役割の調整作業に多くの経営資源を取られるようになり、途中でホラクラシーの導入を断念しています。

アジャイル開発のアーキテクチャ

大企業においても導入が進んでいるアジャイル開発ですが、前回の記事においても述べたように、アジャイル開発においても、チームが自己組織化し、自律的に働くことで機能します。日本の大企業では、アジャイル開発はまだアプリやソフトウェア開発などの比較的規模の小さい開発の活用が多いようです。

最近になって、ようやく複数チームに跨る大規模な開発にも注目され始めていますが、ここでも同じようなアーキテクチャの問題があります。

アジャイル開発においても、アーキテクチャは製品を製造しているなかで出現するものとしています。先ほどの「アーキテクチャは創発する」という言葉も実は、アジャイル開発で最初に広まったXP(エクストリーム・プログラミング)を提唱したケント・ベックの言葉です。
2001年にケント・ベックやスクラム開発者のジェフ・サザーランドら17人のアジャイル提唱者がまとめた「アジャイルソフトウェア開発宣言」でも「最良のアーキテクチャ・要求・設計は自己組織化的なチームから生み出されます(創発されます)」と書かれています。

1つあるいは少数のチームで製品がつくられる場合はまさにこのやり方で、アジャイルの威力が発揮されるのですが、数百人、場合によっては数千人規模にもなり、地理的にも離れたチームで行われる大規模な製品開発では、これをそのまま適用するのは難しいと思われます。

例えば、スクラムではLeSS(Large Scale Scrum)と呼ばれる大規模な製品開発のフレームワークがあります。下図のように、チームを階層化してチームの代表者が大きな方針を決めて、それを各チームに割り振り、そしてスプリントの終わりにまた統合するというやり方を行います。また、これをもっと横展開した、LeSS Hugeというフレームワークもあります。

ただLeSSのようなフレームワークを適用するにあたっては、そもそも最初にアーキテクチャが決められていない中で、どのようなチーム構成にするのか決めることが難しいという問題があります。

実際の開発とアプリケーションを構築するためには、複数のチームを配置するに先立って、十分なアークテクチャを確立する必要があります。そうでなければ、なぜ複数のチームが必要なのか、そのチームをどこに配置すべきなのか論理や理由がつけられません。しかしウォータフォール方式と違い、アジャイル開発では実際に開発や構築を進めていかないとアーキテクチャが決められない。いわば鶏と卵のような問題が起こります。

このような自律組織(システム)とアーキテクチャの問題は特に2000年半ばごろから米国(特に国防総省)やEUを中心に認識され、現在のIOTブームのきっかけとなったドイツのIndustorie 4.0では中心課題とも呼べる事項となっています。

System of Systems(SoS)のアーキテクチャ

自律する組織(システム)がいくつも集まって大きなシステムを形作っている状態をSystem of Systems(SoS)といいます。SoSと普通の大規模システムの違いは、誰も中心になる人(あるいは組織)がいない。全体を管理している人(組織)がいないという点です。
人の組織に例えれば、社長が中心となるピラミッド組織が大規模システム、中心がいないティール組織はSoSと言うこともできるでしょう。

SoSにおいては、ウォーターフォール開発のような細部にわたって要求定義や仕様書を作成することは不可能です。上述のように中心になる人はいないですし、自律したチーム(システム)の集まりですから各々の仕様もどんどん変わっていくのが普通です。

そこで、SoSでは大枠とインターフェースの仕様だけを「標準」という形で定めて、あとは自律型のチームに任せるというやり方が行われるようになりました。
不動産屋が土地の造成と道路を造り、あとは購入者が自由に家を建ててよいというのと似ています。

大規模SoSのアーキテクチャの最初の例が、EUが2012年に定めたスマートグリッド・アーキテクチャ・モデル(SGAM)です。
横軸に電気の上流から下流つまり時間軸、奥行きが空間軸で部品製造のプロセスから工場・会社全体・マーケットと奥ほど広い概念を示しています。縦軸が論理軸です。

この中で、それぞれのサプライヤーがスマートグリッド・ビジネスにおける自分の位置を把握し、まわりとのインターフェース仕様を確認するというリファレンス(参照)アーキテクチャ・モデルになります。それができれば、どんなサプライヤーが参入することも可能になりますし、インターフェースさえきちんと定めていれば、その中身に関しては自律的に決めることができます。技術革新も取り込みやすいですし、競争原理による性能向上も期待できます。

そして、このSGRAMを踏襲してドイツが2013年に作成したのが下図のその名もリファレンス・アーキテクチャ・モデル・インダストリー4.0(RAMI4.0)です。
ドイツは世界に先んじて、このアーキテクチャ・モデルを作ったことで、IOTなど第4次産業革命をリードする地位を手に入れました。

その後、SoSに関する様々なアーキテクチャ・モデルが作成されるようになりました。
大規模なアジャイル開発や、自律型組織を創る際にも、このようなアーキテクチャ・モデルを先に作成することで、組織や開発の方向性を定めて、無秩序化を防ぎ、かつウォーターフォールやピラミッド組織のようながちがちで融通のない設計書に頼らずにすむと考えられます。

実は、このサイトのトップページの図(下図も同一)は、上記のSoSのアークテクチャ・モデルを参考に、私が2018年の国際学会(The Society of Interdisciplinary Business Research (SIBR))で発表した、自律型組織のアーキテクチャ・モデルです。
平面上に、経営者、従業員、パートナーや顧客などのステークホルダーが配置されており、3つの階層(レイヤー)から成り立っています。

自律型組織の意味層(Meaning Layer~理念や夢、人生の目標~)、機能層(Function Layer~組織の機能やシステム~)、構造層(Structure layer~具体的な組織デザイン~)で、それぞれの階層で個と個、個と組織が繋がる(相互作用する。共感する。)仕組みを表しています。