吉野源三郎さんが戦前の昭和12年に書かれた「君たちはどう生きるか」が再販されてベストセラーとなっているようです。本屋に行ったら、単行本と並んで漫画本も出版されており、このメディアミックスもブームに役立っているのかも知れません。
実際に読んだ方も多いと思いますが、中学生の主人公の「コペル君」と叔父さんの手紙の交流がメインで、多感なコペル君が日常で気づいたことや不思議に思っていること、発見したことを叔父さんに送り、それに対して叔父さんがアドバイスを返す。という構成になっています。
勇気、いじめ、貧困、格差、教養など昔も今も変わらない人生のテーマに真摯に向き合う
主人公のコペル君と叔父さん。二人の姿勢には、数多くの生き方の指針となる言葉が示されています。
当時の子供向けに書かれた本ですが、今の時代、そしていい大人の自分でさえ、新たな発見と自省に浸ることができるすばらしい本です。

特に(男の子らしく)ナポレオンにあこがれて、あんな人物になってみたいというコペル君に、貧乏な下士官から皇帝まで上り詰めた前半の半生と、その後、モスクワで破れた後、最後は捕虜となるその後に触れ、「時代に流れに貢献できているか」が大事であることを叔父さんが説く章は秀逸です。
同じナポレオンという人なのに、前半と後半でまったく異なった「流れ」になったのは、王制や諸外国からの脅威からフランスの人々や独立を救うための軍隊だったナポレオンの軍隊が、後半はフランス(あるいはフランス皇帝となった自分の権威)主導でヨーロッパを支配するための軍隊となり、理念やミッションが変わってしまった点は、当時の政治指導者はもちろん、現代の政治、経済にかかわる人、経営者や指導者にもぜひ読んでほしい一説です。

それらの中で、私が最も印象に残ったのは、「ニュートンと小麦粉」の章。
万有引力の発見で知られるニュートンの逸話『りんごが枝から落ちるのを見てニュートンは引力を見つけた』は誰もがご存知だと思いますが、りんごが落ちるのは誰もが知っている事実です。
そこから「引力(重力)」に結びつけたニュートンはすごい、というのがほとんどの人が持つ感想だと思いますが、どんなプロセスで「りんごが落ちる→引力」となったのかは知られていません。それを叔父さんは鮮やかに読み解きます。
それは、「りんごの枝の高さを上げたらどうなるか」というものです。
りんごの枝の高さはおそらく数メートルだったと思いますが、これを100メートル、1000メートルと上げて行ったらどうなるか、というものです。
数百メートル、数千メートルの高さにしてももちろんりんごは落ちてきます。ではもっと高くしたら?
天体の高さにしたらどうでしょうか。月は地球になぜ落ちてこないのか? 太陽や星は? ここまで拡大して初めてニュートンは地球という物体が 他のものを引きつける力があって、それがりんごを地上に落とし、月は遠心力と引力がバランスとっているために、地球の周りをまわり続け、星は非常に遠いため、地球の引力の影響を受けないのだ、という考えに至ったというものです。
私も目がうろこでした。たしかにこの逸話は現在では「後付でつくったもの」といわれており、そのことは叔父さんも承知しているのですが、それでも鮮やかな説明であることには変わりありません。大事なのは「自分の視点を拡大すること」「俯瞰すること」であることがわかります。
システム思考で「木も見て森も見る」という言葉がありますが、まさに大事な点です。
先ほどのナポレオンの話と、ニュートンの話、一見まったく異なった話のようにもみえますが、システム思考的には実は同じ話で、時間軸から俯瞰してみたのがナポレオンの話、そして空間軸で俯瞰してみたのがニュートンの話です。

時間と空間を俯瞰しながら、ある一点を見る。これが「木を見て森も見る」という意味です。その視点が身につくと、世の中の流れ、真実、そしてやろうとしていることがうまくいくのかどうか、うまくいくためには何をすればよいのかが見えてくるようになる。それがシステム思考の醍醐味です。

主人公の「コペル君」というのはもちろんあだ名で、「コペルニクス」からとったもの。
コペルニクスが地動説を唱えたのも、彼も宇宙を俯瞰して「地動説のほうが合理的」という視点を持っていたからです。しかし中世暗黒時代といわれた時代、教会の力を恐れて、彼は死ぬまでこの説を発表できませんでした。(実際「地動説」を唱えて処刑された人もいました)
吉野源三郎氏も、治安維持法で警察に逮捕されました。

先人から教えられたこと、たとえば「聖書は絶対」「日本は正しい」という真理があったとして、他の視点から見たらどうなのか、時間的、空間的に俯瞰してみたらどうなのか。
「木を見て森も見る」これはいつの時代であっても必要なことなのは間違いないと思います。
だからこそ「君たちはどう生きるか」は時代を超えて多くの人に支持されているのでしょう。