日本企業が勢いをなくした理由
最近いろいろなところでティール組織やホラクラシーなどの「自主経営組織」「自律組織」についての記述がみられます。一昨年から昨年にかけての「ティール組織」(英知出版)のベストセラーが、特にこの分野への注目を加速させたのは、おそらく多くの方もご存じのことと思います。
しかし、そもそも組織の形を変えるのは目的ではありません。
自主経営や自律組織に注目が集まったのは、日本企業の硬直化した組織形態への危機感があります。
今世紀に入り、米国のGAFAあるいは中国のBATHなど新興企業が台頭している中、日本から世界にインパクトを与えるようなイノベーティブな企業は全くと言っていいほど生まれていません。
20世紀後半に一時は世界を席巻した電機、自動車をはじめとする大企業も、リストラのニュースばかりが目に付く程度です。
硬直し勢いのない日本企業の組織が、かつてのような勢いを取り戻すには、イノベーションが欠かせない、というのが共通認識となっていますが、そのためには、一人一人が自律して未知なるものにチャレンジするマインドを持つ。そうでないと、日本企業はこれからますます複雑化して先の読めない世界(VUCA World)の中で生き残っていくことは難しいことは明白です。
日本企業にデザイン思考が効果なかった理由
そういう中、2010年ごろから注目されたのが、「デザイン思考」です。
米国のデザインファームのIDEOや、スタンフォード大学のd-schoolが確立したこの手法に多くの企業が注目し、「デザイン思考ワークショップ」があちこちで開催されました。
しかしながら、このデザイン思考を導入したことで、日本企業にイノベーションが起こったとか、画期的な新製品やサービスが生まれたという話はほとんど聞きません。
私自身は、これはデザイン思考自体に問題があったとか、日本企業がちゃんと取り組まなかったからだ、という風には考えません。
その反対で、あまりにも真面目に「デザイン思考ワークショップ」に取り組み、自社に合わせてその手法を取り入れようとしたせいだと考えています。
デザイン思考はPDCA?
デザイン思考は、下図のように、「共感」「問題定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」と並んでいます。そして、多くの「デザイン思考ワークショップ」もこの順番で行われます。
実は、この5つのプロセスモデルは、あくまで「思考プロセス」であって、この順番で物事を進めるとは、一言も言っていません。そしてそのことはファシリテーターもワークショップで強調しているはずですが、実際にはこの順番でワークショップは進められ、初めてワークショップに触れて一生懸命取り組む身にとっては、「教わった正しい順番通りに進めなくては」とどうしても考えるようになります。
そして私たち日本人は昔から「和魂洋才」と言われ、外で知ったものを自分なりにカスタマイズして取り込むのは何より得意な民族。
デザイン思考もそれまで行っていたPDCAや、「要求定義」「設計」「製造」「テスト」「リリース」と進む「ウォーターフォール開発」のフレームワークに取り込まれていきました。
実際デザイン思考に関する本を出しているような専門家でも、その人のセミナーに参加した際に「デザイン思考はPDCAと同じです」と発言していました。
河合隼雄は日本人の心理構造を「中空構造」と述べています。
これは相対するものでも取り込む懐の広さを表すと同時に、中空の空性がエネルギーの充満したものとして存在する、いわば無であって有である状態にあるときは、とても有効に働きますが、中空が文字どおりの無となるときは、その全体のシステムは極めて弱いものとなってしまうという欠点があると言います。つまり骨抜きになってしまうのです。
つまり、イノベーティブな企業となることを目指して、デザイン思考を真面目に自社に取り入れた企業が、実際は、PDCAやウォーターフォール開発を強化する方向に働いてしまい、一生懸命に企画設計した製品やサービスは、社内稟議や根回しを繰り返すうちに骨抜きにされ、何年かたってようやく世に出ることには中途半端でOut of Fashionなものになっているというのが、多くの(特に)大企業で見られる姿です。
アート思考と自律的組織
アート思考は、「自分発信型の思考」と言われます。アーティスト(芸術家)が心の底にある気持ちをカタチにし、人と共鳴することで、新しい作品を生みだすように、「こういうものを創りたい」「あんな製品やサービスがあったらいいな」を形にする思考法です。
もちろん、どんなものでも表現すること形にすることが「アート」なのですが、アート思考で大事にしているのが、「人と共鳴すること」です。下図のように、顧客の想いに共鳴することが「デザイン思考」でも大事なプロセスですが、「アート思考」は自らの想いや作品に対して、まわりとの共鳴を図っていくのが特徴です。
また、アート作品は、デザイン作品と違って、あらかじめきちんと企画や設計を行って、それに従って作品を創るということはあまりしません。
自分や鑑賞者の心を少しずつとらえながら、「創ってはやり直し」を繰り返します。
TVドラマでも、陶芸家が自分の作品を叩き壊したり、小説家が原稿用紙を丸めて投げたり、というのも(本当にやっているかはともかく)おなじみのシーンですよね。
自分が納得するまで作品に取り組み、かつまわりの人(鑑賞者やユーザー)と共鳴するアーティストこそ「自律の姿」と言えると思います。
実はかつての日本企業はそれを行っていました。
例えばかつてのソニーでは、エンジニアが勤務時間外に、自分勝手に好きな研究を行って持ち寄ったりする文化がありました。(ヤミ研と呼ばれていました)
実はそのようなところから、CDやアイボなどの画期的な製品のアイデアが生まれたといわれています。
市場調査の結果から「こういう製品をユーザーは望んでいる」というのではなく、「こんな製品を創ってみたい」という自らの想いからアイデアを生んでいったのだと思います。
またホンダの「ワイガヤ」、京セラの「大部屋」などの「場」でも様々なビジネスの種が生まれたといわれています。みな非公式の場で勝手に、つまり「自律的に」いろいろなアイデアを形にしていったのです。
そして、それを形にする過程で特徴的だったのが、「すり合わせ」。
ウォーターフォールの「要件定義」「設計」のプロセスように最初にきっちり作るというより、製造しながらいちいち顧客とこまかいところを確認しあう「すり合わせ」を行いながら、顧客に合うものを創っていきました。
アート思考とアジャイルマーケティング
そのような日本企業のやり方を、野中郁次郎一橋大学名教授がラグビーになぞらえて「スクラム方式」(下図のType-C)と名付けて、当時主流だったウォーターフォール形式(同Type-A)を行っている米国企業との優位性を論文にしました。
1986年に発表されたこの論文は、特に米国で評判となり、そこからアジャイル開発の「スクラム」が生まれました。
スクラムは短いサイクル(2週間程度)で1つのサイクルを回し、顧客と確認(すり合わせ)を行って、そのフィードバックをまた次のサイクルに活かしていくやり方です。
最近は、ソフトウェア開発やシステム開発だけではなく、特にマーケティング部門などにも広がって、2012年には「アジャイルマーケティング宣言」も出されています。
「アート思考」を生み出した一人が、フランスの名門(グランゼコール)ビジネススクールである、École Supérieure de Commerce de Paris(ESCP)のSylvain Bureau准教授ですが、その彼が2008年に開発したアート思考ワークショップ手法が「Art Thinking Improbable Workshop」です。
実はこの手法は、上記の「スクラム」の手法が基になっています。
ある意味においては、アート思考の「元祖」は野中郁次郎名誉教授であり、ルーツは日本企業であるともいえるのですね。
ウォーターフォール形式にしろPDCAにしろあらかじめ計画をしっかり立てて、その計画通りに実行する。これは、まさにピラミッド組織に向いた方法のため、そのようなやり方では、自律的な組織というのはなかなか生まれませんし、時代に合ったイノベーションも生まれません。
組織が自律的に動く、社員それぞれが自分の想いを形にしようとして、かつ顧客や市場ともとも対話を繰り返しながら、またまわりと共鳴しながら、イノベーティブな製品やサービスを創りあげていく。
「アート思考」と「アジャイルマーケティング」(あるいはアジャイル開発)のやり方が最強の自律組織を生み、日本企業がかつてのように、あるいは今まで以上に生き生きとした強い組織に生まれ変わる方法だろうと考えます。