プラス思考が至上命令とされ、なんでもかんでも「ポジティブ・シンキング」で思考停止に陥っているアメリカの、笑うに笑えない病根を鋭くえぐる!「ニューヨーク・タイムズ」紙も絶賛!

楽観的であることを強いられる社会、プラスシ思考万能主義という病!
望めば何でも手に入り、思い通りになる? リストラもチャンスとらえろ? 医療、宗教、そして会社も楽観主義に冒され、ネガティブな人は解雇され、社会不合理も「笑顔とやる気」で乗り切れることを強いられる。もはやイデオロギーと化したポジティブ・シンキングがはびこる異様な社会を痛烈に描く!

ポジティブの国、アメリカ(バーバラ・エーンライク著 中島由華訳:河出書房新社)
原題は『Bright-sided: How the Relentless Promotion of Positive Thinking Has Undermined America』(ポジティブ・シンキングの苛烈なプロモーションが、いかにアメリカを弱体化させたか)

去年(2016年)の11月、アメリカ大統領の大統領が決まった瞬間、私はインドにいて国際学会の発表の準備をしているときでした。
一緒に行った仲間も含めて、ヒラリー・クリントンの勝利を疑っていなかったので、皆でびっくりしました。
そしてすぐに思い浮かんだ疑問は、「世界唯一の「超大国」であり、世界をリードしている存在である筈のアメリカ人は、何故こんな選択をしたのだろう?」ということです。

この本を読んで、少しその理由がわかった気がしました。
私たち日本人が仕事などを通じて会うアメリカ人の多くは、ニューヨークなどの東海岸、あるいはシリコンバレー有するサンフランシスコやロスアンゼルスなどの西海岸に住む人達。知的レベルも高く、陽気で根は親切な人たちです。
彼らはまさに「アメリカンドリーム」の申し子とも言うべき存在でした。

しかしそういう人たちは、実はアメリカ人の中では少数派なのかもしれない。
そのことが露呈したのが、2011年の「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」ではないでしょうか。
『We are the 99%』のスローガンのとおり99%nの人々は格差社会に絶望している。そしてウォール・ストリートの代表者と見られたひらりーよりラストベルトのPoor Americaの代表である(と本人は主張していた)トランプを自分たちの代表にしました。

「ポジティブ病の国、アメリカ」の訳者あとがきで、この本の意図するところがわかります。(以下引用)

アメリカにしっかりと根を下ろし、あらゆる分野に入りこんでいるポジティブ・シンキングについて、歴史上どのようにして誕生し発展してきたかを探るとともに、こういう思考法をむやみに用いればはめつてきなじたいにもなりかねないことを警告するものだ。じっさい、誤った科学的根拠を与えられている「引き寄せの法則」ー 望みのものを思い描けば、現実にそれを引き寄せることができるという法則 ー を含め、何にせよ前向きに考えればそのうち事態は好転するという現在のアメリカにはびこる思い込みを、ばっさりと斬る内容になっている。

アメリカには、人間の「繁栄」は紙の望むところであると説く牧師たち、繁栄のためには悲惨なニュースを排除し、明るいニュースだけ見聞きすればいいと教える導師たちがいる。ポジティブ・シンキングは健康を助けるという説を唱える医学者たちも。いまや「ポジティブ心理学」という新しい学問すら出現している。企業の経営者は、業態不振によってリストラに踏み切ったり、人員削減ののち仕事量をどっと増やしたりするさいに都合のいいよう、社員にポジティブ・シンキングを推奨する。経営者自身、ネガティブな面を見ようとしないせいで危機感を持てず、舵取りを誤ることもあるのだ。

世界経済危機となったリーマン・ショックの発端であるリーマン・ブラザーズの経営破綻とサブプライムローン問題は、ポジティブに偏った思考によって引き起こされたと説くこの本が米国で出版されたのが2009年。この本が直接2011年の「ウォール街を占拠せよ」に影響を与えたのかどうかはわかりません。少なくとも、数多くの兆候が報告されていたのに米本土が海外のテロ組織などに攻撃を受けるはずがないと見逃した911やリーマン・ショック後の米国社会を反映して、この本が出版され、「ウォール街を選挙せよ」「トランプ大統領誕生」につながる流れがあることに違いありません。

日本でこの翻訳本が出版されたのは、その翌年の2010年4月です。
私自身がこの本の存在を知ったのはごく最近なので、出版当時に評判になったのか、あるいはまったくならなかったのか、そのあたりの事情はわかりません。

ただし少なくとも「安全神話」を心から信じ、追加の安全策(非常時の全電源喪失に備えた対応策)の稟議を却下した福島原発に関係者が、この本を読むことは、おそらくなかったことでしょう。