マイクロソフトとその創業者であるビル・ゲイツの名を知らない人はほとんどいないでしょう。
Windowsは、世界のパソコンの9割ものシェアを持ち、マイクロソフトは世界有数の企業。そしてビル・ゲイツはマイクロソフトの経営からは引退しましたが、今なお世界一の大富豪としても知られています。

マイクロソフトは、1980年、ハーバード大学の学生であったビル・ゲイツとポール・アレンが起業しました。
ちょっとしたプログラム知識を持っただけの、たった2人の零細企業が、10数年たらずで世界有数の大企業にまで成功した理由は、実はシステム思考に求めることができます。

その成功法則は、システム思考の定石に従ったものでした。

それは最初のうちは、既存のビジネスシステムを活用する。その後に、自分自身で新たなビジネスシステムを構築する。というものです。

マイクロソフトの成功のターニングポイントとして知られているのが、IBMとのOS供給計画です。
IBMがパソコンに参入しようとした時、問題になったのは、どういったオペレーションシステム(OS)にするかということでした。
その時、候補に上がったのが、デジタルリサーチ社が開発していたOSでしたが、たまたま社長が不在だった(つまりデジタルリサーチはIBMとの提携にそれほど熱心ではなかった)ので、マイクロソフトを訪問したところ、ビル・ゲイツ以下総出で担当者を出迎え、その対応の良さにマイクロソフトのOS(DOS)を採用しました。

しかし本当はその時点では、マイクロソフトはDOSを完成すらしていませんでした。
IBMの採用が決まってから、急ピッチでOSを完成させたのですが、その時他社のOSのコードを勝手に使ったとも言われ、訴訟になっています。いずれにせよ、IBMはマイクロソフトのOSを元にパソコンを販売し、しかもその仕様をオープンにしたことで、他社参入が促されて、DOS/Vがパソコンの事実上の統一仕様となりました。

ここまでは、マイクロソフトはIBMのビジネスシステムをうまく活用してきた時代です。ここまでで終われば、マイクロソフトはIBMの下請け企業で終わっていたかもしれません。
このような商法はコバンザメ商法などと揶揄されることもありますが、とっても有効な手法のひとつでもあります。
しかし多くの場合下請けは請負元に左右されます。
下請けー元請けの関係は、未来永劫続くわけではありません。日本でも多くの下請け企業が苦しんでいるという話もあちこちで聞かれます。

それを大会社の横暴という文脈で語られることもありますが、実際にはそういう単純なものでもありません。

マイクロソフトの場合もDOSがいつまでOSの共通市場でいられるかわかりません。またIBM自身パソコン市場から撤退するかもしれません。(実際そのとおりになりました)

Appleがマッキントッシュを発売し、GUI(Graphical User Interface)が今後の主流になるとみるや、ゲイツは成長の鍵であったIBMとの提携を解消し、GUIを採用した次世代OSであるWindowsの開発に経営資源をシフトさせます。
そしてDOS/Vで構築できたビジネスシステム、~様々なパソコンメーカーとのつながり~をベースにWindowsという独自のビジネスシステムを構築していったのです。

活用から独自の道へ。このように会社戦略を変えたビル・ゲイツでしたが、彼がそのビジネスシステムを構築するにあたり、参照したシステム原型は一貫していました。
それが「成功には成功を」というシステム原型です。
システム原型についてはこちらを参照)
一度成功の道筋(つまり成功のビジネスシステム)を作れば、それがまた新たな成功を呼び込む。
当時のマイクロソフトの戦略である、プリインスール(販売するパソコンに予めWindowsをインストールしておく)、そしてインターネット閲覧ソフトであるインターネット・エクスプローラー(IE)の無償化(これで、この分野で先行していたネット企業のネットスケープを潰すことができました)、ビジネスソフト(Word、Excel)のパッケージ化(これでDOS/V時代にTOPシェアであった一太郎を有するジャストシステムや表計算ソフトのロータスが打撃を受けました)には、「成功には成功を」のシステム原型そのものの戦略であることがわかります。
マイクロソフト製品のリリース時、Windowsにせよ、WordやExcelにせよ、製品自体は決してライバル製品(MacOS、一太郎、ロータス1-2-3)より優れているとはいえなかったと思います。しかし圧倒的にライバル製品を打ち負かしてしまいました。

ビル・ゲイツの語録を読むと、これは決して運や偶然ではなく、彼はビジネスにおいてシステム思考を意識して戦略をたてていたことがよくわかります。(「システム思考」ジョン・D・スターマン著 東洋経済新報社 から引用)

「このネットワークにはすでに十分なユーザーがいるので、自己強化型ループの恩恵を受けている。ユーザーが増えれば増えるほど、コンテンツが増え、そうすると更にユーザーが増えるのだ」(レッド・ヘリング誌 1995年10月号のインタビュー)
「ウィンドウズNTがずば抜けて大容量の汎用サーバー・プラットフォームであることが広く認知される時が来た。その成長に私たちは驚かされ続けているが、これは自己強化型ループだ。我が社のアプロケーションが増えると、NTサーバーの人気が高まった。NTサーバーの人気が高くなると、我が社のアプリジェーションも増えた」(コンピューター・リセラー・ニュース誌 1996年9月23日号)
「製品についての意見してくれる人が数百万人もいる企業はそうはない。(中略)我が社には、製品についての電話を受けたり、起こったことをすべて記録したりするスタッフが米国だけで2000人います。ですから、私たちは市場を含めた、よりよいフィードバック・ループを回すことができます」(マイクロソフト・シークレット)Cusumano and Selby 1995

ビル・ゲイツが世界一の大富豪になるまで成功したのは、プログラム技術でも、独創的で良い製品を考え出す能力ではありません。また彼に関する伝記を読むと、人望が厚くまわりに優秀な人が集まって来た、というのでもなさそうです。(オタクで偏狭的な性格だったとはよく語られます。)
システム思考を理解し、それに基づいて戦略を立てることができたのが、マイクロソフトが勝利した最大の要因であったといえるでしょう。

マイクロソフトの今後はどうなる?

現在、マイクロソフトのビジネスの柱は、クラウドサービス等、企業向けサービスです。
マイクロソフトは以前から、企業向けサーバー、ビジネスソフトを通じ企業へのサービスを強化していました。
ビジネスパースンの殆どが日常の業務でWordやExcel、PowerPointを利用している現状で、この戦略は正しいといえるでしょう。
ただし、モバイル市場やタブレット市場では、マイクロソフトの戦略は成功しているとは言えません。
2015年、マイクロソフトは、かつての世界一の携帯電話企業、ノキアのモバイル部門を買収しましたが、Windows Phoneは、iPhone、iPadを有するIOSやAndroidのはるか後塵を拝しています。

モバイルやタブレットを左右するのは、アプリのプロバイダーとのつながりです。アプリ制作者は、その端末の利用者が多ければ使用料が増えるので、制作意欲がわきますが、利用者が少ないプラットフォームでわざわざアプリを作成しようとは思わないでしょう。
ここにも「成功には成功を」のシステム原型が働いています。

こうした中で、マイクロソフトがスマホやタブレット市場でアップルやGoogleのように成功させようと思えば、よほどのインセンティブをプロバイダーに与えない限り難しいと思います。

最近発表されたモバイル戦略(Surface Phone)では、iPhone やAndroidの戦略とは異なり、Windows Applicationやクラウドサービスとの連携に特化したものとなるようです。
CEOのサティア・ナデラによると、「現状のマーケットで主流となっているデバイスとは別のアプローチで市場に切り込んでいく。独自のやり方で究極のモバイルデバイスを送り出す。サブスケールなカテゴリになるかもしれないが、特定の機能を求めるユーザーをターゲットとした製品で差別化を行っていくつもりだ」
ビジネスや企業向けに特化したモバイル端末と考えていいようです。

日本能率協会主催「DX時代に求められる「3つの思考法」入門セミナー」開催


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