「引き寄せの法則」は、米国で19世紀半ばに始まった異端のキリスト教宗派「ニューソート」の教えを基にしています。

「ニューソート」を興したのは、フィニアス・パークハースト・クインビーという名の時計職人。

彼は若いころ病気に苦しんでいましたが、メスメリズムに出会い、その後治療者への道を進みます。

メスメリズムとは、オーストリアの医師、フランツ・メスメルが確立したいわゆる催眠治療のことです。
今ではメスメルは催眠や催眠術の元祖と知られていますが、当時は「宇宙的流体」とか「動物磁気」が病を治すと唱えられていました。

クインビーの治療は、当時特に婦人の間で流行していた、精神疾患、特にヒステリーの治療に大きな効果を上げました。
医者に通っても全く治らなかったのが、クインビーとちょっと話をしただけでケロッと治ってしまう。
たくさんの人がクインビーの元に訪れるようになります。

まるで、ナザレのイエスが病気治療を行い信者を増やしたのと同じ。

「夕暮れになると、人々は悪霊に憑依されたものや病人を伴って、イエスのもとに集まってきた。イエスは人々に取り付いている悪霊を追い出し、多くの病を患っている者を癒やされた」
「らい病に罹った一人の男が,イエスの元を訪れて膝まずいて訴えた。『私の御心を清めていただけますか』。イエスは深く憐れみ、手を伸ばし、彼に触りながら『そうしてあげよう。清くなれ』と言われた。そうすると,その男のらい病が直ちに去り,その人は清くなった」
(マタイによる福音書)

クインビーが病人に対しておこなったことも、まったくイエスと同じこと。すなわちクインビーは、自分もイエスと同じ能力を持っていると考えました。
といっても自分自身が神になったわけではなく、宇宙的流体とつながることで誰もが「病を治したい」という願いをかなえることができるのだと考えたのです。
このクインビーの治療を受け、また自身も治療家になって、そしてニューソート派の中核とも言われる「クリスチャン・サイエンス」を立ち上げたのが、メアリー・ベーカー・エディ。
メスメルの宇宙的流体の考えを拡張し、「宇宙は神にあふれている」と唱えます。
また人類の原罪を否定し、イエスは神ではなく、クインビーやエディ自身と同じ預言者に過ぎないと主張しています。

この考えのルーツとなったのは、三位一体説を否定した、ミカエル・セルヴェトゥスとエマニュエル・スウェデンボルグ。
セルヴェトゥスは、三位一体の考えは間違っていると主張し、カトリック教会も改革派のプロテスタント双方を批判し、そして捕らえられて火あぶりの刑に処せられます。
スウェデンボルグは、霊界や太陽系の他の惑星にも旅行したなどと記していることから、UFOやオカルトに関する本によく登場するので名前を聞いたことのある人も多いでしょう。

ニューソートの教えでは二元論(物質と精神)ではなく一元論。つまり「精神」や「思考」がすべてを決めるとされています。
病気はすべて精神的なもの、治ると信じれば治る。
宇宙と一体化すれば、病気も治るしすべてはうまくいく。
何より自分たちの治療は医者より優れているではないか。というわけです。

クインビーやエディの生きた19世紀の医者の治療といえば、ヒステリーは血の気が多いのが原因なのだから、体の血を抜くのが「治療法」といわれていました。(場合によってはヒルに血を吸わせていた)
血を抜かれた人は当然貧血状態、意識朦朧となりますから、一見ヒステリーが治ったように見えます。

何しろフロイト以前、ユング以前で、潜在意識という言葉もなかった時代です。
メスメル式の催眠治療、当時の言葉でいえば宇宙的流体の治療法、そしてニューソートの教えが、「正しい」「科学的だ」と広まったのは無理のないことかもしれません。

ニューソートはその教えを広めるために、通常の布教活動と合わせて、「出版」を大いに活用しました。
時代は産業革命勃興期。
人類に原罪はない。だれもがイエスと同じように宇宙(=神)とつながることができる→自分も祈れば願いがかなう力がある。という趣旨の雑誌や本が数多く出版されました。
中でも、ニューソートの布教家のラルフ・ウォルドー・トラインが1887年に書いた「幸福はあなたの心で」は全米で150万部全世界でも400万部以上売れたベストセラーになります。
この流行に乗って、20世紀前半に出版されたのが、「ザ・マスターキー」「人間磁気(引き寄せ)の法則」「思考は現実化する」などの書籍です。

また、「眠りながら成功する」でおなじみのジョセフ・マーフィーもニューソート派に属するデヴィアン・サイエンス教会の牧師です。
マーフィーもまた、トラインと全く同じ内容の本を40冊以上も出版しました。
これらの多くは日本でも翻訳され、これに触発された多くの自己啓発家がまた数多くの本を出版しています。

これらはすべてニューソート派の布教活動で書かれた本の孫引きだということを、どれほどの作家が自覚して書いているのでしょうか?
(もちろん謝世輝さんのように「ニューソートの教え」としっかり謳っている方もいらっしゃいますが)

なおトラインの本を日本語に訳し出版したのは新宗教「生長の家」の創始者谷口雅春氏です。
米国では「生長の家」はニューソート派最大の宗教団体とからはみなされています。