危険なアート思考
先日の「ビジネスイノベーションのためのアート思考ワークショップ」は、開催地の東京近郊の方々のみならず、遠く大阪や海を渡った四国まで全国から、ワークショップ参加者に集まっていただきました。
ワークショップのタイトルがタイトルですので、ビジネスパースン、あるいはご自分でもワークショップを開催される方、コンサルタントなどが多かったのですが、お一人だけですが学校の先生もいらしていただきました。
私はちょっと不思議に思って先生に声を掛けました。
(注 以下会話に一部脚色があります。)
ワタシ「今日はどのような目的で参加されたのですか?」
先生「実は生徒にアート思考を教えようと思って、それで学びにきたんです」
ワタシ「そうですか…。それはなるべくなら、おやめになったほうがいいんですけどね。」
先生「えっ? どうしてですか?」
ワタシ「今日体験されたように、アート思考のワークショップをすると、生徒さんがあたかもアーティストのように自分のやりたいこと、自ら取り組みたい課題に向き合ってしまう可能性があります。そうすると、先生の与えた課題だけを考えるのではなく、自ら考えた課題や自分の存在目的を考え始めてしまうかもしれません。」
先生「そうなんですか?」
ワタシ「それだけじゃなく、自主的、自律的に動こうとして、セルフマネジメントを身に着けてしまうかもしれないんです。」
先生「私や親御さんが進路を押し付けようとしても、従ってくれなくなるかもしれませんね」
ワタシ「そのうえ、物事を全体的に見ようとする姿勢がついて、学校全体や社会全体のことも考えてしまい、『先生の存在目的はなんですか?』などと生徒から聞いてくるかもしれないんです」
先生「そりゃ大変だ。生徒にアート思考を教えるのはやめます」
(という感じ、話にちょっぴりかなり脚色があります。(最後の先生のセリフは本当は「ぜひ『広めたい』です。」))
実は、アンケートを読み直したところ、ワークショップに参加した会社員の方からも、「これって、組織開発にもいいかもしれませんね」という意見がありました。
これは特に経営者の方々に、お伝えしたいのですが、「アート思考」は起業家や事業家、経営者の方々のイノベーション・スキルを高めるために開発したのであって、従業員のために作ったのではありません。これを従業員に教えてしまうのは危険です。
アート思考のワークショップをやってみて判明した、この手法を組織開発に使用することが、なぜ危険なのかをお伝えしたいと思います。
なぜアート思考を組織開発に使うのは危険なのか
理由その1
従業員が自分自身の課題や場合によっては会社の課題を見つけてしまう。
ジョン・マエダ氏は、デザインとアートの違いについて、
「Design is a solution to a problem. Art is a question to a problem.」と説明しています。アート思考は、課題解決ではなく、課題の認識や問いを提起するものです。それまで会社の一員として疑問なく従順に働いていたのに、アート思考を覚えることで、突然自分自身の課題、場合によっては、あなたが隠していた会社の課題まで認識して「なんとかしましょう」と言ってくるかもしれません。管理職として平穏に過ごしたいあなたにとっては迷惑千万な話ですよね。
理由その2
従業員が自分の「存在目的」を認識してしまう。
アート思考は、アーティスト(芸術家)が芸術を生みだすときに使っているその思考プロセスを活用して、 豊かな生き方やビジネスを創造するものですが(芸術思考学会のHPより)、アーティストの思考プロセスとは、「自分の気持ち」をカタチにして人と共鳴することです。
もしあなたの部下が、「自分の気持ち」に気づき、それをカタチにしようとしてしまったら。。。
例えば、ありがたくも社長や創業者が創った社是や理念に異を唱えてしまうかもしれません。会社が押し付けようとした理念に反して自分の存在目的に従った行動をしてしまう。考えただけでも恐ろしいです。
理由その3
従業員が自律的に動いてしまって、自己組織化してしまう。
理由その2にも書いたように、アート思考では、自分の気持ちをかたちにして人と共鳴するプロセスがあります。ワークショップでも、最初に組んだグループがバラバラになって、なんと勝手に自分たちで、共鳴、共感する者同士でグループを組みなおしてしまっていました。ファシリテータの私が「誰と誰が組んでください」と命じていないのに。なんてやつらだ。
会社でも、それぞれ従業員の想いが共鳴して、自己組織化的につながってしまう恐れがあります。上からの指示に従うのではなく、自分たちで自律的に自己組織化してしまう。アート思考を知ったばかりに。
会社のピラミッドが崩壊してしまう危機に陥るかもしれません。あなたの管理者としてのポジションも意味ないものになってしまうかもしれないのです。
社員の横のつながりは断固として防がなければいけません。
理由その4
デザイン思考ワークショップがつまらなく感じるものも出てくる。
「アートシンキングとは?「良い子のままじゃ、イノベーションなんか生まれない」 不確実性の時代を突破するフレームワーク。自分が本当にやりたいことを見つけるワークショップが日本に上陸」の記事から引用します。
スタンフォード大がデザインシンキングの教室をオープンしたのは2005年のこと。だが、同大で起業家プログラムを教えてきたチャック・イーズリー准教授は、デザインシンキングでは解決できない課題も抱えていた。彼の悩みを、アメリカを拠点に事業開発兼投資家として活動する奥本直子さんは代弁する。
「シリコンバレーの起業家の考え方は、大きな海原の中で魚が集まりそうなところに船を漕ぎ出して、網を投げ、魚を捕るという感じなんですね。捕まえた魚が大きければ大きいほど、イグジット(会社の売却)につながるという考え方です。『市場はあるか』と問い、そしてさらに、『市場に対して、良いプロダクトやサービスをどのように提供していけばいいか』を考える。
この流れではまず、魚がどこにいるかを探すようになります。大学でも『マーケットの機会創出が大きいからこのソリューションをつくろう』とか、『こうすると大企業に買収してもらいやすい』などイグジット出来るかどうか考え、デザインシンキングなどで改善をしながら素晴らしいプロダクト/サービスを作り、市場に出していくことを授業で学びます。「しかし、卒業する生徒たちに『あなたはこの授業で素晴らしいプランを作成したから、卒業したらこれで会社を起こすんだよね?』と聞いても『No』と言われる。『どうして?』と問うと、『興味ないから』と返ってくる」
「イーズリー氏はそれを何度も経験して、『やはり起業家精神というのは、内面から湧き起こってくる社会的課題を解決をしたいという思い、パッションがないとダメなんだ』と気がついたんです」
アート思考のワークショップを体験して、自分が本当にやりたいことを見つけることを考え、イノベーションを体験する楽しみを知ってしまうと、デザイン思考のお題、「新しい〇〇について考えましょう」というのがつまらなく思えてしまう恐れがあります。
日本の美徳はクライアント第一、お客様の要望は絶対。です。クライアントからの設計変更が金曜日の夜中に来たら、土日出勤して月曜日の朝には解答するのが、デザイン会社や広告会社の勤務実態です。(〇〇年くらい前に実際に勤務していた筆者の経験談)
そんなお客様の課題解決をするためのデザイン思考ワークショップをつまらなく感じてしまう。そんなことがあってはなりません。
いかがですか。
アート思考を組織開発にうっかり使ってしまうと、こんなことが起こってしまうかもしれないのです。
おそらくこれ読んだ方は、「ああこの著者は、この手法を「組織開発」に使ってほしくて、こんな冗談めいた記事をわざとらしく書いているんだな」と思っていると思います。
違います。
特に、以下に当てはまる人は「絶対に」使ってはいけません。
・組織改革をして自分の手柄として評価されたい(出世したい)マネージャー
・従業員が結果を出して、自分の地位は安泰になると考えている経営者
・部下の手柄は自分の手柄と思っている部課長
過去最もイノベーティブなアーティストとして、私が思い浮かべるのはBeatlesですが、彼らはデビューから解散までたったの7年です。解散後半世紀になろうとしているのに、今も人々の心に残り、様々なアーティストにカバーされ、今だに新しいアルバムも発売されていますが、そのBeatlesとして彼らが仲良く(?)コンサートやツアーしてたのはせいぜい3~4年に過ぎません。
ブライアン・エプスタインは、彼らを見いだし世界的なアーティストに育てたマネージャーとして知られますが、自身はアスピリンの過剰摂取が原因で32歳の若さで死亡しました。
アートは上司や組織にとって劇薬にもなりうる。用法容量を正しく守・・・らなくてもいいですが、「覚悟」を持ってお使いください。(笑)