広報・PRで大事なことは、「空気をつくる」ことだと言われます。
本田哲也氏の「最新 戦略PR」(アスキー新書)では、「売れる商品」と「売れない商品」が生じるのはなぜかという疑問に答え、「商品力」や「宣伝力」の問題ではなく、その商品が売れるための「空気」ができているか否かである。と述べています。
最近では、組織論でも「空気」について書かれた本も出ています。

空気というと、空気を読む・空気が読めない(KY)という言葉も流行りましたが、社会や世間にある、何か見えないけれども存在しているもの。そして私たちの行動に影響を及ぼしているもの。そういう意味で使われることが多いようです。

空気とは社会システムのこと

「空気」とは何でしょうか?
「社会」や「世間」「人間関係」と同じような意味で使われますが、人やモノといった物質よりも、その間にあるもの、関係性をより重視した言葉です。
「世間」「人間」の「間」にあるものが空気ですが、単に存在しているだけでなく、「世」や「人」に影響を及ぼしあっているものが、ここでいう「空気」になります。

少しだけ整理すると、空気とは人やモノの間にあって、影響を与えあっているもの(相互作用しているもの)ですから、社会システムそのものであると言ってよいでしょう。
つまり対象がシステムですので、「空気をつくる」「空気を読む」のも、システム思考の対象となり、その手法が役立つことになります。

空気をつくるとは、社会システムを制御すること。フィードバック制御を行うことにほかなりません。フィードバック制御とは、第二次大戦中のサイバネティクス研究などを経て、MITのジェイ・フォレスターが生み出したシステムダイナミクスの中核ですが、こちらでも述べたように、AがBに働くと、Bが働いてAを制御する方法。広報(PR)でいえば、「商品が世間に影響を与え、そのことにより、世間が商品に影響を与える。」これがフィードバック制御で空気をつくる方法です。
いわゆる広告や宣伝は、商品の存在や商品名の浸透が目的です。一方通行的に情報を流すだけなので、これだけではフィードバックはおきません。
広報やPRでも単にパブリシティ、記事に商品名を載せたりタイアップをするだけでは、フィードバックがおきないのも勿論です。

システム思考でフィードバック・ループをつくる

上記の手法でも、フィードバックが起きる可能性はありますが、それは意図しない結果に繋がる可能性もあります。(いわゆる炎上など)
はじめの設計段階から、フィードバックが起こるよう設計するのが、「空気をつくる」手法です。
今までこの手法は、広報プランナーの能力や経験に基づくものとされ、いわゆる名人芸でなお且つ運に左右されるものでしたが、システム思考でかなり一般化することができます。
なぜなら、空気をつくるとは、フィードバック・ループをつくることであり、これは因果ループ図でかなりのところまで作成が可能だからです。

キットカットをフィードバック・ループで

広報戦略で空気をつくった有名な事例に、チョコ菓子のキットカットがあります。
キットカット=「きっと勝つ」というだじゃれから、受験生のお守りにキットカットというキャンペーンが行われました。
キットカットのキャンペーンはあたり(評判になり)、多くの記事で取り上げられました。
このキャンペーンの因果ループで描いてみると、下記のようになると思います。

キットカット

受験を経験されたことのある方はおわかりのように、本番は不安になったり緊張してなかなか本来の力を発揮できないものです。(最上部のバランスループ)
受験前になると東京の湯島天神や福岡の太宰府天満宮などは受験生でいっぱいになります。
「きっと勝つ」というだじゃれに頼るのは気休めに過ぎないですが、仲間みんなでやれば笑いやリラックスもできるでしょう。(その下の自己成長ループ。)
そしてそれが評判になって、キットカットのマーケティングに効果を及ぼします。

このキャンペーンの効果があったのは、受験の不安という共通の課題に対して、ユーモアで課題解決策(レバレッジポイント)を提供し、このことが受け入れられたという点にあります。たまたまネーミングがあったからともいえますが、単なるだじゃれではなく(CMでも商品名にかけただじゃれはよく聞かれますが、それだけでは空気を生むことはできません。)
社会のちょっとした課題解決であり、しかもユーモアもあって他の人にも好意を持って受け止められたことが、良い結果に繋がったと考えられます。

※中上級者向け
システム原型をご存じの方は、このようなお守りや神頼み(チョコ頼み?)は、上手のような形にはならず、「応急処置の失敗」や「問題の転嫁」のシステム原型になるのではないか、と思われたかもしれません。

神頼み因果ループ

確かに、学力アップを目的に捉えると、お守りのような応急手段に頼るのは、あとでシステムの抵抗にあうでしょう。

しかし上記の場合は、受験前の不安の解消であり、リラックス手段が目的です。実際にキットカットを持つ受験生で、これで本気で学力が上がると期待している人はいないと思います。
因果ループ図の書き方 実践編」でも書いたようにシステム原型は、あくまで「型」ですので、囚われすぎず、いい感じで活用するのが、よいやり方だと考えます。