一般的にポジティブ・シンキングは好ましいものとされています。
科学的研究でも、にっこり笑うだけでポジティブな感情がわきあがってくることが確かめられています。

ただし、笑うように「強制」されるような場合はそうではありません。
「ポジティブに考えなければいけない」という強迫観念にまでなってしまうと、効果がないどころか、逆効果ともいうべき状況になります

往々にして現代人は、「ポジティブが好ましい」が行き過ぎて「ネガティブなことを考えてはいけない」となってしまいがち。
この原因は「キリスト教ニューソート派」が布教の為広めた「ポジティブ・シンキング」「引き寄せの法則」という教義の影響と言われています。

実は行き過ぎたポジティブ・シンキングには弊害がたくさんあります。

たとえば太平洋戦争最中の日本(特に真珠湾攻撃後1~2年)は、超ポジティブでした。
日本軍の進撃に国中が沸き立ち、日本の勝利を疑うものはほとんどいなかったといいます。

でもその中で冷静に日本とアメリカの国力を比較して、行く末に疑問を持った人が疑問を言おうものなら、「非国民」として村八分になる雰囲気でした。

でも日本よりも現代の米国のほうがもっとポジティブなお国側といわれています。
2000年の一般教書演説で、ビル・クリントン大統領は「我が国で、内政的危機も対外的脅威もほとんどなく、これほどの繁栄と社会的進歩を遂げるということは、かつてなかった」と演説しました。

その数月後、アメリカでITバブルの崩壊がはじまりました。

そして2001年9月11日には、あの世界を震撼させた同時多発テロ事件が起こりました。

しかし、この同時多発テロ事件にはいくつもの兆候があったといいます。
バーバラ・エーンライク氏の「ポジティブ病の国、アメリカ」(河出書房新社)によると、実際世界貿易センタービルは、それ以前1993年にもテロ事件が起きており、米国攻撃のターゲットであることは知られていたそうです。
2001年夏には、航空機を使った攻撃が起こる可能性を示す様々な兆候があって、複数の操縦士訓練学校から疑わしい生徒がいるという通報がありました。しかしこういう不穏な兆しをだれも気に留めなかった事実については、後日に「想像力の欠如」だとされました。
ところが、じつは想像力は十分に働いていたのです。思い描かれていたのは、難攻不落の国家や、無限に成長し続ける経済でした。
欠如していたのは、最悪の事態を想像する能力、あるいは姿勢でした。

そんなアメリカもITバブルや911からわずか数年でポジティブさを取り戻します。
2000年代半ばに経済が上向くと、ポジティブ・シンキングのイデオロギーは楽観主義、自分は思う(イメージする)ようになって当然という意識を持ちます。ロサンゼルス・タイムズのレポートによると、その記者の妹は「ザ・シークレット」のDVD版を見たあと、自分はこの品を手に入れて当然だと思うようになって高価なカバンを購入してきて、その記者に「きれいなバックでしょう。私が現実化したの」と言ったそうです。彼女はDVDを見た後すぐにアメックスのカードを握りしめてショップに走ったそうです。
そういった彼女たちの債権は証券化という金融テクニックで、金融資産に生まれ変わりました。
それの資産を得た金融機関はその資産をバックに、どんどんお金を貸し付けます。
そして、人は「◯◯が欲しいと願えば、それは現実化するんだ」と信じ、また現実化されます。
そしてその借金は、また証券化され、魔法のように金融資産に生まれ変わります。

その金融資産の名前は。。もうご存知ですね?
「サブプライム・ローン」といいます。

このサブプライム・ローンの破綻は些細な形で始まります。
上記のの例のようなバックを買った彼女か、あるいは他の誰かが、カード等で払った借金を返せなくなった。
そうすると、証券化された金融資産の価値がなくなる。
その金融資産を担保にお金を貸していた金融機関はその融資を引きあげざるを得なくなる。
融資を引きあげられたら、その相手の個人や企業は破産せざるを得なくなる。
その企業に務めていた人は仕事を失い、カードや借金が返せなくなる。
そしてまた、証券化された金融資産は価値を失う。

システム思考の基礎中の基礎である、「自己強化(ポジティブ)ループは、何かのきっかけで、急速に逆回転する。」がおこりました。
市場では金融資産の投げ売りが起こり、その波紋でサブプライム・ローンの信用不安が起こってわずか1年で、創業150年、資産総額7千億ドルで従業員3万人を持つ、格付けAAA(いずれも2007年当時)のリーマン・ブラザーズがあっさり倒産しました。
このリーマン・ショックが世界的に広がり、世界恐慌一歩手前まで行ったのは御存知の通り。

先にも書いたように、ポジティブ・シンキング自体は決して悪いことではありません。特に状況が悪いときにポジティブに考え、諦めない姿勢は、とても大事です。
しかし、常にポジティブでなければならない。ネガティブなことを考えてはいけない。というのは、国家や民族の破壊という最悪のケースすら招いてしまうおそれがあるのです。