CSRやCSVという言葉も、かなり普及してきました。
企業の使命は利益を上げること。
私が新入社員だったころ、社長もそのように述べていました。
「我が社は利益を上げて、税金を払う。それが社会貢献だ」

今でも多くの経営者の本音はこうでしょうし、中には「できれば税金は払いたくない」という人も多いのでは。脱税は論外としても、「節税」に務める経営者も多いでしょう。

そして経営者が責任を追うのは株主のみ。米国式経営の華やりし2000年代なかばは、そうした声も大きかったと思います。
2005年頃だったと記憶していますが、たまたま聞いていたラジオに出演していた、ホリエモンも(たしか秋元康氏との対談だったと記憶していますが)そのように断言していました。

しかしながら現在では、会社が責任を負う対象は、株主だけと見る識者はいません。
日本でも導入が始まった、「統合報告」(IR)では、株主の従業員、取引先、消費者などの他、環境や地域社会にも責任を負うとされています。

また、日本社会には、工場などの企業活動が生み出した負の遺産である、公害。水俣病やイタイイタイ病、四日市喘息などの記憶があります。
水俣病の原因と言われた肥料製造会社は大きな非難の声が集まりました。
こうした非難の声、負の評判は当然のことながら、本業にも影響を及ぼします。
公害企業、社会に迷惑をかけていると言われている企業の製品を積極的に買いたいと思う消費者はいないでしょうし、社内のモチベーションも高まりません。

CSRは、このような対策のため大企業や上場企業を中心に導入が高まりました。
したがって、CSRは広報活動の一環として行われている企業も多く、CSRの部署が広報部の下にあるという会社もあります。
したがって特に大企業において、CSR部はどちらかというと日陰的な位置づけ。実際に直接収益を上げる部署である営業本部とは、社内力学的にかなり低いと、実際に会ったCSR担当者もこぼしていました。

少しずつ雰囲気が変わったのは、経営者のマイケル・ポーターがCSV(Common Sheared Value:共通価値の想像)を打ち出したあたりからです。
ポーターは、企業が社会責任を打ち出すことは、単なる評判の良し悪しの問題ではなく、積極的なビジネス機会になると考えました。

例えば、CO2の削減の必要性が叫ばれている中、環境エネルギーや再生可能エネルギーは、大きなビジネス機会です。
このように環境や途上力支援に役立つ商品を売り出す一方で、マーケティング手段として、人々の「社会貢献をおこないたい」という気持ちに訴える「コーズ・マーケティング」(Cause Related Marketing)という手法も流行りました。
「コーズ・マーケティング」きっかけを作った一つが、ボルヴィックの「1リットル、10リットル」キャンペーンです。
ボルヴィックが1リットル売れるごとに、その収益の一部で、アフリカに10リットル分の井戸を掘るというもの。
消費者は、消費と社会貢献活動の両方を一度にできるので、この手法は現在でも様々な企業のキャンペーンでも採用されています。

欲求連鎖分析

このコーズ・マーケティングの有効性では、慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科においても研究が行われていて、欲求連鎖分析という手法が開発されています。
人間の欲求には自己欲求だけでなく、他己欲求もあります。最近ブームになった心理学者のアドラーも最も高次な欲求は「共同体貢献」であると述べました。
ボルヴィックの場合、消費者の水がほしいという自己欲求と、アフリカの(水不足地域の)子どもたちに水を飲ませてあげたいという他己欲求をつなげることで、ボルヴィック自身のビジネス機会につなげています。

欲求連鎖分析(WCA)

CSR・CSVは市場開拓のためのプロセス

マーケティング手法の1つであるコーズ・マーケティングについて紹介しましたが、このような短期的な効果を上げることも大切ですが、CSR・CSVはもっと長期的、あるいはビジネスとしての根源から考えるべき問題ということが最近ではコンセンサスとなっています。
CSRの費用は、たんなる寄付活動。あるいは評判が悪くならないための後ろ向きな「経費」ではなく、工場建設費用や広告費用などと同じ「投資」であるという考え方です。
一見つながりが解りにくいこの関係性を理解するためにも「システム思考」の考え方が必要です。
このような活動に熱心な企業として、コーヒーのネスカフェなどでおなじみのネスレがあります。
ネスレは様々な途上国支援プログラムを行っていますが、これは一つには彼らの根源的価値であるコーヒー豆などの原料の多くが、アフリカ・南米など途上国で生産がなされていることです。
質のよいコーヒー豆の生産のためには、生産国の人たちが豊かである必要があります。
またもちろんマーケットとしても、人口が今後も伸びるこれらの国々の人たちが、コーヒーを味わうほど豊かである必要があります。
植民地時代の「プランテーション」では、(極端に言うと奴隷を使って)原材料費を押さえることが利益を生むと考えられました。
しかし、ネスレの戦略のほうが、社会に役立つだけでなく、自身の利益にもなります。
下記のループ図を見ればそのことが理解しやすいと思います。

ネスレのビジネス