アジャイルマーケティングとは

アジャイルマーケティングとは、「スクラム」「カンバン」などのアジャイル開発手法をマーケティングに応用したメソッドであり、2012年に「アジャイルマーケティング宣言」でまとめられた内容のことを指します。

前回前々回と書いてきたように、アジャイル開発の手法を、ソフトウェア開発やシステム開発だけでなく、組織の変革にも応用し、俊敏(Agility)で柔軟な組織を構築に適用拡大(スケール)する「アジャイル@Scale」の動きが広がりを見せています。

中でも、マーケティング部門にアジャイルを活用して、より顧客に合った商品を素早くリリースし、イノベーションにも対応する「アジャイルマーケティング」が特に注目を集めているようです。

もともとアジャイル開発は、開発中も顧客や市場の声を聞きながら柔軟に対応するやり方ですので、マーケティングとも親和性が高いですし、市場の変化を読むのがますます難しくなる中、アジャイルの仕組みを活用して、俊敏(Agility)に対応しようというのは、VUCAの時代と言われる現代にぴったりの手法と言えるかもしれません。

ただ、いろいろアジャイルマーケティングに関する記述を見てみると、「PDCAをしっかり回すことがアジャイルマーケティングである」など(あえて言えば)誤った記事も少なくなく、(これはアジャイルの意味を理解していないまま単に「素早く回す」というイメージだけでPDCAにつなげているのではないかと想像します。) 「そもそもアジャイルとは何か」というところから考える必要もあると思います。

アジャイルマーケティング宣言

アジャイル開発では、2001年にアジャイル提唱者たちが集まってまとめられた「アジャイルソフトウェア開発宣言」がありますが、「アジャイルマーケティング」においても2012年に「アジャイルマーケティング宣言」がまとめられています。
 
We are discovering better ways of creating value for our customers and for our organizations through new approaches to marketing. Through this work, we have come to value:
私たちは、マーケティングへの新しいアプローチを通じて、お客様と組織に価値を生み出すより良い方法を発見しています。この作業を通じてまとめた「価値」が以下のものです。

Validated learning over opinions and conventions
意見や慣習よりも検証された学びを

Customer focused collaboration over silos and hierarchy
(社内の)サイロやヒエラルキーよりも(社外の)顧客とのコラボレーションを

Adaptive and iterative campaigns over Big-Bang campaigns
大規模なキャンペーンよりも程よい規模の反復型キャンペーンを

The process of customer discovery over static prediction
机上の予測よりも顧客の発見のプロセスを

Flexible vs. rigid planning
計画の厳守よりも変化の対応を

Many small experiments over a few large bets
ひとつの大規模な掛けよりも小規模でたくさんの実験を

アジャイル開発とウォーターフォール開発

ここで改めて、アジャイル(開発)とは何かについて簡単に書いてみたいと思います。
アジャイル開発は、以前からあったウォーターフォール開発に対して生まれた言葉です。ウォーターフォール開発は、戦時中のマンハッタン計画やアポロ計画などを基礎に確立されたといわれています。
どのようなシステムや製品を創るのか、顧客の声をしっかり聴いた上で要求定義を作成しそれを基に設計、開発、製造、テストと上から水が落ちるように進めるのがウォーターフォール開発です。
 
  

 
一方で、図の下半分がアジャイル開発のイメージです。短い期間で、機能の一部分(重要順)を完成させて顧客や市場の評価をもらう。そのフィードバックを得たうえで、修正したり残りの部分も少しずつ完成させる。それを繰り返すのがアジャイル開発です。

なぜそのような手法が求められたかと言いうと、ウォーターフォールでは製品の開発に取り掛かる前に、設計を終わらせるのが手順ですが、今のようにシステムが複雑になりまた時代の変化が激しく環境もすぐに変わると、当初時間をかけて完璧に作った計画を変更しなければならないことが日常茶飯事となったからです。

このことを表したのが下図になりますが、20世紀は自動車にしろ家電にしろ「先進的な欧米の製品」という製品目標がしっかりあって、それに(日本お得意の)工夫を凝らしてもっとよい製品を創れば「売れる製品」を創出するのはそれほど難しいことではありませんでした。
そういう時代では、「目標に向けて折れない心」であったり「上司や先輩の言うことに素直に従うこと」「根性など精神力」そして「改善する工夫」が求められてきましたが、これは日本人の気質にあったやり方だったのは言うまでもありません。
それほどスピードが求められず、二番煎じでもよりハイスペックだったり安い製品が求められました。

しかし、「独自性」「イノベーション」などが求められる21世紀の今ではそのやり方は残念ながら通用しません。
右図のように、市場や顧客の変化を探索しながら、柔軟かつ俊敏(Agility)に変化し続けることが求められます。
 
 

 
20世紀のマインドのまま変わることができない日本企業の典型的な事例が、この度6度目の延期が決まった三菱スペースジェットです。当初予定から10年近く遅れることになりましたが、これは米国の様々な規制や規格に当初の計画が対応しきれないまま設計し、(まさにウォーターフォールのように)後戻りできないまま製造が進み最後のテストの段階でそれが判明したため、また一からやり直し・・・ということが続いているためです。

これは決して三菱航空機や親会社の三菱重工の開発力や技術力が足りなかったからではありません。実際三菱重工はボーイングやエアバスなどの航空機の機体や重要部品を担ってきたわけですし、ある意味では航空機よりもっと過酷な宇宙ロケット打ち上げの成功記録を更新し続けるほど高い技術力を持っている会社です。

これは今までボーイングなど発注主が作成した設計書の通り正確につくることが何より大事とされてきた、ウォーターフォール型マインドのまま、多くのステークホルダーに対応し、変化にも柔軟かつ俊敏に対応することを求められる自社製品を創ろうとしたことにあるのではないでしょうか?
 
 

 
航空機のような最先端の製品では、新たな技術や規制などに対応するため設計変更を行うというのは決して珍しいことではありません。
米国防総省では、新兵器の開発はアジャイルで進められており、それに対応できる業者しか納入業者になれません。兵器開発も計画や設計から納品まで、数年から十数年かけて行うわけですが、その間に当然技術革新があるわけで、それに都度対応していかないと「最新兵器」は創れないからです。

アジャイルマーケティングは高速PDCAではない

上にも書きましたが、アジャイルマーケティングについての記事の中に、PDCAをしっかり回す、あるいは素早く回すと書かれているものがいくつかありました。
PDCAは、アジャイルではなく、ウォーターフォール開発に対応したフレームワークです。これをそのままスピードを上げたからといって、ウォーターフォールとは別のやり方のアジャイルになるわけではないのです。

PDCAでは、まず最初に設計(Plan)をしっかり行うことが求められ、それは次の実装(Do)の後のテスト(Check)を経てリリース(Action)した後、次のバージョンの設計(Plan)を行います。「高速」PDCAでは、現在のPDCAと並行して次のPDCAを回しますが、それは現在のPDCAの順番が変わったり、途中でPlan変更を行うということではありません。

しかしアジャイル開発やアジャイルマーケティングではPlanの前にDoを行ったり、テスト駆動開発という最近主流の開発方式では、DoとCheckを並行して、あるいはDoの前にCheckを行って開発を進めていきます。また継続デリバリーと言って、毎日製品リリース(Action)を行ってそれを修正し続けるというのもアジャイルでは普通のことです。例えばGoogleやAmazonでは、1日数千回も製品(システム)をアップデートし続けています。

三菱スーパージェットは座席数が90席という設計ですが、実は米国の労使協定「スコープ・クローズ」で米国の地方便は70席にするということが以前から定められています。
つまり今のまま製品をリリースしても「米国では旅客機として使えない」のがこの飛行機です。

この飛行機が設計された2008年ごろは「スコープ・クローズ」が緩和されるという見込みがあって、この座席数に設計したそうですが、その後10年以上たっても緩和は実現されていません。その10年間設計変更はされず、並行して開発が進められている2020年代半ばに投入(Action)予定の次世代機(次のPDCA)が70席という「スコープ・クローズ」対応機になる予定とのことです。

三菱航空機の内情を知っているわけではないので、正確なところはわかりませんが、「技術」や「開発」の失敗というよりも、PDCAの順番を頑なに変えなかった「マーケティング」あるいは「組織や体制」の失敗であるように思えます。

もちろん「PDCAはあらゆる仕事を進めるにあたって大事な考え方」という意味では、アジャイルとPDCAが反しているわけではないのですが、「アジャイルマーケティング=PDCA」というような読む人に誤解を与えるような書き方には注意したほうが良いと思います。

また、特にデジタルマーケティングにおいて、ことさらマーケティングツールや広告指標の分析やフィードバックをアジャイルマーケティングの事例として強調するのも観点をずらしてしまうことになりかねないと思っています。
デジタルマーケティングやWEBマーケティングで、これらの指標を毎日分析して広告やコンテンツに反映させるというのも、いわば「当たり前」の大事なやり方であって、アジャイルマーケティングだからというわけではありません。
アジャイルマーケティングで大事なのは、データそのものを考えることよりも、それに対応する「仕事の進め方」や「組織」のほうになります。

一度決めたことは最後まで進める、組織ややり方を修正するにはいちいち上の承認を稟議で得る必要がある、そのような体制ではアジャイルマーケティングをうまく進めることは難しいのです。

アジャイルマーケティングの最初の一歩

アジャイルマーケティングでは、アジャイル開発の「スクラム」や「カンバン」の手法をそのままマーケティング活動に適応させていきます。
ここでは最初の一歩として、アジャイルの中で一番重要な「振り返り」「フィードバック」について述べたいと思います。
 
 

 
アジャイルでは、毎日のデイリースクラム(デイリースタンドアップ、朝会ともいう)そして製品のリリース時に「振り返り」や「フォードバック」を行います。
ここで注意すべき点は、これはPDCAや通常の営業やマーケティングでも行われる「達成度」をみたり「進捗管理」を行うものではなく、それとは別であるということです。

アジャイルおける振り返りやフィードバックは、「現在の状況の確認と共有」です。現在の自分たちの状況、あるいは顧客の声や距離感をチームで共有し、今後の製品開発やマーケティング活動に活かすために行うものです。

フィードバックによって現在の状況を確認することで、製品に新たな機能を加えるとか、新たなマーケティング施策を行う。その結果を持ってまたフィードバックを行って新たなタスクを作成する。この繰り替えしが、より顧客や市場に近い製品を創ったり、効果的なマーケティング手法を行うのにつながります。

そういう意味では、「データドリブンマーケティティング」ともかなり近い考え方であると言えると思います。