システム思考や、システムダイナミクスを学ぼうという方が、目標とするのは、因果ループ図やストック&フロー図を上手に描くことだと思います。

その上で、レバレッジポイントを見つけ出し、課題解決を探し出し、目標へのスムーズな道を見つけ出すことですが、いずれにせよ適切な因果ループ図を書けないことには話が始まらないわけです。

私は大学院(慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科)の授業で、初めてシステム思考/システムダイナミクスに出会い、授業や実際のプロジェクトで活用したり、自分でもいろいろな本を読んだりセミナーに参加したりしたのですが、実際に自分で描けるようになるまで思った以上の時間がかかりました。

実際寄せられている相談でも、ループ図のルールシステム原型を覚えてもなかなかうまく描けるようにならない、という内容がとても多いです。
私自身、多くの方にこの質問を投げかけました。返答の多くは「ループ図は状況、見方によって異なる。だから正しいとか間違っているとかいう概念はない」「そもそも正しいループ図を描くことがシステム思考の目的ではない」「とにかく手を動かして、たくさんのループ図を描くこと」というものでした。

これらの解答は私にとってあまり納得の行くものではありませんでしたが、そういう解答がなされる理由は理解できました。

それはループ図とは、「言語」であるということです。

伝えたい内容があり、そのコミュニケーションを取る媒介が日本語・英語などの言語です。
言い換えれば知識や感情(暗黙知)を明示化するのが言語。
同じように個人や組織等の課題点を明らかにして、明示化するのが因果ループ図です。

「英語が使えるようになるには、多くの英文を読んだり会話をしてとにかく慣れしかない」
「文法を気にせず多くの人と英語を話すこと」
実際その通りではあるのですが、お金を出して通う「学校」や購入した「参考書」で、内容がそれだけで終わっていたらちょっとショックですよね?

システム思考(ループ図)の構造への理解が必要

話がそれますが、私が受験時代お世話になった英語の参考書が「英文解釈教室」(研究社)です。今でもこの本は売れているようで、1977年の刊行以来100万部を超えているそうです。ちなみに私の高校時代はというと、英語はまったく不得意で赤点ギリギリというレベルでした(今もたいして上達してませんが(笑))が、この本に救われて大学合格までこぎつけました。

この参考書にしようと思ったポイントが、著者である駿台予備校の伊藤和夫先生が、まえがきで昔の英語教育である「文法偏重」を批判しているのと同時に、「読書百遍意自ら通ず」も教育ではないと批判していたところです。(私が使ったのは初版に近いので、現在の版の内容についてはわかりません。)
「英文解釈教室」では、まず英語の構造を理解することを主眼としていて、英語の構造を理解しないまま、つまり誤解したまま多読をしても、それは多くの誤解を重ねているだけであり、正しく読む(英文解釈する)ためには構造の理解→多読というプロセスが必要であるとしています。

ループ図の場合、To不定詞や代名詞の人称変換といった英文法に当たるのが、矢印の向き、+やーなどの記号の付け方といったルールです。
・・would・・・ rather ~ than ~ のような熟語表現や「S+V」「S+V+O」などの文型が、システム原型にあたると言ってもいいでしょう。

英文解釈(あるいは英作文)で必須の、英語の構造にあたる、システム思考の構造とは何でしょうか?
あと言うまでもないことですが、構造を知るためには、そもそもシステム思考とは何か、その定義もきちんと知っている必要もあります。

システム思考の定義と構造

システム思考について、多くの本で、それでどんなことができるのか、(全体を見る、複雑な事柄の課題解決ができる、等)について書かれています。しかし「システム思考とは何か」そもそもの定義まで触れている本は、実は多くありません。「システムとは何か」については書かれていても、「システム思考とは何か」について書かれていない本が多いです。

その理由として考えられるのが、著者の多くが参照していると思われる、ピータ・センゲの「The Fifth Discipline(邦題:学習する組織)」でもシステム思考(Systems Thinking)の定義について触れられていないことにあると思います。
「The Fifth Discipline」は組織論のハイレベルな専門書ということもあり、システム思考についても基礎的なことはあまり触れられていません。しかしこの本の登場以降、システム思考=因果ループ図を書くこと、という定義が広まってしまい(慶応SDMでは、「狭義のシステム思考」の定義と呼んでいます)、因果ループを描ければシステム思考として何でもアリという誤った考えが広がってしまったことも背景としてありそうです。

慶応SDMでシステムダイナミクスの講義をされている、湊宣明(立命館大学大学院准教授)の「実践システム・シンキング(講談社)」では、「対象をシステムと捉えた思考技法」「対象をシステムとしてとらえて分析する思考法は、すべてシステム・シンキングといえる」と定義しています。

定義と構造について詳しく書かれている唯一の書籍が、飯尾要(和歌山大学名誉教授)の「システム思考入門(日本評論社)」で、システム思考は、複雑な社会システムの課題解決のため、「システム」「情報」「制御」という概念ツールを組み合わせてものごとを考えていく思考アプローチと定義しています。
「システム」(要素のつながりや相互作用に着目し全体的に見る)だけでなく、「情報」(要素と全体をつないでいるもの)、「制御」(フィードバック制御、フィードフォワード制御、カスケード制御等)を含めた3つで構成されているのが、システム思考の構造です。

飯尾の本では制御について、上述のように数種類の制御方法について記述されていますが、因果ループ図構造で大事なのが、フィードバック制御です。これはシステムダイナミクスを創ったジェイ・フォレスターが、フィードバック制御の専門家であったことに由来するのですが、こういた背景を知らないと、単にループ図のルールを覚えても、適切に描くのはむずかしいものです。


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