1月22日におこなった「ビジネスイノベーションのためのアート思考ワークショップ」には、多くの方に参加いただき、またそのあとの懇親会でもいろいろな感想やご意見をいただいたのですが、その中で、グループワークの場で意見や考えの「収束が難しいと感じました」というのがありました。

実は、このご意見を述べられた方は、「デザイン思考」に精通されている方だったので、拡散したあとは収束させる、というのが当然という意識があるわけです。
私自身も、ずっとデザイン思考に触れて来ていたので、ワークショップ設計やファシリテーションの言葉の端々にデザイン思考的な香り?を漂わせていたのも事実かと思います。(今回の反省事項)
具体的に言うと、デザイン思考ワークショップでは、「課題」を与えられて、まずそれに関するアイデアだしを「ブレインストーミング(ブレスト)」で行います。
ここでいろいろなアイデアやインサイトが出てどんどん発散していきます。そしてそのあと、アイデアを収束させていきます。

デザイン思考は、いろいろなアイデアが出て発散しても、最後はある点(1つのアイデア)に収束するようになっています。なぜなら、「顧客やユーザーのために最適なものを提供する」のがデザイン思考の目的だからです。デザイン思考のワークショップでは、後ろの方の工程で「強制連想法」や「ピュー・コンセプト・セレクション」などを行い、いくつか出た考えやアイデアを絞っていきます。
このように発散と収束を繰り返すことで、クライアントやユーザーにとって一番適合するアイデアに収斂させていくのが、デザイン思考の基本的なプロセスです。

ノザイナの太刀川さんが、デザイン思考の問題点として「進化の概念」がないとおっしゃいましたが、デザイン思考のそもそもの目的が、アイデアの進化ではなく決められたターゲット(この場合は顧客やユーザーの要求)に適応させることにあるので、進化という概念は最初からないのです。

しかしながらアート思考では、デザイン思考と違って、「収束」はしないものです。それこそ岡本太郎さんの名セリフにもあるように「芸術は爆発」。だからこそデザインと違って、アートは進化の概念を内包している。
ただし、概念としては理解できても、それを実際のアウトプットにするのはどう説明できるのか、特にワークショップという「場」ではどうすればいいのか。
少し考えて思い立ったのが、「これは量子力学の波動の収束と同じ概念かもしれない」ということ。
量子力学では、波動(波束)は常に拡散していきます。これはシュレーディンガー波動方程式で表されますが、しかしこの方程式には収束の過程がありません。

これは、20世紀から実験で確かめられていて、有名な二重スリット実験では、二つのスリット(穴)に向けて飛ばした一粒の光子は、「両方のスリット」を通ることが確認されています。では、その光子は2つに分裂したのかというと、この光子を観測すると、常に1つのままなのです。

これは量子力学の「波動関数の収縮(波束の収束問題)」と言われ、今でもその謎は解明されていません。解釈としては、大きく2つに分かれていて、物質は普段は波の状態だが、観測をしたときに波動関数が収縮して物体に見えるという説(コペンハーゲン解釈)と、実は光の粒子が左右のスリットに分裂したのは世界が分裂したからで、我々は、左右どちらかに分裂した世界のどちらかにいて、他の世界のことはわからないという説(多世界解釈)があります。

後者はSFでいうパラレル・ワールドの根拠としてよく使われています。
(私が書いたSF小説「シュレーディンガーの宇宙」はその世界のことを描いたものです。)

現実の世界に「量子力学」を持ち込むのはどう考えてもおかしい、という声が聞こえてきそうですが、複雑系の世界では実際に例があります。

少し前のマイクロソフト、今のGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のいわゆる現在の独占状態「Winner Takes All」は、ボース・アインシュタイン凝縮と数学的に全く同じ状態ということを、複雑ネットワーク理論の第一人者のバラバシが明らかにしています。ボース・アインシュタイン凝縮というのは、物質を絶対零度近くまで冷却した際の巨視的な数のボース粒子が最低エネルギー状態に落ち込む相転移現象で、それぞればらばらだった粒子が、一つの波動関数で表される巨視的な量子状態になる現象をいいます。

そういう量子力学的な状態と、現実の「ビジネス」が一致する。これは無論マイクロソフトやGAFAのビジネスに波動だの量子力学が作用しているということではなく、現実の世界も、量子の世界も、予測不能で複雑なシステム(複雑系)であるということを表しているのにすぎないわけですが、アートのいわゆる「芸術は爆発」状態も「波動関数の収縮」と同じように、発散しっぱなしでも自然とある形にまとまる。

私たちは普段まわりとうまくやっていくとか、ある段階で妥協するとか、常に「発散しっぱなしではいけない。収束させないと物事はまとまらない」と思ってきました。

「芸術は爆発だ」と叫んだ岡本太郎も、あるいは「炎の画家」と言われたゴッホも、実際の作業は緻密で、計算されつくした筆さばきだったそうです。

でも彼らの心の中や想いは決して収束しない。つまり「心のリミッターをはずす」ことが、アートの本質であり、デザインと最も違う点なのかもしれません。

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