「なぜならIOTとは、事業環境などの「場」をシステムとして捉え、その「場」の課題解決をネットワークと情報を活用して行おうというものだからです。」

今年に入って、新聞やニュースの経済、経営欄でも、頻繁にIOTの3文字が見られるようになりました。
ITや製造業だけでなく、家庭でもIOT技術は取り入れられるようになり、どんな人でもIOTなしでは生きていけない、そんな時代もすぐそこまで来ていると言えそうです。

IOT(Internet Of Things)とは、モノのインターネットという意味ですが、機械や部品などあらゆるものがインターネットに繋がることによって、きめ細かく情報を管理できる。例えば製造途中品の進捗状況や在庫状況、物流状況がひと目で解ることで、効率的なサプライチェーンを構築できたり、一人ひとりの顧客情報や使用情報をリアルタイムで収集できる、ようになります。
家庭では、例えばスマートメータがデバイスごとの電気使用量を計測して、スマホなどでも見ることができ、どの電気機器が電気代を食っているかなどをみて節約に役立てる、冷蔵庫の中の食材から献立サイトに自動アクセスして、夕食のレシピを記載する。などの利用が考えられます。
最近話題のスマートスピーカーなどもIOT技術の利用例です。スマートスピーカーとは家庭内コンシェルジュ(もしくは執事)のようなもので、スピーカーに向かって何か命じると、検索して質問に答えたり、音楽を鳴らしたり、Eコマースで欲しいものを注文したりしてくれるものです。
現在Amazonがシェアトップで、それを追いかけるGoogleは、年内に日本でも発売すると発表しました。

IOTで日本勢の影が薄いのはシステム思考ができないから

ソフトバンクがIOT向けに10兆円ファンドを立ち上げたり、東電が今後IOTを収益の柱とする発表したりという動きはありますが、実際IOTで稼ぐ企業は圧倒的に欧米企業で、最近のパソコン、スマートフォン、そしてインターネット分野と同じく、この分野で日本企業の影は薄いです。
インダストリー4.0、第4次産業革命で主導権を握っているのはドイツですし、IOTで欠かせないAI技術もAmazonやGoogleを始めとするシリコンバレー企業が多くの技術を握っています。

20世紀末までの日本は、たとえ欧米企業に一度は先を越されても、すぐにキャッチアップして、優れた商品を発売し、世界を席巻することができました。
造船、鉄鋼、制作機械、自動車、テレビや冷蔵庫、ビデオデッキなどの家電製品などでは、この手法で成功しました。IOTで同じことができると希望を持つ人も多いですが、そういう訳にはいきません。

一つには、「IOT」という名の製品があるわけではないからです。
IOTという製品があるのなら、日本企業は自動車や家電で成功したように、その性能を高めたり、低価格な製品をだしたりといった事ができる。
確かに部品レベルで言えば、ソニーのセンサーであったり、村田製作所の通信部品であったり、日本製品が使用されているケースは多いです。
しかし、それはあくまで下位部品レベルの話です。もっと上位レベルでいうと、大事なのは優れているかどうかより、規格にあっているか、ということが問われるからです。

IOTは世界にめぐらされるネットワークの上で成り立っています。仮にある企業がものすごく優れた商品を出しても、それがネットワークの規格に合わなければ、価値を産みません。
そしてその規格はIOTでは事実上ドイツとアメリカで決められています。
したがって、個々の技術力の差が製品力の差を決めていた20世紀とは、今は基本的に環境が違うのですが、日本のSTEM教育現場にも見られるように、この現実が浸透しているとはとてもいえません。

最初述べたように、IOTでビジネスをしようとすると、事業環境という場をシステムとして捉え、その「場」のさまざまな課題解決にネットワークと情報を活用して取り組むというまさに「システム思考」の理解が必要なのですが、そのような認識は、現在の日本においてあまり(ほとんど?)見られません。
日本政府や経済界も「IOT時代に日本は取り残される」という危機感を持っていて、IOTに取り組もうとしています。しかし今の方向では、(スマホと同じように)、部品レベルにおいて、日本企業の優れた製品が(今よりも)使われるようになるのがせいぜいということになるでしょう。

(システム思考がほとんど見られない)日本企業は、IOTを活用できない

IOTへの製品供給分野では、ロボット分野などで世界的に優秀なベンチャー企業もあり、まだ日本企業の活躍の場があるかもしれません。
しかしもっと深刻なのは、IOTを活用する側、IOTを導入して生産性を高めなければいけない企業の側です。
IOTの製品供給は、IT企業などに限った話です。しかしIOTを導入する側、つまりほとんどの企業(もっといえば普段の生活でも)が関係するのですが、今の状況では、IOTを導入して生産性を上げるのはまず無理です。

生産現場にしろ、流通現場にしろ、IOTを導入したところで、何も良いことは起こりません。
IOT導入で、効率が良くなり、人件費が安くなる。という喧伝もみられますが、これらはかつて、パソコンなどIT機器の導入、サプライチェーン・マネジメント製品、あるいはERP(Enterprises Resources Planning)製品導入の際にも聞かれた話です。
そして実際には、処理をする情報量が増え、意思決定も難しくなり、余計に人手がかかってしまっているのが現状です。
実際ここ30年ほどの間、日本企業の生産性はほとんど上がっていません。(それが景気にかかわらず賃金や給与が上がらない最大の原因です)
IOTを導入すれば、処理しなければならない情報量は飛躍的に増えます。導入しただけで活用することができない今の状況。
事業環境という「場」をシステムとして捉え、その「場」の課題解決をネットワークと情報を活用して行う「システム思考」ができる人が幹部クラスにいない限り、IOTを導入しても過去のIT製品と同じ道をたどるでしょう。
では導入しなければいいかというと、そんな単純な話でもありません。90年代~21世紀初頭にかけて、大幅に生産性を上げた欧米企業の差は歴然となりましたが、海外進出企業だけでなく、日本に進出するこれらの企業と国内産業もこれまで以上にそうした海外企業と戦わなければならないのです。

システムダイナミクスやシステム思考の重要性に気づき、小学生からその教育を行う米国に比べ、一部の大学、大学院の研究にとどまっている日本。
システム思考(システムダイナミクス)の知識や知見がなければ、効果のあるサプライチェーン・マネジメントを築くことができないことがわからずに、高いITソフトを導入しただけで終わり、後は「個々の優秀な現場の自己犠牲的貢献」に頼ってきたのが日本企業です。

これは、今に始まったことではなく、近代戦争におけるロジスティクス(もともとは兵站という意味の軍事用語)の重要性を理解せず、優秀な戦艦や戦闘機をつくればいいと、むやみに戦線を拡大し、あとは現場で自己犠牲的貢献をさせることを「作戦」と思っていた太平洋戦争時代と変わりはありません。

今の日本の中で光明があるとすると、周りの誰もわかっていない中で、システム思考を理解すれば、それだけで稀有な人材となれる、ということくらいでしょうか?