なぜ「どこよりも真面目な日本」がここまで落ちぶれたのか

「デザイン思考」という言葉が注目されてまだ10年もたっていません。しかし20世紀の高度成長時代が終わり、「人から言われたことをまじめにやれば成功する」という公式が崩れ始め、人と同じことより、差別化とか、個性というものが注目されるようになりました。

学生生活では「人から言われたことをまじめにやる」(一生懸命先生の言ったことを覚える。教科書や参考書の内容を暗記する)のが、成功する(一流大学に合格する)ことで最も大切なことでした。
これは会社(一流会社)に入ってからも通用してきたことで、上司に言われたことを一生懸命行う。そうすれば会社で出世することができて、定年前には部長や取締役になって、退職金をたっぷりもらい、幸せな老後を築くことができる。

なぜこのような「人生設計」が可能だったかというと、日本は戦後の焼け跡から出発し、ひたすら、欧米の後を追いかけていけば良かったからです。
進んでいる欧米の技術を模倣し、それを真面目に創り上げて、精密な製品を創出する。電気製品や自動車製品、コンピュータ製品がその代表といえますが、そうやって1980年代には世界一の工業製品を次々と世界市場に展開しました。

しかしTOPになるということは、“目標を見失う”ということでもあります。80年代には、「アメリカに学ぶことはない」と豪語する経営者が続出し、また欧米からも「Japan As No.1」などとおだてられていました。
しかし、90年代以降、日本は奈落の足へ向かうように、真っ逆さまに落ちていきます。
今でも日本は先進国ですが、1人あたりのGNPは世界で22位。89年には米国を上回る4位で、もちろんアジア・太平洋地域No.1だったのですが、今や香港やシンガポール、オーストラリアを下回る水準に過ぎない国にすぎません。

これは「画一性」「人から言われたことを真面目に頑張る」日本社会の長所が、時代遅れになってしまったことで、今は、多様性、ダイバーシティ、個性といったものが注目されるようになった理由です。

なぜデザイン思考が注目を集めているのか

今や、私たちの周りは便利で高性能な製品で溢れ、必要なものはほとんど手に入る状態となりました。これはとても素晴らしいことではあるのですが、これ以上ものは必要ないという状態は、「物が売れない」ということで、企業としては困った状態とも言えます。

昔の日本は、ある意味「お腹が空いていた」(実際昭和30年代くらいまでは文字通りこの状況でした)のが、今や常に満腹状態で、「いくら価格を安くしても、美味しいものをつくっても、なかなか食べてもらえない」のが今の日本です。

そうなると、今の時代必要なものは、快適さ、楽しさというものになってきます。
感性消費とか、モノからコトへ、などという言葉を聞いた人も多いと思いますが、価格や性能(製品スペック)という目に見える尺度から、“目に見えない”感情に訴えるものが、製品にも必要になってきます。

そういう中で、注目されたのが「デザイン思考」です。

デザイン思考とは、「デザイナーが作品をつくる過程の思考方法」を言います。
あらゆるデザイナーには人と違ったものを創ることが要求されます。芸術品の復旧のような模写が必要な分野もありますが、それ以外では、どんなに優れた技術であっても、人と同じ作品を創ってしまったら、「モノマネ」「パクリ」と批判を浴びます。

これは今の時代の経営にも必要な発想ということで、この「デザイン思考」が、商品デザインのジャンルを超えて、経営などの分野でも注目を集めるようになりました。

システム・デザイン

IDEOのデザイン思考

「デザイン思考」という言葉をつくったのは、シリコンバレーにあるデザインカンパニー「IDEO」と言われています。創業者のケリー兄弟は、アップルの初代マウスを設計したことで有名ですが、この会社が注目を集めたのは、スーパーやショッピングモールで使う、ショッピングカートの設計でした。
これがTVのドキュメンタリー番組で放送されたことが評判となったのですが、評判になったのは、設計されたショッピングカートそのものではなくて、設計チームがアイデアを出し合って、カートのデザインをすすめていく、その過程や方法論だったのです。

後にIDEOはこの過程を公表し、またスタンフォード大学のd-schoolという講座でこの方法論を教えるまでになりました。

今、日本でも各地で「デザイン思考ワークショップ」が開催されていますが、これはすべて、このIDEOの方式をベースにしたものです。

IDEOのデザイン思考は以下の5つのステップからなります。

1. 共感(Empathize)
2. 問題定義(Define)
3. 創造(Ideate)
4. プロトタイプ(Prototype)
5. テスト(Test)

顧客に共感し、課題や問題を定義する。その解決のための手段のアイデアをだしたり、実際に形にしてみる。プロトタイプ(模型やプレゼンの資料など目に見えるもの)を素早く作って、顧客とテストをする。
この1から5までは、一回ではなく、何度も繰り返していく。

これがデザイン思考のステップと呼ばれるものです。

デザイン思考ワークショプの実際

デザイン思考ワークショップでは、上記の5つのステップを、チームを作って実際に行う形式を取ります。
例えば私の通う慶応大学システムデザイン・マネジメント研究科の「デザインプロジェクト」では、半年かけて、実際のクライアント(企業や自治体等)の課題をデザイン思考のプロセスを学びながら、実際に提案書をつくり、クライアントの前でプレゼンを行います。

また1日~数日のセミナーやワークショップも様々な団体により開催されているようです。
また企業研修などでもデザイン思考ワークショプが行われることが最近特に多くなってきました。
この場合は、決められたお題に対して、実際にチームごとにアイデア出しをおこなって、プロトタイプをつくるまで。つまり上記のプロセスの3と4を行うワークショップです。

多くの場合行われるのが、「◯◯について、新しい使い方を提案してください」といった課題を与えられて、ブレインストーミングやワールドカフェなどの手法で皆の発想を拡張させて、様々なアイデアを出し合い、たくさん出たアイデアを親和図法、KJ法などの手法で収束させて、プロトタイプをつくる。という一連のやり方です。

「集合知」という言葉がありますが、自分とは違った発想の人たちと、意見を出し合うのは、自分が普段無意識に形成していた「思考の枠」に気づいて、それを取り払うきっかけになることが多いです。

ブレインストーミングで良いアイデアは『出ない』

私自身慶応SDMが主催するプロジェクトで、デザイン思考のワークショップのお手伝いをさせていただくことが多いですが、特に企業研修などで留意することが必要なのは、あくまでもワークショップはワークショップに過ぎないということです。

社員にデザイン思考の重要性に気がついてもらったり、アイデアを出すには集合知、様々な発想の人と意見交換して、自分の意識の枠を取り払うこと、発散と収束を繰り返すこと。などの感覚を学んでもらうこと。
デザイン思考は、本を読んだり覚えて身につけるものではないので、こういったワークショップは非常に有益です。

しかし、勘違いしてほしくないと思うのは、ワークショップがうまくなることが、デザイン思考をマスターすることではないですし、ブレインストーミングをいくらやっても、それが「アイデアを出す能力」の向上につながるわけでもありません。

早稲田ビジネススクールの入山章栄准教授が著書「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」で書いていますが、経営学や社会心理学で行われている様々な研究では、「ブレインストーミングで良いアイデアは出ない」とされています。
実際職場では、人間関係に影響して萎縮する。自分の意見も他人の意見に遮られることが多く広がらない。などが言われ、アイデアを各自醸成して持ち寄ってからすり合わせたほうが良いアイデアがでるケースが多いと報告されています。

課題解決にはシステム思考が必要

新しいアイデアがなぜ必要化いうと、おおくの組織や個人では様々な課題があり、その解決手段を必要としているからです。

そのためには、課題の本質は何か、何が問題で、どうしてそういう問題が起きているのかということを知ることが重要です。そこを間違ってしまうと絶対に必要な解決手段は生まれません。
IDEOのステップでいえば、1(共感)、2(問題定義)が大切ですが、表面的な観察や顧客の声の収集だけで終わることなく、構造やメンタルモデルまで踏み込まないと、問題の定義はできないのです。
ここにシステム思考が必要な理由があります。
慶応大学システムデザイン・マネジメント研究科では、システム思考、デザイン思考を融合させて、様々な複雑な社会問題の解決に、様々なプロジェクトを通じて取り組んでいます。