データドリブンに対する誤解

「データドリブン」という言葉が流行しています。「データドリブンマーケティング」とか「データドリブン経営」という表現で使われ、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2019年 6 月号でも特集が組まれました。

このように「ブーム」ともいえる「データドリブン」ですが、言葉ばかりが先行していて実際の効果が追いついてないという「データ」もあります。

PwCが世界91か国のCEO1,378名に対して2018年に実施した最新の「第22回世界CEO意識調査2019」の結果を紹介した。ビジネスリーダーが意思決定を行う際に重要視しているデータには、「顧客の嗜好・ニーズ(94%)」「業績予測と見通し(92%)」「ブランド・評判(90%)」「ビジネスリスク(87%)」「従業員の意見やニーズ(86%)」「同業他社ベンチマーク(85%)」がある。
しかし、社内外から実際に得られるデータの質と妥当性は、その期待を大きく下回っているのだ。例えば「顧客の嗜好・ニーズ」に対する質と妥当性は、わずか15%にすぎない。しかもPwCは2009年にも同様の調査を公開しているが、そのときの結果を見比べても現在とほとんど変わらない。「ビッグデータを扱うテクノロジーはこの10年間で大きく進化しましたが、経営判断材料に資するデータの質と期待値のギャップは依然として埋まっていません」
 

データドリブン経営の実践に向けて、データトランスフォーメーションのための変革のポイント(IT Leaders )

ここだけではなく、「データドリブン経営」で検索して多くのサイトを見てみると、「経営やマーケティングはデータに基づくという意識を持ちましょう」とか「データを分析し共有できる仕組みを持ちましょう。⇒当社の分析ツールやソフトウェアを導入しましょう」という内容になっているようです。

しかし、「この『データドリブン・ブーム』は絶好のビジネスチャンス!」と意気込むソフトウェア・ベンダーさんや、大手コンサルティング・ファームさんには申し訳ないのですが、両者とも少なくとも20年以上も前から、「統合パッケージ」やら「データウェアハウス」やらで、要は「データの共有と活用ができます!」「経営支援ツールです!」と言い続けてきたのではないでしょうか?
そのおかげで、今や大企業の多くがこれらのシステムを導入し、大手コンサルティング会社のコンサルティングを受けています。その結果が上記の(コンサルティング会社が発表している)「惨状」。

それでもまた、「当社のデータの分散処理ツールや分析ツール」を導入すれば、データドリブン経営に近づくことができる・・・と言えるのでしょうか?

ただし決してソフトベンダーやコンサルティング会社が悪い、などと言いたいわけではありません。彼らも商売ですから自社商品やソリューションを売りたいと考えるのは当然です。
それに実際、現在のようなビッグデータの時代にデータの分散処理ツールや分析ツールが必要なのは言うまでもありません。(高価なツールを入れるべきかどうかはまた別の話です。AWSのようなクラウドの活用やGoogle AnalyticsやMSのPowerBI、Rといったフリーもしくはアドオンのツールでもかなりのレベルまでできると思いますし。)

見たところ一番の問題は、「データドリブン」の意味が分からずに何となくバズワードになって伝わっていることではないかという気がします。

これからの時代、データドリブン経営が必須になると私も考えますが、データドリブン経営とは、今までにもあった「データを分析して経営に活用する」とイコールではありません。それにも関わらず、ベンダー会社を含む多くのWEBサイトで「データドリブン経営」「データドリブンマーケティング」について正しく伝えていないのが現状です。

だから「データドリブン・パッケージ」の目玉機能が「A/Bテスト機能」などとトンチンカンなベンダーツールが出て、ユーザー側もA/Bテストやることがデータドリブンだ、などという勘違いが生まれてきてしまうのだと思います。

データドリブンとは何か

もともと「データドリブン(データ駆動)」とは計算機用語で、ひとつの計算によって生成されるデータがつぎの計算を起動し、つぎつぎに一連の計算が実行されるプロセスを指します。反対語にあたるのが、「デマンドドリブン(要求駆動)」で、要求つまりゴールに基づいて、そのゴールが正しいことを補強するのに使用可能なデータがあるかどうかの確認で使われます。

ミステリードラマに例えれば、事件現場の証拠(データ)を丹念に収集分析して、犯人にたどり着くのがデータドリブン型。福山雅治さんが主演した「ガリレオ」などがそのイメージに近いかもしれません。一方で刑事コロンボや古畑任三郎のように犯人が始めから目星がついていて、アリバイ崩しなどの目的のため証拠(データ)を集めて犯人と対決するのが、デマンドドリブン型といえそうです。

これを経営やマーケティングの意思決定プロセスに置き換えると、販売データや顧客データ、そのほかの様々な経営データに基づいて、どのような施策を行うのか意思決定を行うのが「データドリブンマーケティング」や「データドリブン経営」ということになります。

上で「A/Bテストはデータドリブンではない」と言ったのも、これはゴールをいくつか設定の上それらを比較する機能ですので、「A/Bテストはデマンドドリブン」である、ということがお解りいただけるかと思います。

データドリブン経営とは、定量データを質的データ・定性データに変換して意思決定に活用すること

データドリブン経営では、「データに基づいた意思決定」を行います。ここが「意思決定をデータで検証する」デマンドドリブンと違うところで、データを集めたり分析するだけでは「意思決定」にはまったく近づくことはできません。

もちろん「世間ではAの需要が伸びている」というデータから、A商品の増産という意思決定する、というような単純な話ならそれもありですが、それではすべての会社が同じ商品をつくることになってしまうだけです。(20世紀ならそんなビジネス形態も通用しましたが。)BIツールで、データをいくら美しいグラフにしても、(スティーブ・ジョブズが言ったように)未来の商品は市場調査には表れないのです。

つまり「データドリブン経営」で必要な事は、データを収集・分析したあとに、意思決定を行うまでのプロセスなのですが、多くの本やWEBサイト等では、そのことに触れていないのがとても不思議です。

しかしながら、「データを収集・分析したあとに、意思決定を行うまでのプロセス」と聞いてぴんと来る方は、実は少なくないと思います。
このサイトでもあちこちで書いてますが、デザイン思考で「観察し共感」したのち「定義」するプロセス、システムエンジニアリングで、様々なデータを集めて「要求分析」や「要件定義」を行うプロセス、システム思考(因果ループ図やCVCA)で関心事項やステークホルダーといったデータを構造化して課題を抽出するプロセスなどはまさにそれです。

システム・デザイン

これらのプロセスで共通するのは、「量的データを質的データに一度変換したうえで構造化を行い、そこから見えるものを掴む」という点です。
データの構造化の代表的な手法としては、GTA(Grounded Theory Approach)、KJ法、ナラティブ分析、因果ループ図、CVCAなどがありますが、このように構造化したデータのつながり(つまりシステムとして捉えることと言ってよいと思います。)を基にすることで、初めて「意思決定」が可能になり、その意思決定を基に(企業)活動を行うことでまたデータが生まれ、そのデータを基にまた次の意思決定を行う。
このようなサイクルが持続可能で回り続けること。これが「データドリブン経営」ではないでしょうか。

データドリブン経営とアジャイルマーケティング

また、データドリブンに対応するためには、組織が市場の素早い動きに柔軟かつ俊敏(Agility)に対応できることが何より大事です。20世紀のマーケティングのように、一度目標を決めたらそれに向かって進む、というのではなく、市場や顧客の動きを素早く探知しながら柔軟にそれに対応する。「いちいち上の承認を得る必要がある。」「稟議を上げて修正を繰り返されているうちに、以前のやり方とそんなに変わらない感じで骨抜きされていた。」というのも特に大企業で聞く話ですが、それでは「データドリブン経営」はできません。
 
それに対応できる組織として「ティール組織」「ホラクラシー」など市場や環境の変化に素早く対応ができる自律型組織が注目されているのですが、ここでは「アジャイルマーケティング」の必要性を強調しておきたいと思います。

下図のように、データによって得られた市場の変化に素早く対応する。私たちが本当に考えなければいけないのは、データそのものよりも、それに対応する組織の方なのです。