入山晃栄早稲田大学ビジネススクール助教授の3冊目の著書「世界標準の経営理論」が出版されました。
800ページにも上る大著で、世界の一流の経営論文誌や経営学者の間で認められている経営理論のほとんどを網羅するという意欲作です。あの野中郁次郎先生が「この本はすごい本なんだ」と仰っているという話も聞きました。


その中で、「時代とともに変化するあるべき企業の姿」として挙げているのがティール組織です。

ご存じの方も多いと思いますが、「ティール組織」はベルギー出身の企業コンサルタントのフレデリック・ラルーによって2014年に自費出版された本であり、それが2018年日本で刊行され、ベストセラーとなりました。

したがって、ティール組織論は、アカデミックから提示されたものではなく、いわゆる「経営理論」ではありません。しかし入山先生は、「この概念にはかなりの示唆があり、経営理論との親和性も十分にあると考えている。」と本の中で述べています。

そこでここでは、「経営学の視点から見たティール組織」について、この「世界標準の経営理論」を参考にしつつ私見を含めて、述べてみたいと思います。

ティール組織とは何か

ティール組織を「定義」すると、「進化する自律分散型組織」となります。ここでは「進化」という言葉がポイントです。
「進化」は生命体が持つ特徴です。似た言葉に「変化」があり、あらゆる物体は時とともに変化します。その中で「進化」は、「固体や種の生き残りのため、環境の変化に適応し続ける行為」であるとみなすことができます。

誤解のないように言っておくと、ラルーは「こういう組織がティール組織である」と定義づけているわけではありません。実際「ティール組織」で紹介されている企業や組織でも様々な形態、あるいは制度があって一様ではありません。
ティール組織は、組織の特定の形態を定めているのではなく、それぞれの時代としてのパラダイムの進化を表している概念というほうが正しいと思います。

そしてラルーは、その組織の進化を色に例えて、5つのパラダイムに分類しています。

1.レッド組織
人類が文明を持って生まれてから、中世に至るまで組織を動かす源泉(「世界標準の経営理論」では『ドライビングフォース』と呼んでいます。)は「パワー」でした。レッド組織は「オオカミの群れ」と称されるように圧倒的に強い力を持つ個人による恐怖支配が特徴です。
経営理論では、その持つ資源(例えばお金、コネの多さ、技術力やスキル)にパワーは依存するとした「資源依存理論」などが当てはまりやすい世界です。

2.アンバー組織
アンバー組織は、「軍隊」のような階級制による上意下達の組織(ピラミッド組織)であることが特徴で、権力や階級、制度などの概念が組み込まれた組織モデルです。政府機関や宗教団体、古いタイプの軍隊などがアンバー組織に該当します。
身分制度社会がその背景にあり、ある意味最も安定していて、基本的に変わることのない組織です。順応型組織とも呼ばれます。

3.オレンジ組織
オレンジ組織は、階級構造がある点ではアンバーと同じですが、環境の変化に柔軟に適応できるよう発展した組織形態です。
産業革命以降の「資本主義」とともに発展し、現在の多くの「企業(とくに株式会社)」がこの形態に当てはまります。競争による効率性がこの形態のドライビングフォースです。経営学的には、上記の資源依存理論やコンティンジェンシー理論を引き継いだRBV(リソース・ベースド・ビュー)に加え、マイケル・ポーターの競争戦略論(SCP理論)がオレンジ組織の2大経営理論です。

4.グリーン組織
オレンジ組織は、よく「機械」に例えられます。これは産業革命以降発達した「制御理論」を基にしているからです。「マネジメント」の動詞形のManageは「暴れ馬を制御する」というのが本来の意味で、それは動力源が馬から機械に変わっても同様です。

しかし、いわゆる肉体労働や単純労働が、機械やITなどに置き換わり、第3次産業が経済の中心となると、従業員を家畜や機械と同列に見なすような組織形態は修正を余儀なくされ、人と人とのつながりをベースに組織をとらえる視点が必要となりました。

グリーン組織では、従業員の対人スキルやモチベーション、そしてリーダーシップなどが問われます。ドライビングフォースは「認知・アイデンティティ」と「ネットワーク」の組み合わせです。このようなグリーン組織をけん引するには、求心力としてのリーダーのビジョンと企業アイデンティティが欠かせません。理想的なビジョンを掲げたリーダーに共感する人たちが集まって一つの組織をつくる。そのようなイメージの組織がグリーン組織です。

5.ティール組織
前述したように、ティール組織は「進化する自律分散型組織」です。グリーン組織と同じく「認知・アイデンティティ」と「ネットワーク」が重要なドライビングフォースですが、グリーン組織がリーダーを中心とするネットワーク組織となるのに比べ、中心のない自律分散ネットワークとなるのが特徴です。そしてまさに生命体のように環境変化にそれぞれが上からの指示命令なく対応し、組織として進化発展していくイメージです。

具体的な形態として提唱されているものに、「ホラクラシー」「ポデュラリティ」「アジャイル経営(アジャイル@Scale)」「自然経営」などがあり、それぞれ理想的な組織への模索が続いています。

なぜティール組織が注目されるのか?

上記のようにティール組織を「定義」すると「なぜ今ティール組織が注目されるのか?」の答えが見えてきます。前世紀までのそれほど社会が変化しなかった時代、あるいは人口ボーナスがあって黙っていても経済が発展していた時代は、企業組織に「進化」は求められません。そして労働者は、いかに決められたルーティンをきちんと正確にこなすかが、求められていました。
そして経営者(マネージャー)の役割は、その労働者を管理してきちんと定められた成果を上げさせることです。これが確立されたのが、1911年のフレデリック・テイラーの科学的管理法(Scientific Management)でした。

欧米(特にアメリカ)で成功したビジネスモデルや製品づくりを導入し、それを本家よりも安い人件費で精密なものに仕上げる。第二次世界大戦後そのようにして発展した日本は、20世紀末には「Japan As №1」と呼ばれるほどの経済大国となったのは御存じのとおりです。

現在でも例えば最先端と言われるIT産業も、米国のシリコンバレーの企業のビジネスモデルを模した、あるいはそれに工夫を加えたもので、日本発と言える独自のものはほとんど見られません。

しかし欧米をキャッチアップすればよかった時代はとうに過ぎ、21世紀に入ると、VUCAの時代と言われるように、先が読めない時代になりました。
また人口減の社会で同じルーティンを繰り返すだけでは、売り上げも減少することも見えてきています。

今ではどの企業や組織からも「イノベーション」の必要性が叫ばれるようになりました。しかし今までの組織、(アンバー、オレンジ、グリーン)は、決められたことを正確に行うためには優れた組織形態ですが、今までになかった新しいものを生み出すといったことには不向きです。(機械的組織と呼ばれる所以です。)

オレンジ組織やグリーン組織では、生産性を上げるための現場の工夫や、顧客がより使いやすい機能の追加のようないわゆる「漸進的イノベーション」には適しますが、今までの常識を覆し、場合によっては自己否定にもつながりかねない「破壊的イノベーション」をこのような組織から生み出すことは非常に困難です。

そして、今はそのような「今までになかった発想」「破壊的イノベーション」が求められている時代ですし、そうでなければ、今の組織体、企業は生き残っていくことが非常に難しい時代に入っていることが、「ティール組織」に注目があつまる背景だと思います。

ティール組織はどのように普及するのか

「世界標準の経済理論」の中で入山先生は『ティール組織はあくまで理念型であり、すぐに訪れる未来というわけではない。(中略)筆者自身は、ティールが進展するのは、社会にブロックチェーン技術が広く実装された後ではないかと考えている。』と記されています。

「すぐに訪れない」と述べられているので、まだまだ先の話・・・と言いたいところですが、実は「ブロックチェーンの普及や実装」というのはそんなに先のことでもないことに留意する必要もあります。
「クラウド」や「ビッグデータ」という言葉が生まれて、まだ10年そこらであり、機械学習(ディープラーニング)に至っては、その言葉が一般に知られるようになってまだ数年しかたっていないことを考えると、「ブロックチェーン技術」もこれから10年足らずで広く実装され、あわせて「ティール組織」も普及していくのではないでしょうか。

ただ、「ホラクラシー」を唱えたブライアン・ロバートソンやフレデリック・ラルーも言うような、「さあ、これからうちの会社をホラクラシーやティール組織にするぞ!」と、全社的にこの制度を導入することは、スタートアップや100~200名くらいまでの比較的小規模な企業を除けば、おそらく困難だと思いますし、社内を混乱させるデメリットも考える必要があります。

よく言われるのが、「トップの強力なリーダーシップが必要」という言葉ですが、そういう改革方法自体、ティールではなくレッド的な発想に基づくものです。

大企業ではおそらく「出島方式」のようなオープンイノベーションとの組み合わせで、必要な部署や部門から少しずつ普及していく形で広がっていくと考えています。これは「アジャイル@Scale」と呼ばれるやり方ですが、この手法については、また頁を改めて解説したいと思います。

ハーバード・ビジネス・スクールのバーンスタイン助教授らは、ハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した論文(Beyond the Holacracy Hype 自主経営の正しい導入法「ホラクラシーの光と影」)の中で、「もし2030年にグローバル1000企業の20%超がフレデリック・ラルーの言う『ティール』に見えたら、すなわち組織全体が一体化し、進化し、セルフマネジメントする組織になっていたら我々は驚くだろう。
しかし同時に、自社組織の枠組みとしてセルフマネジメントの手法を大いに活用していないグローバル企業が20%超もいれば、やはり我々は驚くだろう。」と述べています。