前回の「アジャイルマーケティング」についての記事で、「アジャイルマーケティングをPDCAを素早く回すことと考えるのは誤り」と書いたところ、「アジャイルマーケティングとPDCAの違いを詳しく教えてほしい」という質問をいくつかいただきました。
ここで改めて、アジャイルマーケティングとPDCA、そしてOODAやSECIモデルの関係について書いてみたいと思います。

計画ありきのPDCA

PDCAはまずPから始まるように、計画(Plan)から始まります。Planに沿って開発や実装を行い(Do)ます。そしてそれがPlan通りになっているかテスト(Check)します。そのうえで市場で販売したり、顧客に引き渡し(Action)を行います。そして市場や顧客の声を聞いて、次のPlanを創りバージョンアップを重ねていく。これがPDCAの流れです。

前回の記事でも指摘したようにこれは「ウォーターフォール開発」のやり方と同じです。ウォーターフォールをしっかりやり遂げましょうというのがPDCAで、20世紀の日本は、PDCAをしっかり実行することで、欧米製品に負けない高品質な製品を創り、「Japan As №1」と言われるまでになりました。

しかし、線形に成長し、未来が見通すことができた時代はこれでよかったのですが、VUCAの時代と言われ、先が読めない時代はこの方法ではうまくいきません。

先が読めない中で無理にPDCAを回すとどうなるでしょうか?
先が読めなかったり、不況になると、PDCAに慣れた経営者は、願望に似た無理な計画を作って現場に投げるようになります。マーケットの変化が起こったとしても、当初計画は初志貫徹、現場には達成(ノルマ)が厳しく義務づけられます。

そしてその無理な計画が達成できないと、現場はますます締め付けられます。従業員は日々の行動(Do)を厳しくチェックされ、あらゆる仕事について「何をすべきか」の具体的な行動計画が部下に与えられ、各人はその任務を正しく行っているか(Do)で評価されます。

当然部下は「受け身体質」になり、無理な計画を達成するため「不正会計」「手抜き工事」「従業員の自殺などブラック企業問題」などが噴出するようになりました。
また90年代から職場でも広まったITの導入は、年次や月次だけでなく週次ときに日次でその成果が吐き出され、Checkされます。この短期的なチェック体制によって「顧客のことを考える」「従業員の長期的な成長を考える」ことは難しくなり、視野狭窄な行動につながります。

またこのような状況下で実行(Action)された結果は、十分に吟味されることなく、次のPに反映されることが多いようです。なぜなら皆次のPlanをつくることに精一杯で過去のことに振り返る余裕がない、そこでは過去の反省を生かすことなく、毎度のように対前年比で計画が作られます。
 

 

米軍で生まれたOODA

そのような中、一時注目を集めたのが、OODAループです。
OODAループは、朝鮮戦争のパイロットだったジョン・ボイド大佐によって生み出されました。

朝鮮戦争では、空の戦いでは米国製のF86とソ連製のミグ15の戦いでもありました。
両戦闘機の性能差ではミグ15のほうが優れていたのですが、実際の戦闘では圧倒的に米国の勝利でした。
ボイド大佐がその勝利の原因を分析したところ、F86はミグ15と比べ、視界が広いことと、レーダー網の支援、さらにF86は操縦管が軽く機体をすばやくコントロールできることがわかりました。

ここからボイド大佐は、「戦局を左右するのは、情報収集能力と意思決定の速さである」という結論に至ったのです。
そこから生まれたのが、OODAで、「観察(Observation)、情勢判断(Orientation)、決断(Decision)、行動(Action)」の頭文字を取ったものです。
 
アジャイル開発の「スクラム」を提唱したジェフ・サザーランドも、実はベトナム戦争時のパイロットでした。実際「スクラム」を考案した時、この「OODA」ループを参照したと講演などでも語っています。
 

 

OODAは知識創造モデルではない

ただ残念ながら、ボイド大佐はこのOODAについて、理論的背景を語ることなく1997年に亡くなっています。今書籍などに書かれているOODAの「理論」も生前ボイド大佐が作成した少ない資料から著者自身が推測を重ねて書かれているものです。

サザーランドもその理論体系に疑問を感じ、スクラムの体系を構築する際にはSECIモデルを参考にしています。
OODAループの一番の問題点は2番目のOであるOrientation(情勢判断)の具体的手法が曖昧なところです。

アジャイルの「スクラム」の語源ともなった論文(The New New Product Development Games)を発表した野中郁次郎一橋大学名誉教授は、OODAループは、ドッグファイトのような状況では役立つものの、「知識創造」のプロセスが無いため、戦略的な集団戦に適応したり、ましてやビジネスに応用するのは難しいと述べています。

アジャイルマーケティングとSECIモデル

アジャイル(Agile)はAgility(迅速、柔軟、俊敏)の形容詞形です。「迅速なマーケティング」というと、私たちはついPDCAなり、OODAを高速で素早く回すことと思いがちなのですが、ここで言うAgilityは、「顧客に素早く寄り添う」「市場の変化に俊敏に対応する」ことであって、サイクルの早い遅いを指しているのではありません。

野中氏はOODAでいえば、Observation(観察)のあと、顧客に共感し暗黙知を共有するプロセスが必要と述べています。そのうえで、何を創るのかどんなマーケティング手段を打つのかを決断し(Decision)して、行動に移す。(Action)
これは、共有した暗黙知を形式知化する作業と言い換えることもでき、サザーランドもこのSECIモデルのループを基に、スクラムの「振り返り」や「フィードバック」の仕組みを作りました。
 
 

 
 

 
繰り返しになりますが、「アジャイルマーケティング」とは、顧客に俊敏(Agility)に寄り添い共感して、その暗黙知を様々なマーケティング施策によって、形式知化を試みる作業である。その結果を見て再び顧客の観察と共感(暗黙知化)を行った上でまた次の施策を打ち出す。その繰り返しのことを指すのです。

参考文献
「米軍式 人を動かすマネジメント」田中靖浩(日本経済新聞出版社)
「OODAは知識創造モデルではない。軍事戦略の研究家と実践者がその核心を解説する。」野中郁次郎・三原光明(DIAMOND Quarterly Online 2019.8.13)

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